三年生-22
地獄の二週間が始まり、はや三日たった。
地獄と言っても一日のほとんどを今まで充てなかった勉学に充てただけで、学生の本分に勤しんだ。
とりあえず普段よりも勉強している自覚はある。
先生からもらった課題とずっとにらめっこしていた。
「三人とも、ちゃんとやってる?」
「あ、ロゼ様だ」
「こんにちは〜」
「こんにちは」
この期間のおかげで気づいたことがある。
それは、フィン・ヴェルメ・ロゼは私たちが思っているほど性格は悪くないということだ。
先生に無理やり頼まれただけでどうせ来ないだろうなーと思っていたら毎日来ているし、質問はないか。とか、わからないところはないか。とか自分から聞いてくれる。
今だって挨拶返してくれたし。
私はそんなことを言える口じゃないけど、ずっと自分が問題を解いているところを見られると何だか恥ずかしくなって問題を解く手が止まってしまうから苦手だ。
ロゼ様はそれを知ってか知らずか、必要じゃないとき以外は私たちでは題名すら読めない難しそうな本を読んで静かに過ごしている。
私はそれがありがたかった。
数分後、私が古代文字の解読で唸るのが気になったらしい。本から顔を上げたロゼ様が私の問題集を覗き込む。
「どうしたの?」
「あ、ここが、分からなくて」
「それは女性名詞だからーー」
近くにゲイルやリリーとはまた違う、高貴というか、雨上がりの森みたいな、お花みたいないい匂いがする。
こういう雰囲気がそばにくるのは初めてで、何だかドキドキしてくる。
あー。そういう意味じゃないのに、そんなこと意識したら顔に熱が集まってくる。
早くおさまれ。
「ーーわかった?」
「は、はい」
彼はスッと身体を離し、また椅子に座って本を読み始めた。
いつもの私なら何日もかかる解読も、数時間でできてしまった。
「すごいね。無事できた」
ロゼ様はパチパチと手を叩いてくれた。心から褒められている気がしないが、課題が一つ終わってよかった。
(ちなみにリリーとゲイルとは三人でいたらしゃべって勉強が進まないとロゼ様の魔法により隔離されている)。
「……魔法使う時に原理なんて考えないのに……なんでわざわざこんな意味のないことを……」
「それを言ったら大抵の学問は日常生活に関係ないね」
「じゃあなおさら、なんのために……」
「この世界を生き抜くためかな?」
「というと?」
ロゼ様は本を机に置いた。
「例えば……。まぁ、そんなことは起きないだろうけど、たとえば僕らが魔法が使えなくなったとして、そういう時に僕らを助けてくれるものが学問なんだよ」
「人間は面倒臭がりやで怠惰で傲慢だ。少しでも楽な道を提示したら何も考えずにそちらに行くような生き物なんだよ。人間が万物の長なんて愚かな考えだ。だから、人間が人間であるためには、考えること、思いを言葉にできることが必要なんだ」
「勉強は生きていくために必ずしも必要というわけではない。だけど学もなく生きていたらそれはその辺の犬や、虫と一緒だ。むしろそっちの方が賢いかもしれないよね」
たくさんの言葉が頭に入る。
彼が今言った言葉の一つ一つを、私はちゃんと理解できただろうか。
ロゼ様は誰もが認める天才だ。試験の成績が良くて魔法も女性の扱いも上手で、文句のつけようがない。
けれどそれは、彼のその考え方がもたらした、努力の結果なのかもしれない。
彼は私よりも勉強をする生徒として、人間として大きいんだ。
*
地獄の二週間が終わった。
ロゼ様は私たちがトンチンカンな答えを言っても怒らず、何故こうなるのか、どうして今これを求めているのかなど丁寧に教えてくれる素晴らしい人だった。
しかも教室で勉強していたら他の貴族の子も声をかけて嫌味ったらしく勉強を教えてくれた。ロゼ様効果万歳。
フランメやリンダもたまに来てくれて(ロゼ様が来るとすぐ帰る)いつもよりかは自信を持って試験の日を迎えることができた。
今日は試験の点数が貼られる日だ。みんな授業が終わると足早に廊下に出る。
「赤点回避赤点回避……」
「先生の手が滑って全問丸になってないかな〜」
試験の結果を見るのにこんなに緊張したのは初めてだ。
いつも下から見た方が早いので癖で下を見る。ーーあれ、名前がない。
ゆっくりと上を見ていく。ちなみに学年掲示板に貼られる順位は学年で出る。
私たちは七十位以上だったら退学は免れる。
『六十二位 リリー・ラズベリー
六十三位 リナ・セレネーレ
六十九位 ゲイル・ルッサーレ』
「ーーっしゃあ! 赤点回避!」
ゲイルの声が脳裏に響く。
私たち、退学回避できた?
「三人とも! よく頑張ったわね!」
フランメとリンダが来てくれた。二人の順位を聞くとフランメが十八位でリンダがニ十六位。流石である。
「四年生になってもよろしく」
「お願いしまーす」
放課後、居残り部屋で感動を分かち合っていたら、ロウガルド先生が泣きながら入ってきてよくやったと抱きしめてくれた。ロゼ様からはお菓子のご褒美をいただけた。
『これからも何かあったら来るからね』
そんな恐ろしい手紙を残して。




