三年生-20
三年生も後半。私たちは二週間後に筆記試験を控えている。
木漏れ日寮では声にならない声が聞こえていた。
「あぁ〜! この呪文の発音がどうしてもできない!」
「なんで光を出すだけでこんなに長い呪文が必要なの!? これ考えた学者出てこい!」
三年生までは試験の点数が悪くても進級することができる。なので万年赤点だらけの私たちでも無事学年を刻むことができたのだが、四年生に上がるための進級試験から話は変わってくる。もしその試験に落ちてしまった場合、私たちは退学処分となるのだ。
ちなみに魔法型別でも試験があるのだが、私とリリーの魔法型は学年で一人しかいないため、必然的に一位となっている。珍しい型でよかった。
一組の平均点を著しく下げている犯人は私たちだ。試験期間は周りの生徒からの睨みが半端ない。
先生からは進級試験だけどうにかなってもお前たちは無駄だから三年生の筆記試験だけは真面目にやれとのお言葉を頂いている。
実技だけを磨いても意味がないことに私たちは震えていた。
そんなある日。
「あなたたち、そんなに非効率な覚え方してるの?」
一階の談話室にやってきたのはフランメとリンダだった。
「え、何でここに」
「寮生なんだから、当たり前じゃない」
「確かに」
そしてフランメはいつか見たように耳を赤く染めて冊子を押し付けてきた。
そこには授業の内容がとてもわかりやすく、そして綺麗にまとめられており、思わず冊子とフランメを交互に見てしまった。
「何よ、いらないなら返して」
「え、いやいや! ありがたく使わせていただきます!」
おでこが床につくくらい大袈裟にお辞儀をすると、大袈裟すぎよと笑ってくれた。
「リンダこの前の数学の試験一位だったでしょ? 何でそんなことできるのよ」
「リリーは最下位だったわよね。ある意味すごいわよ」
今日の一限目は占星学だ。占い部屋はいつも眠くなる匂いがする。
「お前たち平民は、せいぜい呪文を噛んで舌でも切らないように気をつけることだな」
この授業担当のフランシス先生は私たちのことが心底嫌いで、お前のその汚い手は世界を惑わせるとか、ゲイルの服の皺は女を泣かせる数を予言しているとか、リリーの明日作る薬は腹を壊すに違いないだとか毎回難癖をつけてくる。
まぁ、私たちが呪文を噛みまくるわ試験の成績は悪いわが問題なのだが。
リリーが教科書を立てて突っ伏して寝ていると、フランシス先生が星の飾りを投げつけていた。
放課後。居残り部屋の鍵を開け、教科書を机にぶちまけた。
ここも最初に入った時からずいぶん綺麗になったものである。最初に入れられたのは確か、私がゲイルと氷を飛ばして遊んでいた時いかにも高そうなツボを割ったときだ。リリーもとばっちりをくらい三人で放り込まれた。
最近の私たちのすることは、三人の魔法を組み合わせて氷の彫刻を作ることだ。
「よっと! 『集え大気の這う足よ、吹き荒べ・微風』!」
「『土に眠る小さき命よ、芽吹け・初芽』!」
ゲイルの風型魔法が私の周囲の冷気をまとめ、リリーの土型魔法が床から薔薇のツルを伸ばしてその氷を固定する。氷の魔力を込めて「湧水」を唱えれば、もう完成。
「よっしゃ! なあリリー、俺の風の発音、もう貴族より綺麗なんじゃないか?」
ゲイルが癖毛を自慢げに指で弾く。
「ゲイル、調子に乗りすぎ。今の『ウィンド』の直後、半歩左に動くのが遅い。実戦だったら今ので冷気が漏れてゲイルの足が凍ってたよ」
リリーがバケツを抱えたまま、鋭い直感でゲイルの軽口をばっさりと切り捨てた。
「うぐっ……相変わらずリリーの勘は容赦ねえな……」
がっくりと肩を落とすゲイルを見て、二人で口元を緩ませる。
その時、地下室の古い鉄格子の扉が、静かに開いた。
「ーーなるほど。風の術式で氷の指向性を狭め、土の術式でその質量を固定しているわけか。よく考えたね」
現れたのは、はちみつ色の金髪を輝かせた、公爵家のロゼ様だった。手には、彼がいつも弄んでいる特製の白金の杖が握られている。
「ロゼ様? どうしてここに……」
驚いて声を漏らすと、ゲイルがすかさず前に出た。
「公爵家のお坊ちゃんがこんな地下室に何の用だよ。嫌がらせでもしにきたのか?」
しかし彼はゲイルの警戒をどこ吹く風と受け流し、手にした杖を軽く振った。
「嫌がらせ? そんな退屈なことを?一ー『燃え盛る赫き炎よ、光となりて幻を紡げ一一陽炎』」
ロゼ様が呪文を唱えた瞬間、彼の火型の魔力から生み出されたい光の粒子が、地下室の空気の熱量を揺らした。すると、私たちの目の前に、まるで本物と見紛うような「炎の獅子」の幻影が現れ、静かに消えていった。火型でありながら光と影を操る、圧
倒的な技術。
「君たちの連携は面白いが、呪文の詠唱がほんのわずかに遅い。特に風型の君。『這う足よ』の後の溜めが長すぎる。僕の家にある古い魔導書を写してきた。これを読みなよ」
ロゼ様はそう言って、一冊の手書きの冊子を机に放り投げた。そこには、平民用の安い教科書には載っていない、術式の効率的な短縮詠唱の方法が、綺麗な文字でびっしりと書き込まれていた。
「これって、貴族しか見られないんじゃ……。どうして私たちに?」
困惑してを見つめると、彼はふっと冷めた、しかしどこか悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「言っただろう、退屈なんだ。敷かれた道の上を歩くだけの生活も、身分を鼻にかけた貴族たちの魔法もね。じゃあね、居残り組の諸君」
ロゼ様はそれだけ言うと、背を向けて去っていった。
「……何あいつ、格好つけやがって」
俺の名前はゲイルだっつーの。とゲイルが口を尖らせるが、リリーはその冊子を一瞥しニヤリと笑った。
「文句言わないの。私の勘だけどあの金髪、結構可愛い人だよね」
リリーの勘は外れない。それは、三年過ごしてきて確信している。




