三年生-3
今日も今日とて図書室に篭って文献を読んでいる。
リュミヌーとクオーレはまだ来ていない。
いつも私たちよりも早くに図書室に来て作業をしているのに。
まぁたまにはそんな日もあるか、と私たちは特に気にしていなかった。
彼女たちは閉館時間になっても図書室には来なかった。
二人が図書室に来なくなって一週間経った。
教室も魔法型も違うため授業中に会えることはほとんどない。
不思議なことに、私の心に湧いたのは怒りではなかった。
「ーーん?」
お昼の時間に次の授業で使う資料をとりに来いと先生にパシられた私たち三人は、資料室でお目当ての地理の本を探していた。
窓の外から見覚えのある赤い髪が見えた気がして目を凝らす。
今日は日差しがいいから女の子たちは日焼けをしないためにフリルのついた日傘を差して歩いている。
当然オシャレに余念のなさそうな二人もそうだろうと思っていたが、二人は日傘は差していなかった。
上から見ているからだろうが、心なしか顔が俯いている気がする。
手が止まっていることに気づいたゲイルが何やってんだとこちらへ来た。
「お、リュミヌーたちじゃん。最近来ねーよなあいつら」
「何で外に出てるんだろうね? 大体みんな食堂にいるのに」
「外で食べたかったのかしらね」
本が見つかったので、私たちは後ろ髪をひかれつつ先生の元へ向かった。
寮の部屋で寝る準備をしていると、ドタドタと足音が聞こえた。
何だろうと廊下に出るとリュミヌーとクオーレの後ろ姿が見えた。普段ならこんな音たてなさそうなのに。
声をかけようと思って足を踏み出すと足が滑って尻もちをついた。転んだとき床についた手には泥がついていた。
朝、寮の食堂で朝食を食べていると、トロイがやって来た。
リリーはご飯をとりに行っているのでここにはいない。
「実習さ、リナはリュミヌーたちと同じ班だよね」
「うん。そうだよ」
「ちょっとさ、最近彼女たちの周りが大変なんだよね」
「大変って何が?」
「前まで下級だけど貴族とつるんでたでしょ? だけど最近はその貴族たちが二人のことを虐めてるんだよ」
「え? いじめ?」
「そう。ボロボロになった教科書が机に置かれていたり、泥とか水をかけたり。最近はお金のやり取りもしてるって噂もある」
トロイは二人と同じ教室なので、いじめの全貌を知っているようだ。
気を遣って二人に声をかけても全て無視され、いつの間にか心配していた他の生徒も自業自得だから俺たちも無視しよう。と地獄のような空気になっているそうだ。
先生に相談しても平民だからそれくらい慣れてるだろと相手にされないという。
「ロウガルド先生に相談してみたら? あの先生ならちゃんと話を聞いてくれると思う」
「そっか。ありがとうリナ」
トロイがふんわり微笑んで去っていく。優しいな、トロイは。優しいというより強い。周りに流されずに自分の見るべきものを見ている。
「お待たせー。さっきトロイがいたけど何話してたの?」
先ほど聞いた話を伝えた。
「そう……。だから彼女たち最近図書室に来なかったのね」
「リリー、知らなかったの?」
「私の勘はいくら頑張ってもただの勘よ。未来予知とは違うから、全てのことがわかるわけじゃないわ」
「へー」
*
教室に向かうとき、リュミヌーたちの教室を覗いてみることにした。
何やら人が集まってザワついている。
教室から聞こえてきたのは、こんな声だった。
「お前たち、ちょっと俺たちとつるんでいたからって調子に乗ってないよな?」
「俺らは可哀想な庶民のことを憐れんで夢を見させてやっただからな。勘違いするなよ」
以前聞いたことがある声、バルトだ。わざわざ教室に乗り込んでリュミヌーたちを罵倒するとは、何とも知能が低い。
リュミヌーとクオーレは顔を俯かせていてどんな表情をしているかまではわからない。
流石にこれ以上彼女たちを罵倒することは許せず教室に入ろうとしたら、トロイが彼らの間に立った。
「君たち、そんなに酷い言葉を使ったらダメだよ」
「は? 何だよお前」
「お前じゃなくてトロイね。僕にも名前があるんだから」
いつもの穏やかな彼からは想像できない行動力だ。
「しらねぇよそんなの。庶民が俺らに話しかけるなんて身の程知らずもいいとこだな」
「君たちも貴族のくせに言葉遣いも悪いんだね。そんな横暴な態度で貴族だなんて、そっちの方が身の程知らずなんじゃない?」
どこまでも落ち着いているトロイの声に比例してバルトたちの顔が醜く歪む。
いじめを看過しない彼のそういうところは好ましいが、このままだと何か危害を加えられるのではないかと考えてしまう。
こういうときこそロゼ様が来てくれたらいいのに。
「チッ、黙れよお前!」
バルトがトロイの顔を殴った。床にトロイが倒れ込む。
私とリリーはもう我慢できず、教室に入りトロイの元へ駆け寄った。
「トロイ、大丈夫?」
「あれ、リナたち見てたの? 恥ずかしいとこ見せちゃったな」
「恥ずかしくなんてない。すごくかっこいいわよ」
「へへ、ありがとう」
赤く腫れてしまった彼の頬に手を近づけ冷やす。
リリーがバルトたちを睨み彼らに向き合った。
「あんたたち、一体何してくれてんの?」
「またお前かよ。別に、社会の規則を教えてやってるだけだろ。感謝してほしいくらいだ」
「はあ? たかが男爵が図々しいのよ」
地雷を踏まれたバルトが赤面する。
「な、なんだと……! たかが、だと!?」
バルトが怒りで声を震わせる。しかし、リリーは怯むどころか冷ややかな笑みを浮かべた。
「そうよ、たかが男爵。高位貴族の前では頭を下げるしか能がないくせに、自分より立場が弱い相手には『社会の規則』なんて偉そうな口聞いて? 笑わせないで。あなたの言う規則って、格下をいじめて威張ることなのかしら?」
「うるさい! 平民の分際で金を溜め込んでいるあいつらに、身の程を教えてやってるんだ!」
「身の程を知るべきなのはあんたたちよ。国の経済を回しているのは国民よ? それを奪おうだなんて、貴族の風上にも置けないただの強盗じゃない」
リリーの容赦ない正論の弾幕に、バルトは言葉を詰まらせ、拳を握りしめたままぶるぶると震えている。
「お前……っ、調子に乗るなよ!」
自尊心をズタズタにされたバルトが、カッとなってリリーに向けて拳を振り上げた。
しかしリリーは一歩も引かずにバルトの目を真っ直ぐに見据えた。
「殴りたければ殴れば? あんたが仮にも貴族なら校内でこれ以上不祥事を起こしてどうなるか。リュミヌーとクオーレを脅していたことも、トロイを殴ったことも、全部校長先生に報告してあげる。あんたの家、次の爵位叙任でどうなるかしらね」
リリーの冷徹な脅しに、バルトの拳がピタリと止まる。バルトの取り巻きたちも、事の重大さに気づいたのか、顔色を変えてバルトの服の袖を引っ張った。
「ば、バルト、やめとけって。こいつらに関わると本当にまずい……」
「黙れ!」
バルトは取り巻きを怒鳴りつけたが、振り上げた拳をどう下ろせばいいか分からず、屈辱に顔を歪めている。リリーはその様子を、ゴミを見るかのような冷たい目で見ていた。
「……フン、命拾いしたな。おい、行くぞ!」
これ以上は形勢が悪いと察したのか、バルトは吐き捨てるようにそう言うと、教室から足早に去っていった。取り巻きたちも怯えたように私たちをチラチラと見ながらバルトの後を追っていく。
嵐が去ったような静けさが教室に訪れた。
「――ふう、馬鹿馬鹿しい。あんな口だけの人間、怖くもなんともないわよ」
リリーが小さくため息をつき髪をハラリとかき上げる。その堂々とした態度に、私は改めて彼女の度胸の強さを実感した。




