第七章百獣の王、アフリカゾウとの死闘
村尾は、ヌーの群れと行動を共にしていると、いつのまにかヌーに魅了されていた。
ヌーの群れに混じっていたシマウマは、川渡りを終えた頃から姿を消してしまった。
ヌーは、シマウマよりも美しくたくましい動物だった。
角度のあるツノと黒いたてがみ。細長い鼠色の四本の足。
数千頭以上の群れでまとまるように行動するその姿は、過酷なサバンナを動きで表現するかのような圧倒的な存在だった。
村尾もいつしか自然と群れで行動する事に喜びを感じていた。
村尾自身もヌーになる事に誇りを持っていた。
この群れとどこまでも遥かな大地の果てへと冒険がしたい。
村尾は、そんな好奇心が刺激されていた。
すると、突然ヌーの群れの足が止まった。
慌てて警戒した様子で辺りを見渡した。
すると、群れの周りを黄褐色の影が取り囲んだ。
村尾は、目を凝らしてその影の群れを見た。
…それは、ライオンだ…。
アフリカの百獣の王の象徴的であるライオン。
ハイエナやジャッカルよりも強く勇ましく獰猛で果敢な肉食獣だ。
メスライオンが四十頭以上、オスライオンが三頭もいる大所帯のプライドの群れだった。
村尾は、始めてみる間近のライオンの堂々たる威圧感に圧倒された。
群れの空気激しい緊張感に包まれた。
そして、群れは、混乱して慌てて逃げるように走り出した。
群れの激しい足音がサバンナ全体に響き渡らせる。
しかし、ライオンの群れは、勢いよくヌーの群れに襲い掛かった。
ライオン達は、鋭い牙で噛み付き、ヌーを押し倒した。
そして、首元に噛み付いた。
一頭捕まえたらライオンの群れも襲いかかからないないだろうと思った。
しかし、ライオンの群れは、ヌー達の足を噛み砕いて骨を折り、歩かせないようにして、鋭い爪で引っ掻いて皮膚を引き裂いて、肉がむき出しになり、血が吹き出ている苦しむヌー達を弄んでいる様子だった。
それは、食を目的する事ではなくライオンの強さを見せつけているみたいだった。
ヌーの群れは、ライオンの群れに襲われて激しくざわめき動揺している様子だった。
しかし、ヌーの群れは、立ち向かわず怯えた様子で逃げるだけでライオンに立ち向かおうとはしない。
“ゴゴゴゴゴォォォォー!”
すると、突然激しい風が吹き荒れていた。
地面も少し揺れ動いた。
サバンナの草も少し揺れ動いた。
まるで大地が怒っているようだった。
その風は、村尾に対して何か問い掛けているようだった。
すると、村尾は、ふと母の事を思い出した。
十九歳の村尾がヤクザになる決心をして家を出た時母がそう言った言葉だった。
学生時代の村尾が悪さをした時に迷惑を掛けた人達に何度も頭を下げて土下座して謝っていた。
父は、その時は、病気で他界していなかった。
母は、一人息子の村尾に堅気に生きて欲しかった。
しかし、村尾は、母の懇願に耳を貸さなかった。
村尾は、ヤクザになって世界を変えてやると母に豪語して家を出てしまった。
村尾は、その事を思うと、悲しくなった。
あの時母の言う事を聞いていれば…。
畜生…ヤクザにならなければ…。
もしかしたら今頃は、堅気に生きていれば、御袋も嬉しかったかもしれない…。
俺は、悪い人間だ…。親不孝者だ。
こんな最低な人間この世からいなくなれば良い…。
ヌーに転生しても何も役に立っていない…。
生きている価値ないよ…。
こんな腐った人間ライオンに喰われた方が良いかも…。
村尾は、心の中で悲観するような愚痴を零した。
村尾の母は、村尾が組長になった時に病気で亡くなった。
村尾は、ヤクザに入ってから母には、会っていなかったが母は、亡くなった時は、人目をはばからず泣いた。
どうすれば良い…?
どうすれば良い…一体この状況をどうしたら…?
どうしたら罪を赦してくれるのだ…。
村尾は、母の事とヌーの群れの事が激しく入り混じり葛藤した。
いつしか村尾の黒曜石の瞳から涙が滴り落ちていた。
“ゴゴゴゴゴゴォォォ!ゴウォォーン!”
またさらに激しい風が吹き始めた
その風は、闘争心に火をつけるかのような勢いだった。
すると、ヌーの群れ全体が突然村尾の方を一斉に見つめた。
その途端にライオンの群れも動かず静止するように止まった。
ヌーの黒曜石のような瞳が一斉に村尾に向けていた。
その瞳が村尾に対して何か問い掛けているかのようだった。
その瞳は、母が懇願した時の涙と筆舌に尽くしがたい頼みが入り混じった瞳と重なってしまった。
何故だろう。ヌーの瞳に何か思入れてしまった。
すると、突然幼少期の村尾が若かりし頃の母におんぶをする姿が情景として映し出された。
「お母さん、僕優しい?」
幼少の村尾が聞いた。
「うん、優しいよ」
母が笑顔で言った。
「やった。僕、いつかお母さんをおんぶするからね」
「ありがとう」
母が嬉しそうに言った。
その時、村尾は、大粒の涙を流した。
その時ヌーの群れ全体が激しく体を揺さぶって昂り出した。
“モモォォォォ!”
村尾は、群れに向かって鳴き声を上げた。
その鳴き声は、群れ全体を激しく動かすような合図のような鳴き声で声帯から自然と声が出てきた様だった。
すると、群れ全体が激しく時計回りに動き回った。
サバンナの大地に激しいヌーの蹄の足音が響き渡った。
サバンナの大地は、ヌーの蹄で強く踏み付けられて、草片が舞い、土も舞い、緑と茶が宙に舞った。
その光景は、幻想的で芸術的だった。
その動き回る様子にライオン達は、困惑した様子になっていた。
村尾は、群れ全体を操るかのように先頭に立って、ライオンの群れに突進した。
ツノでライオンを突き刺して、蹄で踏み付けていった。
“ウォォォォーン!”
ライオンは、血を吹き出して、地面に倒れて、悲鳴のような鳴き声を上げた。
すると、一頭の立派なたてがみを生やしたオスライオンが立ちはだかった。
群れの先頭に立ち突き進む村尾と対峙した。
しかし、それでも村尾は、怯まずに突き進んだ。
オスライオンが村尾の首元に噛み付いた。
鋭い牙が首元に噛み付かれて意識が遠のく感覚になった。
一瞬、村尾は、もう終わりだと諦めかけたが、我に返り、闘争心を戻した。
そして、村尾は、激しくツノを振り回して、オスライオンを跳ね除けて、蹄で踏み付けた。
しかし、オスライオンは、村尾の背中にまたがって噛み付いた。
皮膚が引き裂かれて、肉が剥き出しになった。
背中に激しく鋭い痛みが伝わった。
しかし、村尾は、激しく揺さぶってオスライオンを地面に叩き落とした。
オスライオンは、ヌーの群れに蹄で踏み付けられて息絶えた。
ライオンを蹴散らしていき、サバンナの大地の果てへと村尾は、群れの先頭に立って突き進んだ。
すると、サバンナの雲行きが怪しくなった。
“ゴロゴロゴロゴロゴロ”と雷が落ちそうな音が響いていた。
“ベキベキベキィィィー!”
地割れの音も聞こえてきた。
サバンナの大地が揺れ動いていた。
しかし、村尾は、それでも群れの先頭に立って激しく走り抜けていた。
“ザーザーザーザーザー!”
次第に激しい雨が降り注いだ。
“ゴロゴロゴロードカーン!”
激しい雷鳴がサバンナ全体に響いた。
地面は、ぬかるみが悪くなり、走りにくくなったが群れは、それでも蹴り上げるように駆け抜けた。
すると、アフリカゾウの群れと対峙した。
アフリカゾウの群れは、ヌーの群れに立ち塞がるように立っていた。
しかし、一致団結して群れがまとまったヌー達には、アフリカゾウは、脅威には、感じられない様子だった。
ヌーの群れは、アフリカゾウに突進した。
村尾は、先頭に立って群れと一緒にアフリカゾウに挑んだ。
アフリカゾウは、ヌーを何十頭も大きな足で踏み付け、大きな牙で突き刺して倒したが大勢のヌーの群れは、反撃するように倒されて息絶えたヌー達の仇を取るかのごとく流れていくように押して行き、アフリカゾウは、地面に倒された。
“パゥゥオォォォーン!”
アフリカゾウの悲鳴混じりの鳴き声が響き渡った。
ヌーの群れは、アフリカゾウを踏み付けて前へと突き進んだ。
“ズズズジャーン!ベキベキキィィィー!グシャーン!”
地面が大きく裂けるように縦半分に割れた。地面が裂ける音がつん裂くように響き渡った。
ヌーの群れは、地面の割れた底の見えない穴へと落ちていった。
“モモモモモモォォォォォォー!”
ヌーの悲痛のような鳴き声が空高く響き渡った。
村尾は、地面が割れた裂け目の穴に落ちないように四本の鼠色の足で地面にへばりつくように必死に堪えた。
しかし、ついに足に力が入らず地面の割れた暗い底へと落ちていった。
ヌーの群れが底に落ちた途端に空は、青々とした空になり晴れた。
すると、底に落ちて直ぐに体全体が浮遊する感覚に襲われた。ヌーの群れも浮遊する感覚に襲われた。
そして、空高く舞い上がった。
無数のヌーがサバンナの大地の底から空へと垂直に飛び上がる風景は、まさしくサバンナが意思を持って、幻想的に芸術作品を生み出しているかの様だった。
ヌーの鼠色の体が吹き上がり、サバンナの青々とした空の景色は、鼠色が混じり合っていた。
その時村尾は、意識を失った。




