三年生-16
「これを見てください」
私はあるものを取り出し、アンドレさんの机の上に並べた。
一つは、鉱山の奥で見つけた、魔力の残滓がこびりついたボロボロの紙切れ。もう一つは、リリーが偶然手に入れた、派手な装飾の施された一冊の日記帳。そして、エレーナさんが送ってくれた手紙だ。
アンドレさんの眉がピクリと動く。
日記帳を開くと、そこには『深淵なる闇の契約』や『我が血脈に眠る大いなる力』といった、思わず顔が赤くなるような大層な文言――かなり痛々しい厨二病じみた言葉が、独特の筆跡でびっしりと書き連ねられていた。
正直犯人のメンツを考えると見せていいものかと迷ったが、致し方あるまい。
「……これは?」
「鉱山で拾った紙です。これには魔力を吸い取る魔法陣の一部が残されていました。そして、この日記帳に書かれている自己流の魔方陣の落書きと、筆跡も、術式の癖も、完全に一致します」
「この日記帳は、貴族しか立ち入らない黄金蝶の店のものです。そしてアルベルト様が最近手帳を紛失して探しているという噂が流れていました。これが、その失くされた手帳です」
アンドレさんは日記帳を手に取り、じっとそのページを見つめた。
「確かにこれはアルベルト様の筆跡だが……彼な本当にこれを?」
「残念ながら……」
頬をひきつらせて日記を閉じる。流石に信頼している領主のこんな一面は見たくなかっただろう。
「しかし、動機はあるのか?」
「動機なら、私たちが調べましたっ!」
扉が大きな音をたてるとともに書斎に飛び込んできたのは、フランメとリンダだった。
額に汗を滲ませている。
フランメが手に持っている枯れ葉を差し出す。リンダがそこに水を一滴垂らすと、枯れ葉から黒い瘴気が立ち上った。
それは何だと聞くと、黒絶華の枯れ葉だと返された。フランメの目の端が赤い。もしかしてずっと泣いていたのかな。
あの人が犯人じゃないって証拠を集めようとすればするほど、犯人は彼しかあり得なくなった。とフランメは顔を歪ませる。
全てを察したリリーが言葉を紡ぐ。
「鉱山に古代から流れる魔力を吸い上げ、自分のものにしようとしたのでしょう。日記の後半には、そのための術式が未完成のまま記されています。黒絶華をばら撒いたのはこのことが知られないようにするための囮だったんです。魔力を吸う過程で黒絶華が急成長して鉱夫たちの生命力まで吸い取ってしまった。そして逃げ出す際に、この手帳を落としたのではないでしょうか」
最後に私が氷魔法で瘴気を凍らせて粉々に砕いた。
「私たちがここで異変を解決しなければ、鉱夫たちだけでなく、この鉱山そのものの魔力が枯れ果てます。それは一番なってはいけないことです」
アンドレさんは深くため息をつき、私たちを見た。その瞳から冷徹さが消え、代わりにいつも私たちに向けてくれる優しい笑みが浮かぶ。
その顔を見れたことに少しホッとした。
「よくここまでやった。素晴らしい観察眼と連携だ。君たちの実習の評価は花丸をあげよう」
いいんですか。
次に伯爵がやってきた時にこの証拠たちを突き出すから君たちは寝なさいと部屋に帰された。
*
誰かに体を揺さぶられる。何だよ寝てるのに。
「んー、だれぇー……?」
「せ、セレネーレ。私よ」
「リンダ?」
私を起こしたのはリンダだった。どうしたのか聞くと、お手洗いについてきてほしいと頼まれる。
「……自分で行きなよ」
「無理よ! 二年生の頃にフランメの家に泊まりにきたら、あの子に怖い話をされて、それからこの家で夜一人でお手洗いに行けなくなっちゃったんだもの!」
「はあ?」
三日月の夜に一人で廊下を出歩くと、死んだ人間の魂があの世へ誘い込みにやってくるらしい。十五歳にもなって何をそんなに怖がっているのだか。
カーテンを開けて月の様子を見る。あら綺麗な三日月。
「でも何で私? フランメでいいじゃん」
「フランメが私にその話を聞かせたのよ!? 着いてきてくれるわけないでしょ!」
「まあ確かに」
結局ついていくことにした。あー私優しい。
「いるわよね?」
「いるよ」
「本当に?」
「本当に」
「どこか行かないでよ」
「行かないよ」
何だこのやりとり。
リンダはお手洗いに入ってすぐ出てきた。そんな速さで行けるなら一人で行けばよかったのに。
じゃあ帰ろうと廊下を歩くと、リンダが悲鳴を上げた。
「なに? うるさいよ」
「あれ、あれ……!」
「あれ?」
リンダの指差す方向は、窓。
ゆっくりと首を回すと、外に丸い明かりがふよふよと動いていた。
吸い込まれるように侵入禁止の魔法陣が張られているはずの鉱山の入り口に入っていく。
私はその光景に釘付けになった。
「さっきの声なに?」
「うるせーよお前ら」
リンダの悲鳴で三人が起きてきた。
廊下に出て私たちの方へやってくる。
「死人の魂が出たのよ!」
「は? 死人?」
「なに言ってんのよ。それ嘘よ」
「え?」
「え」
フランメの一言に私とリンダは固まる。じゃあ私たちが見たものは一体なんだ。
「じゃあさっきのは何なのよ!?」
「知らないわよ〜。見間違いじゃない?」
「そこまで気になるなら見にいこーぜ」
「そんな話してないわよ! もう早く部屋に戻りましょうよ」
「でも目覚めちゃったしな〜」
抵抗するリンダを掴んで私たちは外に出ることにした。
*
夜になると流石に冷え込む。部屋から持ってきた薄い布をかぶって光を最後に見た鉱山付近まで歩く。
魔法陣に弾かれるかと思ったが、魔法陣の跡が残ってるだけで、効力は失われていた。現役の騎士団がかけたものがこんな短期間で?
思い切って鉱山を覗き込むと、何やら物音がする。
「動物が入ってきたのかしら」
「魔法陣ないし入ってみようぜ」
「あんた映画とかで絶対すぐ死ぬわよね」
「は? 舐めんな」
リリーとゲイルを先頭に久しぶりに鉱山内に足を踏み入れる。
最初に入ったあの時とは違い、澄んだ空気が肺に届く。
フランメによると騎士が煤を払ってくれたからもう口布をしなくても良くなったらしい。
鉱山内を進むごとに物音との距離はどんどん近くなっていく。
リリーが動きを止めた。
「リリー?」
「みんな、このまま帰ったほうがいい。奥に誰かいる」
私たちの気配に気づいたのか、誰かが振り向いた。
フランメの炎に照らされて顔がよく見える。
黒いマントを被ったその人物は。
「フォーン、伯爵……?」
アルベルト・フォーン伯爵だった。




