48 「俺の酒が飲めねぇのか」の巻
あらすじ
涙でシャジィルを騙し、血で山田を騙す
獲物の懐に入り込み、凶刃振るったヒューバット
殴られ蹴られ、生死の境をゆらゆら彷徨う
目覚めた彼がその身に受けるは、地獄の沙汰か、現世の光か・・・
「俺は・・・どうしたんだ?・・・ここは?」
ヒューバットはベットの上で目を覚ました。何故自分が此処で寝ているのか思い出せず、ゆっくり上体を起こすと周囲を見渡す。
あまり広くない部屋の中、自分が寝て居るベットとテーブルに椅子、そしてそこに座る男が一人。
誰だったかと記憶を探って居ると、同時に男が口を開いた。
「気が付きましたか」
その声を聴いた瞬間ヒューバットは、目の前の男、山田の事を思い出した。
「お前は!」
咄嗟に腰に手を伸ばすが、慣れ親しんだ感触は無く、自分が丸腰だと気付かされる。
見ればテーブルの上に、取り上げられた剣とナイフが置かれていた。
(俺は捕まったかのか?、他の奴等は?)
視線を走らせ状況の確認するが、ここが部屋の一室である事、山田と二人っきりな事以外に分かる事が無かった。
「落ち着いて下さい、他の患者さんも皆無事ですから」
そんな山田の言葉を聞くも、それが何を意味するのか思い当たる節が無い。
(他の患者?なんの事だ。そもそも俺はどうやって捕まった)
記憶の混濁に焦りつつ、気を失う前の状況を必死に思い返していると、山田からの説明が入る。
「貴方は治療中、刃物を持って暴れたので、ウチの従業員が取り押さえたですが・・・その際少し頭を打って貴方は気を失ってしまったのです。覚えてませんか?」
その言葉でヒューバットの頭に、気を失う前の記憶が蘇って来る。
(確か・・・俺はヤマダを刺した。その後ヤツに反撃されて意識を失たのか? しかしヤツはソレを、一時的な錯乱と見ている・・・本当に?)
自分の襲撃が事故と見られた事は都合がいいが、その取って付けた様な解釈に、胡散臭さを感じずには居られない。
しかし山田の実力や真意が測れ無い以上、ここは話に乗って穏便に事を進める事にすると、ヒューバットはしおらしく頭を下げた。
「どうも世話を掛けたみたいだな、重ね重ね申し訳ない」
「いいんですよ、他の皆さんも別室で、貴方の治療が終わるのを待ってますので」
「あー、じゃ一旦帰らせて貰おうかな、お礼については後日改めてさせてくれ」
そう言ってヒューバットが腰を上げると、山田も立ち上がり彼の肩に手を当てると、その身を強引に押し戻した。
「まぁそう焦らずに、少しお話を聞かせて下さい」
そう言って無理やりベットに座らされると、腕を乗せられた肩から、ギシギシとベットが軋む程の圧力が加わって来る。
「う・・・な、なんの話しだ」
やはりコレから尋問が始まるのかと身構えると、山田は何を今更といった体で口を開く。
「決まってるじゃないですか・・・通り魔に付いてですよ」
「は? 通り魔? 一体何の話しだ?」
咄嗟に何の事を言われたのか分からず、眉をひそめると山田の目が半眼へと変わっていく。
「あれ、隠すのか? なんで? さては衛兵にでも言う積りか?」
言葉と共のギリギリ軋む肩甲骨の音を聞きながら、ヒューバットはようやく気を失う前に騙った言葉を思い出した。
「あぁそうだった!通り魔だな、通り魔!話す、全部話すさ!」
少しづつ戻って来る記憶の中、取り繕いながら言って聞かせると、肩に乗った山田の手がようやく離れる。
「大事な事ですからね、詳しくお願いします」
「あ、あぁ、任せてくれ・・・」
やけに力の入った瞳でそう告げ椅子へと座りなおした山田に、ヒューバットはお得意の創作話を語り始めた。
「俺が所用で少し仲間から離れた時に、奴は暗がりから行き成り現れて、手にした剣で切り付けて来てやがった」
「なるほど・・・剣ね・・・該当が多いな・・・」
此方の説明を聞きながら、ブツブツ呟く山田を訝しみながらも、ヒューバットは話を作って行く。
「大きな体格の癖に動きが敏捷で、咄嗟の防御は間に合わなかった」
「ほうほう・・・大きいなら・・・」
「他に人影は見えなかったし、逃げる時も他の妨害はなかった、まず単独犯で間違い無いだろう」
「それは・・・参考に・・・ならない」
「背後から聞こえた、あの野太い笑い声はまだ耳に残っている」
「ん?・・・んー」
「その際、一瞬振り返って見えたのは、月明かりに浮かんだ鋭い目付きの―――男だった」
「そうですか!鋭い目付きの、男、ですか!それは大変でしたね!」
ここ迄ブツブツ言いながら、まるで犯人に心当たりでも在るかの様に唸っていた山田が、突然笑顔で大声を上げた。
「きっとスラムの人達でしょう、いやぁ許せない、なんて酷い奴等なんだ」
「そ、そうだな、俺もそう思うぜ」
ヒューバットがそう同意すると、山田の表情から力みが消え、緊張が解けた様に肩から力が抜けた。
その様子を訝しながらも、取り敢えず上手く誤魔化せた事にヒューバットは胸を撫で下ろす。
「話せる事は以上だ・・・もう用が無いなら、そろそろ戻りたいんだが」
「では、皆さんの所へ案内します」
そう言って腰を上げ扉へ向かった山田にならい、ヒューバットも立ち上がるとその後へ続いた。
「さて、速いとこ無事な姿を見せ、安心―――」
その言葉と共に仲間の事を思い浮かべた瞬間、脳裏に幾つもの記憶が浮かんでくる。
ナイフを突きつけた瞬間、全身に激痛が走り、気付けば床に倒れ伏す自分。
虚ろに周囲を見渡す瞳に映った、雑種達に惨殺され血溜まり沈む仲間達の姿。
最後に恐ろい殺気を向けて、自分を見下ろす雑種の冷たい瞳。
次々に浮かぶ継ぎ接ぎらだけの記憶、思わず足が止まり思考の渦に囚われる。
(こ、この記憶は現実か、混乱による幻覚の類か? 俺は、俺達は、あの後・・・どうなった?)
ズキリと腹の奥に鋭い痛みが走るり、思わず腕がお腹を押さえる。
咄嗟に押さえた腕を動かし腹を擦るが、既に痛みの感覚は消え、先程の痛みが気の所為だとすら思えて来る。
(・・・いや、ホントに気の所為なのか。俺は何か見落としているんじゃないのか?)
不意に背筋に冷たい不安が走り、扉を開けている山田の後頭部へと視線が泳ぐ。
(治療は済んだ様だが俺はコイツを刺した、ならこの友好的な態度はなんだ? こいつは何を企んでいる、本当に勘違いしているだけなのか?)
一度浮かんだ不安は消えず、ヒューバットが視線を険しく山田を睨んでいると、不意にその顔が此方へ振り向いた。
「ん、どうしました?」
山田の声で慌てて意識を引き戻すと、咄嗟になんでもないと手を振って見せる。
「あ、いや、少し呆けていただけだ、大したことじゃない」
「そうですか頭を打ったみたいですから、暫くは記憶の混乱が続くかもしれませんね」
「そうだな、確かに少し記憶が・・・曖昧だ」
言葉通りの途切れ途切れの朧気な記憶、もしこれが事実なら仲間達は既に生きていまい。
記憶の中に有る仲間達の惨状にそう結論付けると、ヒューバットを諦めにも似た感覚が包む。
最悪、案内されるのは仲間達の死体の下で、そこで自分も殺される可能性もあるが。
(ここまで来たら、なるようにしかならねぇか・・・)
どこか冷めた自分がそう分析すると、彼は大人しく山田の後に付き従い、案内されるままに工房へと足を運んだ。
しかし最悪の予想は外れ、作業場と台所が一体となった工房では、無事な姿の仲間達を目にする事が出来た。
まかない料理を作り・運ぶ雑種達の向こうで、上機嫌で杯を傾ける仲間達の姿を。
「お前ら無事だったか」
思わず肩の力が抜ける。あれだけの傷を負って助かるとは思えない。
ならば自分の頭の中の記憶は、悪い夢が生み出した偽像に過ぎないのだろう。
「暢気に飯何か食いやがって、いらねぇ心配したじゃ無いか」
安堵と共に仲間に歩み寄るヒューバットが軽口を叩くと、ガルガイムが呆れた様な視線を向けて来る。
「それはコッチのセリフだ、お前一人だけ目が覚めないって聞かされて、随分心配したぞ」
「とてもそうは見えないがな、っておい、酒飲んでんのかよ」
ガルガイム達の囲むテーブルに有る料理の数々と、流れて来た酒臭い息に思わずしかめっ面を浮かべると、仲間達が口々に能天気な声を上げる。
「いいじゃねーか細かい事はよ、取り合えず今は飲もうぜ」
「酒も飯も信じられん程上手いって、正直こんなん口にした事ねーよ」
「ケモール商会、まじやべぇな」
敵地で堂々と酒を煽る仲間に、自分達が何をしに来たか分かってるのかと、問い質したい衝動を懸命に抑える。
「はぁまったくお前らはよぉ」
そのまま嘆息と愚痴を零しながら仲間を見渡すヒューバットの目に、彼等の身に纏う装備の損傷や血の汚れが映り込んだ。
「お、おい、お前達のその鎧と血は?」
「ん、あぁコレは血じゃねぇよ、薬品の汚れらしい。俺等が店に入った時に棚が倒れて来たんだと、覚えてねーがな、がははは!」
「変な薬や重い棚の下敷きになってこの有様さ。覚えが無いがそうらしい、うひひひ!」
「その所為で俺等、目を回しちまっただとよ。全然覚えて無いけどなそう言ってたぜ、わははは!」
「その詫びに酒を振る舞って貰ってんだよ、だからお前も飲め飲め、ふへへへ!」
酔った傭兵達は細かい事はどーでも良いとばかりに、不自然な点を素通りし、ゲラゲラ笑い声を上げて居る。
そんな仲間達の能天気な言葉が、ヒューバットの右の耳から入り、左の耳から抜けて行く毎に、彼の顔からは血の気が失せていった。
背中を剣で切られた様な痕、腹を槍で突かれた様な痕、仲間の装備に残った損傷と血痕が、脳内の記憶と重なって行く。
(あれは・・・現実だったのか・・・)
息を飲み、周りを取り囲む雑種達を伺う。一度意識してしまうと周りの雑種が恐ろしい化け物に見えて来る。
そっと腰の剣に軽く手を添えてみれば、周囲で料理をしていた雑種達や、給仕に就いていた雑種達の視線が一斉にヒューバットを射抜く。
その視線に(抜くの?抜いちゃう?なら殺していいよね?)そんな言葉が聞こえそうな、殺気とは違う気色の悪さを感じる。
ゾクリと来る悪寒を何気ない顔で隠し、剣の位置をごそごそ微調整したヒューバットは、仲間達同様の無警戒さを装い椅子に腰を下ろす。
その一連の動作を、単なる剣の座りを直しただけだと見て、雑種達の意識が外れるとヒューバットは一人、静かに息を吐き出した。
(完全に籠の中って事かよ)
山田が一声かければ、ヒューバット達は瞬く間に屍を晒す事になる、それをいま実感してしまった。
ならばこの状態は何なのか、なぜ自分達は生かされているのか。
視線を巡らせその全てを知る人物を探すと、その男は雑種達に混ざり調理場に立っていた。
暫しその様子を眺めていたが、意を決するとおもむろに腰を上げる。
「もう一度礼を言ってくるわ」
ヒューバットは仲間達にそう告げると、雑種達と作業に興じる山田の下へ向かった。
「ちょっといいか」
「どうしました」
山田がこれ見よがしに、刺された部位を掻きならが尋ねて来る。
「何か気になる事でも?」
「はっきりさせたくてな・・・何の為にこんな事をするんだ」
山田と二人、工房の一角へ移動しならがそう尋ねると、不思議そうな表情の山田が首を傾げた。
「聞いてませんか?ちょっとした事故のお詫びの積りですが」
「事故、あれが事故だと言う積りか」
自分達の襲撃を認める事になるが、あえて突っ込んだ質問を重ねる。
山田は上手く隠して居るが、雑種達の様子を見る限り、自分達が此処へ来た理由は完全に露呈している筈だった。
「本当はあの時、何が有ったか分かってる筈だろ」
「何が有ったと言われても、ちょっとした事故しか無かったと思いますが」
危険を承知で尋ねた言葉も、白々しい言い分で返されると、仲間へ視線を投じながら言葉を続ける。
「アイツらの鎧や血の跡を見てもそう言えるのかよ」
ヒューバットがテーブルで酒を呷る仲間を示すと、山田は小さく肩をすくめて見せた。
「傭兵なら鎧が壊れる、血で汚れる、等は日常茶飯事でしょう」
「・・・あくまで事故で片付ける積りか」
「実際にそうなんですから」
自分達の襲撃なぞその程度でしか無い、とでもいうような態度に思うところも有る。
しかし同時に、自分達の置かれている状況は、痛い程に理解もしていた。
全ての主導権は相手に有るのだ、事故だと言われれば、ハイそうですかと受け入れるしか他に無い。
「それで、結局これからどうする積りなんだよ」
暫し葛藤の後、ヒューバットは自分達の行く末に言及する。山田達が自分達をどう処する積りなのかを尋ねる。
「私は商人ですが、それ以前に傭兵なんです。お互い、良い関係を築いて行きたいと思ってます」
「・・・だろうな」
なんと無く予想が付いていた答えに、そう言葉を零す。昔から捕虜への過大な待遇の意味する所は一つである。
(俺達に寝返れって事か)
騙して脅して土下座して。ヒューバットは勝つ為に様々な小汚い事に手を染めて来た。
しかし依頼主への不義だけは、一度として行っていない。
それは誠意からでは無く、依頼主を裏切ったと噂が立てば、この業界で終わるからだ。
仕事が出来なくなるだけでない、報復で首を狙われる事にもなり兼ねない。
金の有る商人は貴族の次に質が悪い。
(だからこそ、依頼の失敗は有っても、裏切りだけはしなかったんだがな)
そう考えるヒューバットの目の前で、山田は雑種に準備させた杯を手に取ると此方へ向き直る。
「なに、後の事は心配いりません。全て此方で対応しますので」
此方の考えを見透かし退路と断つ様な発言と共に、ズイっと差し出される酒の入った杯。
「・・・さぁどうぞ」
丁寧な言葉とは裏腹に、そこには有無を言わせぬ迫力がある。その言外の圧力に圧されたヒューバットは、杯を受け取った。
受け取らざるを得なかった。
しかめっ面で、手の中の杯で揺れる酒を見やり、視線を上げ、要求を飲むんか飲ま無いんか、と目で圧してくる山田を見る。
さらに視線を移し、能天気に杯を重ねている仲間達と、周囲に侍る雑種達を見る。
最後に天井を見上げ、血塗れになった彼らの姿を幻視すると、覚えのない腹部の傷がズキリと痛んだ。
「へ、俺もヤキがまわっちまったか・・・」
そう苦笑と共に自嘲を零すと、手にした酒を喉の奥へと流し込んだ。
結局の所、選択権なぞ無かったヒューバットは、ベル商会を裏切るとケモール商会への寝返りを、酒と共に飲み込んだのだった。
(勝った!)
差し出した酒を呷り、仲間達のテーブルへ向かったヒューバットの背中を見送ると、山田は心の中で勝利を叫んだ。
店内での過剰防衛を、被害者の記憶が曖昧なのを良い事に、ちょっとした事故で片付けたい山田。
事故と言う言葉に否定的で、此方の過失を疑う傭兵達の頭に酒を流し込み、向けられた不信と理性を溶かす。
ついには最後の一人、ヒューバットをも言葉巧みに丸め込むと、傭兵全員を接待と言う示談へと落とし込む事に成功した。
しかし山田は今一つ安心出来なかった、どうも彼は事件時の記憶を徐々に思い出しつつ有るようなのだ。
最悪、通り魔の件も、後で雑種の仕業だと言い出し兼ねない雰囲気がある。
脳が要らん仕事をして、ヒューバットの記憶が完全に戻る前に、山田はダメ出しの一撃を加える事にした。
「ラネット。彼らに出す酒は、どんどん濃くしちゃっていいから」
「いいんですか、これ以上濃くすると、倒れちゃいますよ?」
「大丈夫大丈夫、記憶が飛んじゃうくらい飲ませて上げて」
「んーじゃ、おつまみも味付けを濃くしちゃいますね」
そう言って調理場へ向かうラネットを見送ると、山田はテーブルで酒を飲み続ける傭兵達へと、人の悪そうな視線を向ける。
「ふ、悪いがウチの子を犯罪者にする訳にはいかんのでな、とことん飲んで今夜の記憶は消してくれたまえ」
子供を守る為なら、オジサン連中の健康とかどうでもいいと思っている山田は平然とそう言い放つ。
こうして酒を飲ませて記憶を消す作戦、を思いついた山田の浅い考えの下、一夜限りの”居酒屋:獣耳”はその営業を続けるのだった。




