三年生-21
「さーて。一般攻守魔法の授業はこれで終了だ。魔法型の授業遅れんなよ」
ロウガルド先生が教科書を閉じる。
平民と貴族では配布される教科書も違う。
私たちの使っている紙はインクが滲みやすくてすぐ使い物にならなくなるため、使い古された参考書は四階に放っている。ここで知る四階の積まれた魔導書たちができた理由。
「氷」
そう唱えると手から氷の塊ができる。
まだ私は私の中にある膨大な魔力の制御に慣れておらず、よく教室を凍らせていた。
初級呪文や一般魔法は使えるようになったのだけれど、やはりそれ以上の、魔法型専用の魔法はうまく使いこなせない。
「セレネーレ。あなたは魔力量が多い分、繊細な魔法を使うことが下手みたいね」
「あはは……」
「氷型は繊細な力加減が最も求められるの。もう少し感受性豊かに頑張りなさい」
「はーい」
氷型の授業はスノウ先生が担当してくれている。この学校の唯一の氷型の先生だ。
授業は厳しいが私が疲れたらちゃんと休ませてくれるし雑談もしてくれる。優しい。
先生は氷型の発現で髪色が変わり、元は金髪だったが今は雪のように白くなったらしい。
おかげで老けて見えちゃうわ。と言っていた。
私の場合気を抜いたらすぐに氷が壊れてしまうので大変だ。
この前なんか、魔力が暴走して隣の教室で花の魔法を習っているリリーがものすごく太いツルを生やしてしまい、壁を突き破って各方角の教室にいって大騒ぎになった。
今は魔力を制御する魔具をつけて授業に励んでいる。
何人かは一定の量より魔力が多く、制御が難しいと嘆いていた。
私も最初はでっかい氷ができた途端破裂して、氷の粉が降りかかって散々な目にあった。
魔具をつけると、重力が倍ぐらいのしかかったような状態になり動きにくくて仕方ない。
カタツムリみたいにゆっくり歩いていたら、教室移動中のロゼ様とガイル王子がクスクス笑っていた。
ちくしょう。
*
「あーもー全然うまくいかなーい!」
「騒がないでよ」
「だぁって〜」
氷のカケラを出そうとすること一時間。私はまだ手で握り込めるほどの大きさの氷しか出せなかった。少しでも早くやろうとすると氷が破裂する。
そのことに不満を言えばリリーから注意を受ける。
リリーは本を読みながら紙に呪文を書き込んでいる。
これは今日の四限目にあった古代呪文の授業後に呼び出しを喰らったときのものだ。
『もうお前たち残りの授業受けなくていいから』
『え?』
『これだけやっとけ』
にっこり笑ってロウガルド先生から紙束を渡されたのは昼休みのこと。
流石にこれ以上赤点を取られるわけにはいかないと思われたのか、先生に冊子を渡されこれさえできたら何とかなると耳打ちをされた。
そして居残り部屋で今こうやって解読に励んでいるわけだが。
先生、私たちを舐めてもらっちゃ困る。
ちっともわからない。
「授業以外は魔具外していいらしいし、リナ取ったら?」
「あ、そうだ忘れてた」
腕についている太い腕輪を外す。体が一気に軽くなった。
天井にはキラキラとランプが光っている。
フランメたちの話によると貴族の寮にはシャンデリアの照明があるらしい。
いつか見てみたいものである。
「おーいお前たち、進んでいるか?」
ロウガルド先生が扉を開けて入ってきた。
「全然ダメでーす」
「なんで実技の成績はいいのに筆記はこうなんだ……」
わかりません。
「まぁそうだろうと思って今日は助っ人を連れてきた」
先生の背中から顔を覗かせたのはまさかの人物だった。
何故こんなところに。
リリーも今回ばかりは勘が働かなかったのかあんぐりと口を開けて隣で寝ていたゲイルを叩き起こす。ゲイルも寝ぼけていたが彼の姿を見るとリリーと同じような表情で固まった。
「流石に学年一位に教わって成績が上がらんことはないだろ」
「え、いや、本人の勉強もあるだろうし……」
「そうです申し訳な……」
「僕はもう全範囲理解してるから、心配しないで」
「でもわざわざ貴族の方の手を煩わせるわけには……」
「庶民を助けるのも貴族の役目だから」
美しい笑顔の圧。てか助っ人を連れてくるにしたってなんでこの人なんだロウガルド先生!
「じゃあ頑張れよ」
待って先生置いていかないでそんな親指立てられても無理だから。
私たちの願いを込めた視線も虚しく、居残り部屋には赤点常習犯と我らが首席、フィン・ロゼだけが残された。
「で、何してたの?」
「いや、少々、課題を……」
「古代呪文の? まだ三つしか解読できてないみたいだけど」
リリーが下手くそな口笛をピーピー吹きながら視線を逸らす。
現代の呪文だって読むのが怪しいんだから、昔の言葉なんて読めるわけないでしょ。と前に言っていたのを思い出す。
「セレネーレは数学? 問題文を写しただけじゃないか。ルッサーレはそもそも課題を開いていない。論外」
「いや名前知ってんのかよ」
流石首席。言ってることが正論すぎて何も反論できない。
「前に言ったっけ? 一組の平均点をこれ以上下げられたら困るって」
指を組んで伸ばし関節を鳴らしている。この人がする仕草はなんでも絵になった。
ちなみに言われておりません。
「正直なところ何で僕が君たちの赤点回避を手伝わなきゃいけないのか甚だ疑問ではあるのだけど」
そうですよね。ごめんなさい。申し訳ないので今すぐにご帰宅願えますか。
「やると決めたからには絶対に逃がさないから」
腹括ってね。と恐ろしい微笑みを向ける公爵様に、私たちは震えた。
この人に黄色い悲鳴をあげれるご令嬢たちを尊敬した。
「まずは苦手科目の把握から。セレネーレから順にどうぞ」
「私の苦手科目は古代魔術と王国史。頭が痛くなります」
「私は数学と魔法力学が特にダメ。早く選択授業になってほしい」
「俺は魔法史学が一番無理! あんなん覚えらんねぇって」
「なるほど、君たちが脳みそを使わずに生きてきたのがよくわかるよ」
いちいち腹立つなこいつ。
「ちなみに得意科目は?」
「実技」
「薬学」
「実技」
セレネーレたちのは科目じゃないだろう……とロゼ様が頭を抱えている。
「君たち今はこんなんでも一組に入れたんでしょ? その時はどうしてたの?」
「……いやぁ……」
「選択問題だったので……」
「全て運任せで書きました」
私たちの返答にロゼ様は大きくため息をついた。とってもとっても長かった。首席は肺活量も素晴らしい。
「とにかく僕は授業が終わり次第毎日ここにくるから。先生から頂いた課題を暗記するくらいまでやること。いいね?」
「「「はーい」」」
「返事だけはいいな」
何だか態度が砕けているというか、雑な感じがする。いつものご令嬢たちに見せるような天使の微笑みがない。
まあ、平民たちに見せる仮面もクソもないか。




