四年生-1
二ヶ月経った。私たちは無事、四年生になることができた。
ガラリと扉を開け自分の席に着く。
試験があるたびに席順は変わる。実技試験のときは私たちは王子とロゼ様に次ぐ最前までいけるのだが、筆記試験後では最後尾の列で授業を受けている。
赤点を回避したからといって、この教室はそもそも私たち以外貴族。元から備わってる知識が違う。変わらず一番後ろの列だ。
「おはよ、リナ」
「リリ〜。会いたかったよ〜」
「ちょっとしか経ってないでしょ」
今日は朝早くから図書館にこもっていたリリーが席に近寄ってくる。
二人で喋っているとロゼ様と目が合った。会釈をすると、軽く手を振って返してくれた。
彼が助っ人として居残り部屋にやってきたあの日から、ちょくちょく呪文や理論を写した本を私たちに渡してくれるようになった。
ご令嬢との交流や筆記試験と実技試験の勉強などもあるのに、これに時間を割けることにおののく。しかも学年一位の成績。天才という言葉がこんなに似合う人はいない。
普通なら公爵家の人間に平民から話しかけるなんてありえないことだし周りからも散々言われるはずだが、ロゼ様は平民にも優しく接する素晴らしい人格の持ち主だと貴族のみんなは評価していた。
ちょっと盲目すぎやしないかと思うが、まあそのお陰で私たちが彼に話しかけても特に何ともなかった。
*
さっきから私の胸はワクワクしっぱなしだ。
今日の授業の終わりに先生に配られた用紙をベッドに寝転がって見つめる。
『研修旅行の予定』
私たちが赤点回避に命をかけていたのは、進級のこともあるがひとつはこれだ。点数が悪いと行かせてもらえないので、私たちはあそこまで追い詰められていたのだ。
森の中にある二十体以上もの石像、それはメデューサが歴史上の英雄を石化させたというもので、その森に住んでいる羊飼いがメデューサに追われているとき、その英雄たちの石像に隠れて羊を逃すために羊を引率するための笛を吹くと、英雄たちが目を覚ましメデューサを森の奥深くに追い払ったという伝説が残っている場所へ行く。
リリーは最近図書室にいて、ゲイルは掃除のおばちゃんの手伝いで寮の前の落ち葉を掃いている。部屋には私一人だ。
早くその日にならないかな。
窓から見える三日月に目を細めた。
*
消灯一時間前。
「うっわ。メデューサ怖すぎ」
私、リリーは図書館でメデューサに関する本を読み漁っている真っ最中である。
この図書館は貴族の寮に近い場所に建てられているので、木漏れ日寮から行くには少しめんどくさい。
橙の光が白色の紙を照らす。
もうカーテンは閉まっているから、この照明だけが頼りだ。
本に集中していると、コトン。と音が聞こえた。
さっきまで物音ひとつしなかったのに。何事だ。
私は怖いのは好きじゃない。
もしかしたら不審者でも入ってきた? お化けとかだったらどうしよう。
胸がバクバクするが、確認しないと安心して本も読めやしない。
意を決して音がした方に向かう。
本棚に隠れながらこそっと見よう。それでヤバそうだったら秒で逃げよう。
「……あれ?」
音の犯人は最近お世話になった人物だった。
暗い照明でも星のように輝く金色の髪。そこからのぞく赤い瞳は、十五歳とは思えない艶かしさを放っている。
フィン・ヴェルメ・ロゼ。
彼の周りにはたくさんの本が積まれている。
もしかして、今の今まで勉強していたのだろうか。
『まーたロゼ様が一位か』
『いいなぁあんなに頭良くて。さすが天才』
『俺たちなんて必死に苦労してこれだってんだから、元から出来がいい奴は楽でいいよな』
筆記試験の結果がはられた掲示板の前でそう溢していた平民や、貴族の生徒がいたことを思い出す。
あんたたち、全然的外れなこと言ってるよ。
この人みたいに夜ずっと図書館にこもって勉強したことある?
身分が全然違う平民の私たちに、わざわざ時間割いて勉強教えられる?
気づかれないようにそっと席に戻る。
彼が学年一位であり、天才と呼ばれる所以。
それを少し、ほんの少しだけだけど、理解できた気がした。
*
「ラズベリー。まだ本読んでるのか?」
「うわっ」
思いがけず聞こえた声に、肩が揺れる。
「あ……ルナール先生」
「悪い、驚かせたか」
「いえ、大丈夫です」
そっか。と言いながら彼はイスを引いて横へ座った。
今日は図書館での遭遇率が多い日だな。
ルナール先生。
ロスカ魔法学校の火型教師がどんな人物かと聞くならば、十人中十人が、百人中百人がイケメンと答えるだろう。
涼しげな切れ長の瞳に一つにまとめた色素の薄い髪。白い服がよく似合うこの人は、その底が見えない妖艶な雰囲気から年頃の少女はもちろん、授業の面白さから少年から、人当たりの良さから他の教員や寮母さんにまで幅広い人気を得ていた。
フランメの属する火型の授業を主に担当しており、私が耐火性のある植物を育てているときによく質問に答えてくれていた。
「ふーん。メデューサか」
「はい。今度英雄の窟に行くので」
「メデューサについて知れたことは?」
「はい。悪魔とされることが多くて三姉妹のうち唯一不死身じゃないらしです。でも私が悪魔って聞いたらやっぱり、“赭の悪魔”を思い出しちゃうんですよね。ーー先生?」
「ん? 何も。それより赫の悪魔ってなんだ?」
知らないんですかと聞けば肯定された。結構有名な悪魔だと思うんだけど。
「先生出身どこですか?」
「結構田舎」
なんで田舎でこんなイケメンが生まれるんだ。
「えっと、赫の悪魔は千年以上生きている古代の大悪魔です。悪さも数えきれないほどで、そのせいで呪いをかけられた。って言う話だった気がします」
「へーえ。その悪魔は今どこに?」
「知りません。おとぎ話だと仮定されているので本当にいるのかも怪しいです」
「もし近くにいたら面白いな!」
「そうですね」
もう遅いからそろそろ部屋に戻りなと言われ時計を見ると消灯二十分前になっていた。
おやすみなさいと先生に挨拶をして、寮に戻った。




