三年生-15
騎士が帰ってから数日してからも、アンドレさんは伯爵と書斎でずっと話をしていた。
私たちは鉱山の実習は後回しにして、宝石の加工や出荷の様子を見学させてもらっている。
職人さんはみんな優しくていい人ばかりだ。
だから余計今回の出来事が不憫でならなかった。
フランメたちも証拠集めは難航しているようだった。
実習期間は二週間。残りの時間で解決できるのだろうか。
「記憶探知ができればいいのになー」
「無理でしょ。王宮魔術師でも難しい魔法なんだから」
記憶探知とはその場所で起こった過去のことを巻き戻せるという優れた魔法だ。
犯罪現場などの最終手段として主に用いられる。
ただしこの魔法は大陸難関魔法の一つであり、使い手は少ない。
巻き戻しに自分が巻き込まれ過去に飛ばされたり、巻き戻しすぎて魔力を大幅に消費したりと良くない点の方が多い。
王宮魔術師もわざわざこんなところまで来てくれたりしないし。
「そもそも禁忌魔法に近いもんなアレ」
「時戻しの魔法でしょ。あれ絶対派生してるわ」
その時、コツンコツンと窓を叩く音がした。
何だとカーテンを開けると白い鳩がこちらを見つめていた。脚には紙がくくり付けられている。
窓を開けて鳩から紙を解く。
鳩にかけられた首飾りには王国の騎士の紋章が刻まれていた。
『二枚の紙は同じものということが判明しました。焦げた紙には魔力を吸い取る魔法陣が刻まれていました。 エレーナ』
紙にはそう書かれていた。さすがエレーナさん、仕事が早い。
返却されたボロボロの紙切れには魔法陣が描かれていたらしい。綺麗な紙にその魔法陣を何枚も写し取ったものも送ってくれた。
魔力を吸い取る魔法陣。確か日記にも変な落書きみたいなものがあった。
見比べていると、多少は似ている。
二枚の紙は同じもの。なら、犯人はこの手帳の主であることは確定した。
アンドレさんの名簿も、鉱山で見つけた紙も、高級手帳も。
ーー全てがアルベルト・フォーン伯爵が犯人だと示しているようなものだ。
「やっぱり犯人は伯爵なのかな」
フランメのことを思い出すと胸が痛くなる。
「伯爵はこの鉱山が欲しいんじゃね?」
「え?」
「考えてみろ。もしこの鉱山で魔鉱肺が大量発生して、労働者たちが働けなくなったら。鉱山の経営は破綻して、おっさんは領主に泣きつくしかなくなるよな。そこで領主が『私がこの鉱山を買い取って、労働者たちの治療費を出してあげよう』とか言ってたら……」
ゲイルの指摘に、血の気が引くような感覚がした。
もしかして、最近伯爵がアンドレさんの書斎によく来ているのも、その話をするためなのだろうか。
開いた窓から伯爵が馬車に乗り込もうとしている様子が見える。今なら気づかれない。
私たちはアンドレさんの元へ向かうことにした。
*
扉を開けて私たちの姿を見たアンドレさんは、ひどく驚いた顔をしていた。
私たちが行き着いた結論を話すと、子供の思考力は恐ろしいな。と頭をかいていた。
「まさにその通りだ。実は先日、アルベルト様から最近鉱山経営が苦しそうだが、売却する気はないか。と、打診があったばかりなんだ」
「返事は、したんですか?」
「丁重にお断りしたよ」
アンドレさんは咳をしつつも光の宿る瞳で私たちを見る。
「この鉱山を一番わかっているのは私だ。きっと、アルベルト様も過去の繁栄を取り戻したいのだろう。気持ちはわからなくもないが」
本棚から本を一つ取り、アンドレさんは息を吐く。
「あの、それで、私たち他にも言いたいことがあるんです」
「何かな?」
「もしかしたら、この事件の犯人は伯爵なのかもしれないんです」
「………何だと」
彼のまとう空気が一気に変わった。私たちに向けられたわけじゃないのに、思わず肩が上がる。
アンドレさんが指を鳴らす。
「防音壁を張った。これからここでする話は誰にも聞かれない。私は君たちのことを信頼しているから、変な嘘は言わないと思っているんだが」
アンドレさんはそう言って私たちを見つめる。
「その話、詳しく聞かせてもらえるかな?」
半端な覚悟でそんなことを言っていないよなと言わんばかりの雰囲気が伝わる。
そりゃそうだ。一週間程度いるだけの子供が自身の信頼している領主が今回の事件の犯人だと主張しているのだから。
深呼吸して覚悟を決め、この内容に至った経緯を説明した。
*
一体どれくらいの時間が経っただろう。
私たちが説明をしている中、アンドレさんは氷のような瞳で私たちの話に耳を傾けていた。
さすが競争の激しい商売の世界で生き残っている鉱山主だ。貴族相手との取引でも赤字を出さず利益を生み続けるのは、こういったたくましい面もあるからなんだろうな。
「……なるほど。この鉱山の異変、そして鉱夫たちが倒れた原因が、我が領地を治める領主様にあると……君たちはそう言うのだな」
アンドレさんは低く、地鳴りのような声でそう呟いた。卓上に組まれた無骨な指先が、トントンと不規則なリズムを刻む。そのたびに、私たちの心臓は跳ね上がった。
彼は椅子の背もたれに深く体を預け、視線を私たちから手元の書類へと移す。
沈黙が部屋を満たした。
「魔法学校の生徒が実習がてら首を突っ込むには、危なくなってきたな。商売人が領主を疑うことがどれほどか……君たちも知らないわけではないだろう?」
アンドレさんは冷徹な眼差しを再び私たちに向けた。その瞳の奥には、数々の修羅場をくぐり抜けてきた者だけが持つ、絶対的な自信と計算が渦巻いている。
私たちは何か勘違いをしていたようだ。
物事はそう簡単に私たちの思うようには動かない。
ただの子どもの話にここまで耳を傾けてくれているアンドレさんは優しい人だ。
「私がただの無知な頑固親父なら、とっくに君たちを追い出していただろうな。……続けなさい。鉱夫たちの症状とアンドレ様の動き、君たちはそこにどんな『魔力の繋がり』を見つけた?」
試すような言葉。しかし、その声に頭ごなしの拒絶はなかった。いくら親切にしてくれたからと言っても相手は百戦錬磨の鉱山主だ。確かな証拠がなければ、領主を敵に回すリスクは冒してくれない。
ここからが本当の勝負だ。私たちは互いに視線を交わし、深く息を吸い込んだ。




