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リナ・セレネーレの物語  作者: 桜井あこ
三年生-実習編
22/29

三年生-6

「ちょっとフランメ待ってよ」


 リンダが自分の一歩先を行くフランメに声をかける。


「さっきラズベリーが言ったこと気にしてるの?」

「違うわ」


 フランメがリンダに向き直る。


「私、嬉しかったの」


 自分でも驚いた。あんなに意地悪をして悪口を言っていたのに、そんな自分のことをかっこいいと言ってくれた。

当然嫌われていると思っていたから。

 宝石を売るために貴族との取引もよくする。フランメの家は平民という身分のこともあり取引相手から見下された視線をよこされることも少なくはない。平民だからと鉱夫のみんなが心血を注いで採掘してくれた宝石たちを安値で買い取られたこともある。

 だからこそ勉強を頑張って王都の魔法学校に進学し誰よりも力をつけようと思った。

でも、フランメのしていたことは両親を馬鹿にしたように見つめる大嫌いな取引相手たちと同じ貴族たちに媚びへつらうことだった。

こんなことをしたくて勉強を頑張ったわけじゃない。けれどこの世界での生まれ持ってしまった立場はどうすることもできない。

それを痛感しているからこそみんなに失礼な行動をとってしまった自分が情けない。

そんなことしてたまるかと思っていたのに。

貴族と仮面を被りながら話すより、木漏れ日寮のみんなと話している方が楽しい。心地いい。

けれど今更自分たちがその輪に入ってもいいのだろうか。


「フランメ……」


 リンダが声をかけようとしたとき、突如として激しい咳の音が響き渡った。肺の奥底を力任せに絞り出すような、深く、苦しそうな濁った音だった。



「な、何の声……!?」


 異変を聞きつけた私たちは二人に何かあったのかと音のする方へ急ぐと、一人の鉱山労働者の男性が、ツルハシを床に落として胸を強く押さえ、壁に背を預けて激しくのたうち回っていた。


「ゼェ、ハァ、っ……げほっ! ごほっ!!」

「カウルス、大丈夫!?」


 フランメがすぐに駆け寄り、カウルスと呼んだ男性の体を支えた。

ハンカチで拭った彼の口元には、黒ずんだ、そしてかすかに輝く微細な結晶の混ざった痰が付着していた。

この特徴を見るに、彼は間違いなく魔鉱肺になっている。


「リンダ、私の鞄から水を出して」

「わ、わかったわ」


 フランメが男性の上体を優しく起こし、リンダが差し出した水をゆっくりと口に含ませる。男性の激しい呼吸が、ほんの少しだけ落ち着きを取り戻した。


「あ……ありがとうござい、ます……お嬢様……」

「お嬢様はやめてって言ってるでしょ。私はたかが平民なんだから」


 虚な目でフランメと、私たちを見上げる男性。

フランメは彼と目線を合わせ、真剣な表情で問いかけた。


「無理に話さなくて良いわ。でも教えて、いつから今みたいに息が苦しくなったの?」

「さ、最近です……。二週間ほど前から、急に奥の気流がおかしくなって……。いつもなら外へ逃げていくはずの粉塵が、奥に、奥に溜まっているんです。まるで見えない何かが、空気を吸い込んでいるみたいに……」

「気流がおかしい?」


 フランメが信じられないというような表情で立ち上がる。


「変だわ。鉱山には風の精霊の魔具で常に空気が循環するようになっているのに……」


 ゲイルが奥の道へ指を差し、小さく風を巻き起こした。


「……いや、おっさんの言う通りだ。ここから奥、魔力の流れが不自然に歪んでやがる。ただの換気不良じゃねえぞ」


 鉱山の奥で何かが起きている。

アンドレさんや鉱夫の人たちを苦しめる全ての原因は、この先の暗闇に隠されている。


「ルッサーレ、この人を外まで運んで」


 フランメが間髪入れずに指示を出した。


「おい、俺がいなくて大丈夫なのかよ!? 奥には何があるか……」


 ゲイルが心配そうに顔をしかめるが、彼女は首を振った。


「彼を一刻も早くここから出さないと命に関わるの! ここで一番力持ちなのはあなたしかいない。頼んだわよ!」

「……クソっ、わかった。お前ら無茶すんなよ!」


 ゲイルは男性を素早く背負うと、驚くべき速さで坑道を駆け戻っていった。

フランメは振り返り、残された私たちの顔を見た。その顔は不安と、この現象を解明しなければならないという決意に満ちていた。


「フランメ。一緒に確かめに行きましょう」

「……ごめんなさい。ありがとう」

「謝ることないわ」


 フランメは強がっているようにも見えたが、その声はかすかに震えていた。私たちは口元を布でしっかり覆い直し、さらに奥へと足を進めた。奥へ進むにつれて、空気の重さが明らかに変わっていく。息を吸い込むたびに、喉の奥がピリピリと痺れるような感覚。魔鉱石の粉塵が濃くなっている証拠だ。


「フランメ、普段は奥はどうなってるの?」

「最奥部に風の精霊の加護がある魔道具があって、そこから空気を入れ替えているの。だから布で口元さえ覆っていたらあそこまで酷いことにはならないのに……」


 先頭を歩いていたフランメが突然止まった。私の鼻先とフランメの背中がぶつかる。


「なに? どうかした?」

「あ、あそこ……!」


 彼女がランタンの光の先を指差す。

その視線先にある坑道の最奥部には、信じられない光景が広がっていた。


 フランメの説明通り、本来なら外へと空気を送り出すはずであろう魔道具がある。

その巨大な魔道具の周囲に、おびただしい数の黒い結晶が群生し、魔道具の放つ風が黒い煙となって私たちに襲いかかっていた。


「な、何よあの黒い煙……!?」


フランメが悲鳴のような声を上げる。魔道具が機能しないどころか、奥に向かって空気を引き寄せる異常な気流の正体は、あの黒い結晶だったのだ。


「あの結晶は何?」

「いや、あれは結晶じゃないわ」


 リリーが目を鋭く細める。

花型の彼女は何かを感じ取ったらしい。


「あれは魔力を吸って異常繁殖する変異植物、黒絶華(こくぜっか)の種子よ! 魔鉱石の粉塵を栄養にして、魔道具の魔力を吸っているんだわ。このままだと鉱山全体が枯死して、崩落しちゃう!」


 リリーは一歩前に出ると、両手を広げた。


花の息吹き(フルールアンフィーム)!」


 リリーの手から、淡い桃色の光を放つ花の胞子が無数に放たれた。胞子は黒い結晶に付着し、魔力の吸収を食い止める。

しかし植物が枯れまいと、体内に溜め込んだ魔力を暴走させようとしている。周囲にはさらに濃く黒い煙が放出される。

 フランメが真っ赤な炎を両手に灯して前に出た。

激しい炎が黒い結晶を包み込む。しかし、結晶の芯は硬く、簡単には燃え尽きない。急激な加熱により、今にも大爆発を起こしそうな不穏な音が坑道に響く。

リンダと目を合わせ、お互いに頷く。


凍らせよ(パゴノ)!」

大波(ヴァーグ)!」


 フランメの炎が結晶の芯を焼き尽くす瞬間を狙い、私はその周囲の空間ごと氷で包み込んで熱を力ずくで抑え込んだ。

リンダが放った波が、フランメの炎を丸ごと包み込んでいく。


私たちが魔法を解くと、そこにはパキパキと音を立てて砕け散る、完全に炭化して機能を失った結晶の残骸が転がっていた。


ゴォォォ……。


遮るものがなくなった風の魔道具が、再び勢いよく回り始める。新鮮な空気が、坑道の奥へと一気に流れ込んできた。

リンダの波で私たちはびしょ濡れになった。


案外、やれるものね。


フランメが頬についたススを擦って呟いた。

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