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リナ・セレネーレの物語  作者: 桜井あこ
三年生-実習編
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三年生-10

話しは少し前に遡る。

 ゲイルの提案で、私たちは街の人たちに聞き込み調査を行うことにした。

しかし、事件の手がかりを掴もうと意気揚々と乗り込んだ私たちを、山積みの洗濯物を前にした奥様方は容赦なく一瞥した。


「聞き込みい? そんなことよりあんたたち、手が空いてるなら手伝いなさいよ! 人手が足りなくて死にそうなの!」


 圧倒的な主婦の迫力に気圧され、気がつけば私たちは井戸を囲んでゴシゴシと服を洗う羽目になっていた。


「おい、ちょっと待て! 何で俺までこんなこと……うわっ、泥が跳ねた!」


 作業に慣れず、自分のズボンを盛大に汚したゲイルが声を上げる。

それを見た一人の奥様が、親切心(と若干の面白がり)から奥から一着の服を引っ張り出してきた。


「あーあ、ズボンがドロドロじゃない。ほら、これに着替えなさい。汚れてもいい服よ」

「あ、すんません……って、これスカートじゃねえか!!」

「贅沢言わないの! ここには男物の予備なんてないんだから。リリーちゃんたちとお揃いで可愛いわよ!」


 こうして、鉱山の謎を追うために来たはずの私たちは、なぜかスカート姿の男子を一名交え、冷たい井戸水で洗濯をすることになったのだった。

 主婦の情報網は侮れない。先ほどから話されるのは王都の貴族の噂や不倫話など、なぜあなたたちが知っているんですかと聞きたくなるような内容ばかりだ。

時折私たちにも話が振られるので、洗濯ばかりに集中してられない。手を動かしながら口を動かすのって難しい。


「そういえば最近アルベルト様に会った?」

「会ったわよ! 何だか落とし物をしてしまったみたいで大変そうだったわ」

「新しく買った手帳なんですってね。高い店で買ったんでしょう?」

「そうそう! 私たちは入店すらできないんですって!」


 そんな世間話に混じって、ゲイルが不貞腐れながらゴシゴシと布地をこすり合わせた。


「そういえばさ、うちの人が倒れる前、変なこと言ってたのよね」


 一人の奥様が、ふと思い出したように手を止めて顎に手を当てた。


「変なこと、ですか?」


 リンダがすかさず身を乗り出す。奥様は声を潜め、周囲を見回しながら言った。


「ええ。最近、坑道の奥で見たこともない、不気味な黒い花が咲いてるのを見たって。鉱山の中に花が咲くなんておかしいじゃない? でもそのすぐ後に、急に胸が苦しいって倒れちゃって……」

「心配ですね」

「だぁーいじょうぶよ! アイツの取り柄は身体が頑丈なことしかないんだから!」

「そうよー。うちの旦那も倒れてるけどすぐ治して復帰するって毎日言ってるんだから」


 女は強し。ふとそんな言葉を思い出した。

 そして、黒い花。その言葉に私たちは顔を見合わせた。

鉱山内で見た、黒い種子。植物学の授業の実験で使った黒絶華はその名の通り黒い花弁を持っていた。


「おい、これ……!」


 突然、ゲイルが焦ったような声を上げた。

見ると、彼が洗っていた鉱夫の作業着の袖口から、じわりとどす黒い紫色の泡が湧き出している。ただの泥汚れではない。


「ゲイル、触っちゃダメ!」


 思わず叫び、すかさず魔法でツタを生やしてゲイルの手元から作業着を引っぺがした。

水に溶け出したその紫色の泡からは、微かに甘ったるい、嫌な金属臭が漂っている。


「これ、黒絶華の胞子よ……!」


 間違えるはずがない。ページが擦り切れてクタクタになる程読み込んだ植物学の本の表紙を思い出す。目次からどこの何行目に何が書いているのかも諳んじることができる。そしてこの胞子は教科書で読んだ全ての特徴に当てはまっている。自然に抗道に生えるはずのない毒花が、なぜ鉱山の奥に咲いているのか。


「あんたたち大丈夫!?」

「その服は捨てるから貸してちょうだい」


ゲイルはおっかなびっくり奥様に服を渡していた。



奥様方に別れを告げて、私たちは中心街に移動した。

そこの本屋で黒絶華についての本を読ませていただく。生憎今日はお財布を持ってきていないのだ。

 この地域は火型が多い印象だ。鉱山が多いからというのもあるだろうが、鍛冶屋や工場がどこにでもある。

大抵どこのお店の人もアンドレさんのところで実習に来ているんです。と言うと気前よく対応してくれた。

これだけでリュミヌー家が街の人にどういう風に思われているのかを察することができる。なおさら私たちに意地悪をしていたフランメたちが嘘のようだ。

 ある程度自分たちの気になる点を潰したあと、噴水の広場で集合した。


「よし、フランメたちのところに戻りましょ……って、あんたそのまま来たの?」


 リンダが呆れたように、ゲイルの足元を指差した。


「……あ」


 すっかり忘れていた。ゲイルはまだスカートを着たままだった。


「いや着替えてる時間なんてねえだろ! 人の命がかかってるんだから!」

「ゲイル……なんて男気なの(見た目は女の子だけど)」

「うるせえリリー! ニヤニヤしながら見るな!」


 ゲイルの大きな声で鳥たちが飛び立った。

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