一年生-1
朝起きたら自分の教室の番号を書いた紙がポストに入っていた。
見た目はボロボロで崩れるんじゃないかと不安になる寮だが、機能面は至って普通の寮だった。
私たちが朝食を食べようと食堂に向かっていたとき貴族用の寮も見つけた。
汚れひとつない白い壁で、整えられた花壇がある。私たちの寮とはえらい違いだ。
金の装飾が施された看板には、『白亜寮』と書かれていた。
「今日から六年間、お前たちの担任をするジョージ・ロウガルドだ。よろしくな」
学年全体で見れば、平民の生徒は三割ほど在籍している。しかし、なぜかこの教室に限っては、平民は私、リリーとゲイルの、わずか三人しかいなかった。
周りを見渡せば、きらびやかな服に身を包む貴族の方々、さらには公爵家のロゼ様やガイル王子まで揃っている。
なんで私たちだけ、こんな針のむしろみたいな教室に入れられたんだろう。
座席表で指定された席は成績順で、私たち平民三人組は一番後ろの席だった。ちなみに教室の組は一組。こちらも成績が反映されるそうで、つまり私たちは平民の中では上位三位の成績ということだ。勘で書いた答えが功を奏したらしい。
教室の貴族たちが馬鹿にしたような笑いでこちらを見ている。隣の席のリリーが気にしちゃダメよとばかりに机の下で手を握ってくれた。度胸のある彼女でさえ、周囲の貴族たちの冷たい視線には少し身を硬くしている。
お調子者のゲイルが癖毛を指に絡ませながら、周囲の貴族の女子生徒に「おはよー」と軽く手を振っては見事に無視されていた。
一番前にはロゼ様がいる。その次には王子と、流石だなとしか言いようがない。
そこへ、教壇に立った担任のロウガルド先生が、パチパチと手を叩いて告げる。
「静かに。一一昨日、全員の魔法型が判別儀式によって確定した。今日からの基礎魔法の勉強が終わったら、それぞれの魔法型に合わせた授業を受けてもらう」
「先生。平民とは授業は分かれていますよね?」
「その予定だ」
先生らの返事に貴族が当たり前だよな、わたくしたちがあのドブネズミたちと授業だなんて。などの次々に口にする。
ここに平民がいることをよく思っていないことが丸わかりである。
平民が三人混じっていますわよ? 可哀想に、迷子かしら。
ーーあぁ、殴ってやりたい! 今に見ていろ。必ずお前らよりも賢く強くなってやる!!
三人の心は燃え上がった。
初めての実技授業。
あてがわれたのは、校舎の隅にある、冷たい石造りの地下特訓場。三人だけが集められた、明らかな差別待遇の教室だった。
さっきは申し訳なかった。とロウガルド先生が言う。
「居心地が悪いとは思うが、あんな奴らのことは気にせず頑張ってくれ。何かされたら俺に言えよ、あいつらも貴族とは言えまだまだガキだからな。大人の力を見せてやる」
握り拳を作り笑顔を見せてくれる先生は、先ほどの怖そうな雰囲気とは大違いだった。
担任の先生が私たちのことを気にかけてくれる先生で非常に嬉しく思う。
「いいか。魔法とは、正しい術式を口にすることによって発動する。今日学ぶのは基礎呪文だ。全員、教科書の呪文を唱えてみろ」
配られた教科書を開き、ゲイルが真っ先に手を挙げた。
「よし、まずは俺がバシッと決めちゃいます!一ー集え大気の這う足よ、吹き荒べ。風!!」
ゲイルが自信満々に指先を突き出す。しかし、唱え終えた瞬間、ゲイルの口から出たのは「ぶふっ」という情けない溜め息のような風だけだった。
「あ、あれ……? おかしいな、脳内予想では嵐が起きてたんだけど……」
「ゲイル、今の発音だと、大気の『這う足』じゃなくて『這う虫』になってる。最後のアネモスの音が高すぎるんだよ。さ、次はリリーだ」
先生が小さく笑って指摘する。あれ、いつの間にか名前で呼ばれてる。
彼女は自分の番になると、全く物怖じしない堂々とした態度で教科書を読んだ。
「土に眠る小さき命よ、芽吹け。発芽」
リリーが床の植木鉢に触れると、小さな種から、ピコッと緑の双葉が綺麗に顔を出した。
「おお、リリーすげえ!」
「それほどでも。次はリナの番だよ」
「う、うん……やってみる」
緊張で生唾を飲み込んだ。教科書に載っている、初級の水魔法の呪文。
胸の前で手を組み、震える声で呪文を紡いだ。
「清き源流よ、集いて形を成せー一湧水」
その瞬間、地下特訓場のすべてが、真っ白な光に包まれた。
ゴガガガガガガッ!!!
「うわああああっ!?」
ゲイルの叫び声が響く。
「寒い寒い寒い!! 凍るってこれ!!」
お調子者のゲイルが、氷の床の上で派手に滑って転んでいる。
「……リナ、さすがにこれはやりすぎ」
そんな極寒の中でも、リリーだけは腕を組んで、ツララが垂れ下がる天井を見上げて感心していた。
「リナ、初日から器物破損だな」
先生が髪をかきあげ私を見る。先生が指を鳴らすと、部屋の全てを凍らせていた氷が溶け、水に変わった。
「今日の課題だ。お前たち三人、今日はこの水を全部拭いてから帰れよ。上には誤魔化して報告しとくから」
ロウガルド先生が呆れ笑いを浮かべる姿は、私のお父さんにそっくりだった。
夕暮れ時。誰もいなくなった、まだ少しひんやりとする地下特訓場。
バケツと雑巾を持った私は、申し訳なさで今にも泣きそうだった。
「ゲイル、リリー……本当にごめんなさい。私のせいで居残りになっちゃって」
「何言ってんだよリナ!」
ゲイルが雑巾を肩にかけ、お調子者らしい不敵な笑みを浮かべた。
「むしろ俺たちの仲が深まるいい機会じゃん! さっきの先生の指摘のおかげで、俺、次の呪文は絶対に噛まない自信がある」
「そうそう」
リリーもバケツを置き、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「リナの魔法、出力は最悪だけど、威力は貴族の誰よりも凄かった。これを極めたら最強じゃない?」
驚いて目を見開いた。平民だからとバカにされ、魔力が暴走してとばっちりで居残りにさせてしまった自分を、この二人はちっとも責めない。それどころか、一緒に前を向こうとしてくれている。
「……うん!」
私が返事をしたと同時に、鐘の音が鳴り響いた。
ーーーあれ、今何時だ?
「やばい! 今日みんなで寮の探検するんじゃん!」
「くっそおぉお忘れてた! 急げ! 早くしないと食堂も閉まって飯にありつけない!」
びしょびしょの雑巾と水いっぱいのバケツを置いて、私たちは走り出した。




