20 盾使い絶対殺すマン
盾ナイフ、ゆるさん!
山田が中層を目指し暫く進むと、棍棒を担いだ傭兵達が耳打ちを始めた。
「なあ、このままじゃ中層に行っちまうが」
「なんの準備も無いのに無理だろ」
「だよな・・・ヤバくねーか」
行き先に気付いた傭兵達が不安を口にし、背広組も次第にザワザワと話だす。
歩む都度に巨大さを増す周囲の木々に、焦れた傭兵が小走りでシャジィルの下に駆けつける。
「姉御、コイツ等中層に向かう気じゃ?」
「・・・黙ってな、護衛が先に音を上げてるんじゃないよ」
「・・・ういっす」
言われるまでも無く中層へ向かっている事は、シャジィルも気付いていたが、この異様な依頼を受けた時からこの程度の波乱は想定内なのだ。
そもそもギルド長からの内密な依頼なのだ、どんな困難が待ち受けていても不思議は無い。傭兵なのだ、命を懸ける覚悟は出来て当然である。
しかしそうで無い者も居る、都合のいい予定を思い描き、自分が勝つ事しか考えて居なかった者達は、突然の身の危険に震え上がる。
「冗談じゃない! こんな面子で中層なんて行けるもんか。直ぐに戻りたまえ!」
「そうだ! こいつは不正を隠すため、無謀な探索をして有耶無耶にする気だぞ!」
「この危険な行動こそ、後ろ暗い事が在る証じゃないか」
「こんな面倒な事をせずとも、除名してしまえばいい!」
「とにかくギルド職員として命令する、中層への移動は中止するように!」
中層へ行くと言った途端、不正を暴くために付いて来たギルド職員が余裕をなくして騒ぎ出し、山田に戻れと詰め寄って来る。
「引き返せて言われても、聞く義理なんて無いと思いますけど」
山田は取り合えず足を止めるが、依頼の内容的を鑑みて反論を試みて見る。
「依頼など最早関係ない、とにかく命令に従いたまえ!」
「そもそも、中層でどうやった我々を守るつもだ!」
「いいか、私達になにかあれば、ギルドが黙ていないぞ」
「第一何故我々が、貴様の尻拭いに付き合わねばならんのか」
それは山田も分からない。そもそもこの依頼自体、山田にとってどうでも良い事なのだ。
今の彼はレンタル時間の一杯一杯、商品を堪能したい顧客と化している。正直今すぐにでも中層に向かいたいのだが、目の前で喚き散らす背広達がその邪魔をする。
こちらの都合も考えず、詰め寄ってわんわん捲し立てる彼らを見ていると、そう言えば以前にもこんなの見たなと、金髪の王子様に喚き散らかす、自分のクラスメート達の事を思い出した。
(あの時は確か、比沢さんが―――)
「うるせーーーー!」
突如シャジィルの一喝が響き渡り、山田の回想と背広達の囀りをかき消した。
静まり返り目を丸くしているギルド員へ視線を走らせながら、彼女は静かに語りだす。
「契約はコイツ等の護衛だ、コイツ等が中層へ行くってならコッチも付いて行くに決まってるだろ」
「し、しかしそれは建前上で」
シャジィルは口を挟んだ職員へ冷たい視線を向けると、バカにするように話しかける。
「たしかに護衛は建前だ、しかしその建前を作ったのは傭兵ギルド。それも強権をつかってアタシ等傭兵に、無理やり押し付けて来たんじゃないか」
「だ、だからなんだ、なにが言いたい」
「わかんねぇのかい、あんた等は今、ギルドがその権威で作った建前を、面子を、その信頼を自分達の手で壊そうと、ギルドが築いた看板に傷付けようとしてるんだよ」
「く、獣族風情が知ったような口を」
「知ってるさ、建前の大切はね。こんなヤクザな世界でギルドがその地位を保ってられるのも、建前があればこそなんだよ」
「うるさい!建前など無くても、ギルドの権威があれば、傭兵などいくらでも付き従うわ!」
「権威何てものホントに信じてるのかい、傭兵が信じてるのギルドが建前を守るっていう、面子と意地さ。権威とか誠意とかお呼びじゃないだよ。損をしてでも約束事を守って来たギルドの打算があったからこそ、傭兵はギルドに従うんだ。あんた等のその身勝手な行動は、ギルドの土台を揺るがし兼ね無い波紋を生むんだよ。不信感って言う恐ろしい波紋をね」
「そんなもの幾らでも打ち消せるわ、貴様等は黙って従えばいい!」
「ギルドって箱庭で育った弊害かねぇ、外の道理をまるでわかっちゃいない」
「あくまで逆らう積りか! 後で処罰を受ける事になるぞ!」
「やれやれだね。そもそもあんた等に命令される謂れなんざ無いよ」
「傭兵ならギルド職員である我々の生命を優先しようとは思わんのか!」
「ったく。自分らで突っ込んだ首だろ、命を懸けるくらいの腹は括っときな!」
「く、野蛮な獣族がぁ・・・」
シャジィルの怒気を目の当たりにし、ギルドの職員達は傭兵達が自分達を守る盾足り得ない事を悟った。
彼等の中で小さな責任感と大きなプライド、そして比肩するもの無い程巨大な自己保身が一瞬だけせめぎ合う。
「・・・俺は、俺は降りるぞ」
「おれもだ・・・こんなことやってられん」
「そうだな、これは、そう業務外だ」
「・・・帰って対策を検討せねば」
一人が呟くように言い訳を口にすると、それは次々と周りに広がり、遂には全員が帰ると言いだし来た道を引き返し始める。
結局彼等は、自らのプライドを言葉巧みに納得させると、全てを投げ出し逃げ帰る選択を選んだ。
「この事はギルド長に報告させて貰うからな!」
最後の一人が此方を指差し、吐き捨てる様に怒鳴ると、彼もまた森の外を目指して姿を消した。
「ばかが、それはコッチのセリフだよ。・・・アンタ等はもう終わりさ」
シャジィルの呆れた視線と呟きも最早彼等には届かない。
せめて実際に中層へ足を踏み入れれば言い訳もたっただろうに、彼等は中層へ行くという言葉だけで逃げ出してしまった。
あのギルド長がこの様な醜態を晒した人間を、ギルド内に止め置くとは思えなかった。――もう彼等をギルドで見かける事も無いだろう、
「・・・と言っても、捨て置く事も出来無いんだよねぇ」
そう言うと、シャジィルは背後の三人の傭兵へ向き直り、腰の剣を投げ渡たす。
「え? あねさん?」
「そいつを持ってアイツ等を追いかけな、死なれちゃ寝覚めが悪い。中層へはあたし一人で行くよ」
「いや、しかし」
三人の傭兵は困った様に眉根を寄せる、丸腰のシャジィルを一人中層に送り出す事に難色を示したのだ。
「あたしの事は心配無い、いざと成ったらこいつ等は捨てて逃げ帰るさ。・・・構わないだろ」
「え?、ああ、どうぞお好きに」
暇だから寄って来たウルカ達の頭を撫でていた山田がそう返すと、傭兵達は僅かな逡巡の後、背広達を追って森を駆けて行った。
「しかし、わざわざ護衛まで付けるとは思いませんでした」
「あー、あいつらが死ぬとギルドも何らかの責任を負っちまうからね。ギルド長には色々世話になってるから、これくらいはさ」
そう言うとバツが悪そうに顔を逸らす。
「でもやっぱり丸腰ってのは、心許無いものがあるねぇ」
言葉と共に山田の腰の剣を、チラリと流し見てみるが無視されると、ワザとらしく溜め息を付く。
「か弱い女に冷たいことだねぇ」
「シャジィル、あたいが守ってあげる」
「お、期待してるよ」
シャジィルの茶番に騙されて寄って来たウルカが、笑顔でそう告げると、彼女は愉快そうにその頭を、ガシガシと撫でるのであった。
「中層の境目に、印とか無いんですかね?」
中層を目指す山田は、今更ながら中層って何処やねんと首をかしげていた。
「無いよ。層の境目は日によって大分変わるから、そもそも無意味ないしね」
「では、どっからが中層かってのは、分からないんですか」
「今に限って言えば、既に中層に入ってる事は分かる」
「分かるんですか」
山田は不思議に思い尋ねると、シャジィルはその質問に答えず、樹海の一点を指示した。
指差したその先、木々の間からノッソリと現れたのは大きな犬、それが何匹も何匹も顔を出して来る。しかも一匹異様に大きい個体までいた。
「餓狼。中層の魔獣さ。しかも餓狼王まで居るじゃないか」
「強いんですか?」
「そうでも無いがEランクには無理だ。Dランクでも毎年死人が出てるよ」
ならば今までのと違い、流石に三人で無双は難しいかと判断した山田は、腰の剣に手を掛ける。
しかし足を踏み出そうとした山田の前へ、ネコロが進み出る。
「ヤマダは引っ込んでて」
なに言ってんの? と首を傾げて居ると、再度彼女の口が開く。
「ヤマダは過保護。弱い相手ばかりじゃ、本当の強さは手に入らない」
そう言うとネコロは剣を抜き放ち、餓狼の群れ目掛けて突っ込んで行った。
「お、おい!」
「良くわからないけど、ネコロが言うなら、たぶんそう」
慌てる山田の傍らから、何の不安も無さそうにウルカが駆け出していく。
「いざと言う時はお願いしますね」
さらにその後を追うベアーネの言葉は、その時までは手を出すなと言う意味だった。
餓狼の群れへ向かう、そんな三人の背中を呆気に取られ見ていたが、はたと正気に戻り一歩足を踏み出すが、次の一歩が続かない。
気持ちとしては、今すぎ駆け出したいが、理性がちょっと待てと歯止めをかけている。
結局の所、山田の三人を守りたい気持ちはエゴでしかない。本来庇護とは守られる方に選択権があって然るべきなのだ。
そして三人の言ってる正当性を理解すると、どっちが我儘を言っているか自ずと理解出来てしまった。
その上で、守るべきか、見守るべきか。暫し悩む山田だったが、嫌われるかも知れない、という点に気付いた途端、脳内は見守る派で満たされた。
「世のパパさんも、こんな気持ちなんかね?」
三人を見守りながら苦笑する山田の後ろでは、シャジィルが探る様な視線でその様子を眺めていた。
魔獣の群れは餓狼王を後方に残し、その眷属たる餓狼ニ十匹余りが一気呵成に雪崩れ込む。
先頭の餓狼へネコロが剣を振り下ろすと、顔面を切り裂かれた餓狼から悲鳴が上がり転倒する。
しかし止めを刺す余裕はなく、すぐさま左右から別の餓狼が、ネコロ目がけて飛びかかる。
後退しながらその牙を逃れ、一匹の顔面を切り裂き、更に一匹の足を切り飛ばすが流石に周囲を囲まれ始めた。
「でも、その程度の速さでは無理」
クルリと反転し全力で大地を蹴ると、一気に加速して包囲を突破する、今の彼女の足は餓狼を圧倒していた。
しかし餓狼は群れの特性を生かし、先回りに待ち伏せと、彼女を包囲捕獲せんと数を頼りに執拗に追いかけ回す。
だがそんなネコロに夢中でスキだらけの動きをする餓狼達を、残りの二人が見逃してくれる筈も無く。
ギャイン!ギャイン! 包囲の一角から餓狼の悲鳴が上がる。
「これだけ崩れればもういいぞ」
そう言うとウルカは、うかつな餓狼達を切り裂いた剣の血糊を振り払う。
「この剣、余り切れませんね」
ベアーネが剣に突き刺さったままの餓狼の死体を、ブンと振り払いネコロと合流する。
合流した三人は、バラバラに散開していた餓狼を更に削っていった。
「凄いねあの雑種達は、・・・どんなカラクリだい」
「才能じゃ無いですか、あの子達の」
「才能ねぇ。で、そんな才能のあるアイツ等より、アンタはどれだけ強いのさ?」
「・・・そこそこかな」
「ふーんそこそこねぇ」
山田達が暢気に世間話出来るほどに、戦況は三人に優位に推移しており、既に半数以上の餓狼が地面に横たわっている。
このまま圧勝かと思われた時、距離を取り後方で控えていた餓狼王が大きく吠えた。
その声で、再度囮となり駆け回るネコロを追っていた餓狼達が。ウルカとベアーネコンビに押されていた餓狼達が。即座に身を翻し餓狼王の下に走り出した。
追っていた餓狼達の反転に気付いたネコロは、自身も即座に反転し逆に餓狼との距離を詰めると、その背中を狙い剣を構える。
(デカい奴に合流する前に仕留める)
こちらを無視して、ひたすら餓狼王の下へ駆ける餓狼の無防備な背中へ、今正に剣を振り下ろそうとした瞬間―――
「ネコロ!」
ウルカの叫びが響く中、黒い弾丸となり飛び込んできた餓狼王に跳ね飛ばされて、餓狼共々ネコロの身体は宙を舞った。
跳ね飛ばされた餓狼は、木の幹に叩きつけられると、地面に落ち痙攣して事切れる。
同じく宙を舞うネコロはクルリと回転すると、悠々と両足で地面に着地してみせた。
「ないすベアーネ」
ネコロが思いの外健在な姿を見せると、その両手には日本の剣が握られていた。
衝突の瞬間、ベアーネの投げた剣がネコロの手に収まり、その慣性は餓狼王との衝突の衝撃を大きく緩和する事に成功していた。
そんなネコロの無事な姿に安心すると、ベアーネは背後を振り返る。
そこには咄嗟に戦場に駆け付けていた山田の姿が有り、ベアーネはそんな彼の事を軽く睨んだ。
「ヤマダさん、まだその時ではありませんよ」
「そ、そうだな。・・・じゃ、これ」
ベアーネの、まだ危機的状況では無いという趣旨の指摘に対し、山田はばつが悪そうに苦笑いを浮かべると、無手となったベアーネに自分の剣を渡し、スゴスゴ観戦席に戻って行く。
そんな山田の背中を見送りながら、思わず駆け付けた彼の優しさにほほ笑みを浮かべると、いまだ複数の餓狼と対峙しているウルカに合流すべく駆けだした。
飢狼王の指示を受けた餓狼達の動きは、背中合わせに戦うウルカとベアーネの周囲を高速で駆けまわり、追うと離れスキを見ては食らい付いてくる、そんな戦術へと変わっていた。
芋を引いたそんな消極的な戦法は、速度で劣る彼女たちの手を大いに煩わせる事になる。
「こいつらめんどくさい」
「うぅ、逃げる相手は苦手ですぅ」
付かず離れずチマチマ戦う餓狼達に辟易したベアーネが、一人餓狼王と対峙しているネコロの様子を伺う。彼女は餓狼王の速度に辛うじて対応出来ているものの、贔屓目で見ても劣勢、公平に見れば詰んでる状態であった。
ネコロの力では餓狼王の防御力を抜けず、その攻撃が中々ダメージにつながら無い。今は両手の剣を器用に使い、何とか攻撃をかわし続けているが、体力の限界も迫りつつあった。
良くない状況、直ぐにそう察知たベアーネは大きく息を吸い込むと、大声で彼女へと呼びかけた。
「ネコロちゃん!」
ベアーネの声が響くと、ネコロはチラリと視線を向けてベアーネを伺う。二人の視線が一瞬交差したかと思うと、ネコロが餓狼王に背を向けて全力で走り出した。
不意を付かれ出遅れるが、餓狼王も直ぐにその背を狙い駆けだすと、その距離がどんどん近づいてくる。単純な直線勝負なら餓狼王の速度はネコロの上をいく。
瞬く間に近づくネコロの背中に、餓狼王が牙を突き立てようとしたその時、眼前に餓狼が躍り出て餓狼王の視界を塞いだ。
餓狼王は咄嗟に飛び退き、何事かとその餓狼を睨むが、既にその餓狼は事切れている。
死骸の飛んできた方向へ視線を向けると、そこには餓狼盾(死体)を左手に装備した小さなクマが立ち塞がっていた。
「私の速さじゃどうせ攻め切れない、なら守り切る戦いをさせて貰います」
餓狼王の追撃を阻止しネコロを見送ったベアーネは、進みたければ儂をなんちゃらの爺さんよろしく、餓狼王の足止めを買って出る。
「グルルルゥゥゥ」
その姿に忌々しそうな唸りをぶつけると、餓狼王が大口を開けて飛びかかった。ベアーネは餓狼盾を構えこれを防ぐが、盾など知るかとばかりに餓狼王は巨大な大口で、諸共にかみ砕こうと噛り付く。
しかし流石に餓狼一匹口内に収めると、その背後に隠れるベアーネにその牙が届く事は無く。逆に餓狼盾に噛みついた餓狼王の頭部が彼女の射程に晒され、チャンスとばかりに右手の剣を振り下ろした。
咄嗟にその剣からで身を反らすも、剣先が顔面をなぞり、赤い線が餓狼王の面に刻まれる。
自身の牙でズタズタになった餓狼を吐き捨て、苛立しげな視線をベアーネに向けると、彼女は代わりの餓狼盾をひょいっと拾う。そして小柄なその体を餓狼盾に隠すと、フリフリと剣だけを出して挑発してくる。
あぁ?と額に青筋を浮かべた餓狼王は盾に噛り付き、ベアーネに反撃される、ベアーネは盾がダメになると次の盾を構える。
そんなイタチゴッコが始まったのであった。
一方残った餓狼側は、速度に勝るネコロの参加で次々と数を減らしていく。火力の足り無いネコロが陽動と足止めをすると、速さの足りないウルカが止まった餓狼を始末する。
そのまま餓狼の残りが三匹となった時、再び餓狼王が吠えた。途端に餓狼達は狙いをベアーネに変えると、その背中を狙い猛然と駆けだした。
ネコロがそれを追い、さらにウルカが続く。
間に合う、ネコロがそう状況を分析した時、ベアーネが此方を振り向き視線を飛ばした。
餓狼王はイラついて居た、ベアーネの戦い方がウザ過ぎるのだ、戦況を見ると眷属共も大して約に立っていない。
このままでは面倒になると感じ、目の前のクソ雑種だけでも先ずは始末すべく、大きく吠えると眷属達にその背後を狙わせた。
しかし眷属の到着を待つ事無く、ベアーネに隙が生じる。迫る餓狼を気にする余り背後へと振り返っているのだ。
突然訪れた好機に、餓狼王はこれ幸いとその隙を付き、クソ雑種へ向けて全力で跳躍した。
餓狼王が弾丸となり、高速でベアーネへと突撃する。
余りの速さに回避も迎撃も出来ず、まともに喰らい盾ごと吹き飛ぶベアーネ。ネコロの時と違い減衰無しの一撃だ。
跳ね飛ばされた後も数回バンドし、大地を削り漸く止まると、そのまま地に伏せ動かなくなった。
しかし餓狼王も思いの他頑強な反動に、態勢を崩し動きが止まっている。
そこへ弾丸となったネコロが突撃した。
「グォオオオオオオオオ」
餓狼王の絶叫が響く。走る速度を剣に乗せての一撃は、ネコロの貧弱さを補完し飢狼王の防御を貫くと、剣をその肩口へと突き立てる事に成功させていた。
ネコロはそのままもう一本の剣を構えると、到着しえたウルカと共に追撃を加えていく。
しかし追撃を受けたのは餓狼王だけでは無い、倒れ伏すベアーネへ向け三匹の餓狼が殺到したのだ。
先ほどの反省を活かしベアーネと餓狼王の激突までは我慢した山田だが、これには流石にじっとして居られず、戦場へ向けた駆け出した。
「まて!」
しかしシャジィルが、その肩に手を掛け引き留める。
彼女には伏せるベアーネの手に、剣がしっかり握られている事が見えて居り、そこからベアーネの狙いを察すると、飛ぶ出しかけた山田を押しとどめたのだ。
「あ?」
しかし山田はそれを知らない気付かない。低い声、実に不機嫌そうな声と共に、肩越しにシャジィルを鋭く睨みつけた。
その視線はシャジィルをして背中にぞくりとした悪寒を走せ、その手を足を硬直させる。
次の瞬間には、山田はシャジィルの手を跳ね除けベアーネの元へ駆け出し――――――その足が中途で止まる。
それは三匹の餓狼がタイミングを合わせ、一斉にベアーネに飛び掛かった瞬間だった。彼女は地面に倒れた姿勢のまま、腕の力だけで強引に剣を旋回させる。
刃は地面と水平に走り、一匹目の餓狼に迫るも餓狼は咄嗟に飛び退きこれを躱す。
しかし飛び退いた仲間の影から突然現れた刃を躱せず、二匹目の餓狼は頭蓋を砕かれると、そのまま剣ごと隣の三匹目にぶち当たり、二匹はまとめて引き飛ばされた。
ベアーネの死んだフリ作戦で、二匹の餓狼は脱落する。
再度無事な一匹目は飛び掛かろうとするも、一周してきた剣が既に目の前で構えられ迂闊に動けない。
剣を構えながら立ち上がるベアーネに対し、攻めあぐねた餓狼は指示を仰ぐように餓狼王を振り返るが、餓狼王は餓狼王でウルカと激しい凌ぎ合いをしており、それ処では無かった。
能力的に勝るはずの餓狼王は、負傷により踏ん張りと瞬発力を殺され、格下のウルカ相手に苦しい戦いを強いられていた。
思う様に動かない足の所為で、何時もの戦いが出来ず躍起になっている餓狼王の前に、ネコロは餓狼にベアーネは飢狼王に、再び標的の交代を行い、その立ち位置を入れ替えたベアーネが立ち塞がった。
―――それは怒りだったのか憎しみだったのか。或いは焦りやヤケクソの類だったのかも知れない。
目の前に現れたクソ雑種が地面に視線を落とし、餓狼の死体を見つけ満面笑みと共いその手を伸ばした瞬間、餓狼王の全ての思考が消し飛んだ。
あとは全力で。体の痛みも周りの状況も、全てをかなぐり捨てて、全力で。良く分からない激情のままに、そのクソ雑種目掛けて全ての力を込めて飛び掛かった。
ベアーネは自らへ迫る餓狼王を認めると、盾を拾う事を諦める、回避すらとてもじゃないが間に合わない。
餓狼王の形相は言いようのない圧力を発し、背負う気迫はお前絶対殺すマンと見紛う程の覇気をまき散らかせていた。
しかし今の餓狼王に以前までの勢いは無く、既にその速度は彼女の迎撃可能域だと言う現実を覆す事は出来なかった。
「ん、しょっと!」
その結果、飛び掛かる最中をベアーネの繰り出す渾身の一撃に捉えられ、ど頭を左右に真っ二つにされると餓狼王はあっさりと絶命した。
直後、鈍臭いベアーネはデカい餓狼王の空飛ぶ死体を避けられず、そのまま跳ね飛ばされると、又もコロコロ地面を転がっていく。
その転がった先では、ネコロの剣に捉えられ餓狼が、哀れな躯を晒していた。
全ての魔獣の死を確認し、ようやく山田は肩の力を抜いた。正直自分で戦うより、よっぽど疲弊した表情をしていた。
そんな彼の下に集まってきた三人は、どや?どや?言いながら、頻りに自分達の戦いを褒めて貰おうと、その服をグイグイ引っ張る。
右を褒めれば左からグイグイ、左を褒めれば正面から。終いには三方からグイグイ引っ張られるが、山田自身ほっとしているのか、その面倒臭い筈の要望に快く対応していた。
そんなハッピーエンドの様な光景を、シャジィルは一人険しい視線で見つめていた。
あり得ない光景だった。二十匹にも及ぶ餓狼が三人の雑種に悉く屠られている、しかも餓狼王が率いる群れをである。
そしてあの山田の視線、雑種の危機に飛び出そうとした彼を抑えた時に向けられた視線。
Cランクの自分が恐怖し、獣族の雌である自分に強く雄を意識させる程の獰猛な獣の目だった。
「・・・まいったね、久しぶりに雄を感じちまったよ」
本能へと訴えかける恐怖と疼きを山田から感じ取ったシャジィルは、疼く下腹部を鎮める様に手で撫でる。
山田を捉える鋭い視線には、誘うような艶と燻るような熱がこもり。濡れた唇から、熱い吐息と共に漏れ出たその言葉は―――
「くくく・・・こいつは美味しい思いができそうだねぇ」
―――草食獣に有るまじき肉食な言葉だった。
何時か喰われる。




