二年生-3
「これより、魔法実技試験を行う。初陣は一一リナ・セレネーレ。対するは、バルト・フォンヒルズ」
教官の厳格な声が訓練場に響き渡る。
名指しされたバルトという男子生徒は、さっきリュミヌーの後ろでにやりと笑っていた男だった。三ヶ月前私の服に泥をつけて汚したやつでもある。お前忘れてないからな。
バルトはせせら笑いながら、中央の円形場へと進み出る。
「おいおい、初戦からお人形遊びかよ。田舎のネズミは、痛い目を見る前に降伏を勧めるぜ?」
バルトの煽りに、周囲の貴族たちがどっと沸く。
「いってきて、リナ!」
「リナ、俺のモテ期賭けてるからなー!」
背後から力強い声が飛んだ。リリーが緑の瞳をらんらんと輝かせ、親指を立ててみせる。その隣では、ゲイルが手を振っている。
大丈夫。二週間、三人でやってきたことをやるだけだ。
深く息を吸い、円形場へと足を踏み入れた。
「両者、構え一一始め!」
教官の合図と同時に、バルトの目がぎらりと光った。
「土弾!」
バルトの手元から、鋭く尖った巨大な泥の塊が数発、凄まじい速度で私へと放たれる。
初学者向けの授業のはずが、明らかにそれは相手を大怪我させるための、規格外の威力だった。
貴族や金のある人間は、学校に入る前から家庭教師などをつけて魔法の勉強をする。そのため、私たちより知識が豊富なのだ。
まともな防御魔法を持たない平民を、一撃で叩き潰す算段なのだろう。
「リナ、動くな!」
外からゲイルの声が響く。
その瞬間、バルトの放った土弾の軌道が、不自然にグニャリと歪んだ。
「一一っ!? なんだ、風!?」
バルトが目を見開く。ゲイルが鋭い風型の魔力を放ち、土弾の側面を正確に弾いたのだ。軌道を逸らされた土弾は私のすぐ横を虚しく通り過ぎていく。
「チッ避けやがって……! もう一発一一」
焦ったバルトが次の一手を放とうとした、その足元。
パッ! パパパンッ!
「うわああっ!? なんだこれ!」
バルトの足元から、トゲを持った頑丈な蔓草と、強烈な香りを放つ黄色い花が一斉に咲き乱れた。リリーの花の魔法だ。蔓がバルトの足首をがっちりと拘束し、花の香りと花粉が彼の視界と集中力を完全に奪う。
「クソッ」
「今よ、リナ!!」
リリーの鋭い声が競技場に響き渡る。
ゲイルの風が道を拓き、リリーの花が隙を作った。バルトが完全に怯んだ、完璧な一瞬。
私は内に秘めた魔力のすべてを手のひらに集中させた。
手のひらから、パキパキパキ、と凍てつく音が鳴り響く。
「凍らせろ!」
両手を突き出した瞬間、競技場の温度が一気に氷点下まで急降下した。
青白いまばゆい光と共に、地面を伝う巨大な氷の牙が、凄まじい速度でバルトへと襲いかかる。
「ひいいっ!?」
バルトが悲鳴をあげた瞬間、彼の首元寸前で、鋭利な氷の刃がピタリと止まった。
バルトは完全に腰を抜かし、ガタガタと震えながら、全身を真っ白な霜に覆われて身動きが取れなくなっている。
静まり返る競技場。
私たちが初めての勝利を手にした瞬間だった。
「......そこまで! 勝者、セレネーレ!」
教官の声が響き渡ると同時に、リリーとゲイルが「やったああ!」と叫びながら私の元へ駆け寄った。
「やったわね、リナ!」
「俺の風も神がかってたろ? これで俺のモテ期も一一」
駆け寄ってきたリリーが私を強く抱きしめ、ゲイルが胸を張る。
バルトを完璧に打ち負かした高揚感に、私たちは笑顔を弾けさせていた。周囲の平民の生徒たちからも、歓声と拍手が沸き起こる。
フランメとリンダは、屈辱に顔を歪めて拳を握りしめていた。
その時、高く乾いた拍手の音が、競技場の騒めきを切り裂いた。
音の主を振り返った瞬間、生徒たちの間にサッと緊張が走る。
はちみつ色の金髪を揺らし、赤い目を退屈そうに細めたロゼ様。そして、その隣で黒髪の奥から鋭い視線を投げかけるガイル王子が、上方の見学席からゆっくりと階段を下りてくるところだった。
「ロゼ様……ガイル王子……!」
クオーレたちが、なぜかビクリと肩を震わせる。
ロゼ様は腰に手を当て、腰を抜かして凍りついているバルトを一瞥すると、ふっと冷たい息を吐いた。
そして、私たちに視線を据える。
「さっきの試合はすごかったよ。平民にしては、よく頭を絞った方じゃないか」
ロゼ様の言葉に、ゲイルが少し口角を上げて「お褒めに預かり光栄で一一」と言いかけた瞬間。
彼から放たれた火型の圧倒的な魔力の威圧感が、競技場全体の空気を焼き尽くさんばかりに膨れ上がった。ガイル王子の纏う雷型の静かな存在感も相まって息が詰まりそうになる。
ロゼ様はフンと鼻を鳴らし、私たちではなく、リュミヌーやクオーレのほうを冷たく見据えて言い放った。
「君たちは何か勘違いをしているようだ。君たちも、そこにいるセレネーレたちと同じ平民なんだよ。僕たちから見れば、街の小金持ちだろうが村人だろうが、どんぐりの背比べだ。群れて調子に乗らないように」
「っ……!?」
クオーレの顔から血の気が引き、リュミヌーが屈辱に唇を噛み切らんばかりに震え出す。
わかってしまった。
魔法型を判別したときと同じだ。
彼が来たのは私たちを助けるためではない。平民の分際で、まるで貴族気取りで序列を乱そうとした街の生徒たちの傲慢さが、最高位の貴族としてただ不快だったのだ。
ロゼ様は魔力を収めると、最後にもう一度私を見つめた。
「セレネーレ。君の氷型の珍しさは認めるけれど、まだまだだね。まるでおもちゃみたいだ。まぁ、どこまで足掻けるか見せてもらうよ」
ロゼ様は私たちに背を向け数歩歩いた後、そうだ。と思い出したように振り返った。
「それと、いつも手紙を届けてくれてありがとう」
前にもみた、砂糖菓子のように甘い微笑み彼は今度こそ去っていった。
ガイル王子も無言のまま、黒い瞳を残して去っていった。
大勝利の歓声は消え失せ、競技場にはただ、変えられない絶対的な身分の壁だけが重くのしかかっていた。




