第八章 (4)
研究所の攻撃は激しさを増します
朝早くから装甲車の進軍は凄まじかった。隊列を組んだ車が住宅街の道という道をくまなく進み前方と左右に薬剤を撒き散らした。薬剤はふんだんにあるのか、間断なく大量の薬剤をこれでもかとばらまいた。薬剤をかけられた植物は萎れてその場に枯れるか、後ずさっていった。広い画角を捉えているカメラは空の上も映していた。そこには編隊を組んだ数えきれない程のドローンがカラスの群れのように奥に向かい飛んでいた。
「ダメかあ。僕たちの破壊工作は徒労でしたね」カズユキががっかりした声を上げた。
「研究所はどれだけの数の車やドローンを持っているんだ」
「お金は湯水のように沸いてくるんですよ。後ろ盾の資金が豊富だってことですね」ショウタの言葉にタケヒコが答えた。
「サンザムも虫も反撃すると言っていたけどできないのかな?」とショウタがつぶやくとケントが言った。
「いや、彼らは何かやる」ケントの表情は動揺しておらず冷静だった。
モニターのスピーカからは現場の音も聞こえた。そこには車の走行音などに交じり、乗員のものと思われる声も入っていた。
「進め、進め」
「順調に進んでいるな」
「このまま行けば住宅街を抜けて森まで1週間程で到達できる」
「楽勝だな」その声は笑っていた。
そのとき重低音の響きが鳴り出した。グォグォグォと何かが振動しているような地面を突き上げるような音だった。音の響きに続き装甲車の手前の地面から植物の蔓が顔を出した。蔓はモニターの左右一杯にニョキニョキと生え、その数はどんどん増えていった。そしてその蔓はクネクネとうねりながら装甲車に絡まった。
「何なんだこれは?後ろが見えなくなった」
「切れ!切れ!切るんだ」スピーカーから慌てて騒ぐ乗員の声が響いた。
「あれ?」モニターを凝視していたカズユキが声を上げた。装甲車が静かに上に動いているように見えた。その動きはゆっくりだったが確かに装甲車は上の方に動いていた。少し傾き出す装甲車もあった。10分程すると転覆するように傾く車、宙に浮くように持ち上げられた車が現れた。
「ぎゃあ、転覆するぅ」乗員の悲鳴が聞こえた。
「見ろ!車の下に茎がある」叫んだカズユキの声を聴いてショウタも車の下を睨んだ。そこには直径30㎝はあるような太い植物の茎があった。その茎は何本にも枝分かれして車を上へ押し上げているのだった。
「動き出したな。地面の奥深くを悟られないように進んでいたんだ」ケントがつぶやいた。
「空にも何かいます」タケヒコの言葉を聞いてショウタは上空に目を移した。グレーの雲のような塊が見えた。タケヒコが声を上げたときは小さな塊だったが、それは見る見る近づき大きな雲になり、ドローンの群れに迫っていった。大きな雲はドローンの群れにぶつかると群れを覆いつくすように飲み込みドローンの機体が見えなくなった。しばらくすると雲からこぼれ落ちるように下に落ちる黒い点が見えた。それは墜落しているドローンだった。雲はモニターの画面を写すカメラの方に近づいてきた。カメラのレンズの前に現れた雲の実体はバッタだった。そのバッタはショウタが今まで見たことのないような大きな顎を持ち、表情は怒りに満ちた般若のようだった。
「あの顎でドローンに嚙みついたんだな」とカズユキが言った。
「退却だ。逃げろー」乗員の叫び声が響いた。ひっくり返された装甲車を飛び出して乗員は逃げだした。モニターを写すカメラも後退していた。その後退は前進より倍以上は速いスピードだった。部屋の外側ではドタバタと人が走る足音が響いていた。研究所内も慌てているようだった。
「植物も虫もすごいな」驚いているショウタにケントが冷静な低い声で言った。
「これが彼らの力だ」
午後も植物と虫の逆襲は続き研究所の隊列は後退していった。植物の蔓や枝葉が住宅街を再び覆い、今までは到達していなかったエリアにまで侵攻し、産業技術研究所まで残り2kmというところまで迫っていた。
午後3時を回ったころショウタの胸のエミリーにもらったペンダントが震えた。そのペンダントを握るとエミリーの声が聞こえた。
「激しく攻めたのですね」
「このままでは終わらないと言っただろう」サンザムのバリトンボイスだった。
「ぶつかり合っても何も生まれないわ」
「人間がわがままなのがいけない。彼らが我々も連れていけばいいのだ」二人の会話はそこで途絶えた。
「ショウタさん、聞こえますか?」エミリーがショウタに問いかけてきた。
「聞こえるよ、エミリーちゃん。俺の声は聞こえる?」ショウタは心の中で言葉を念じた。
「聞こえます。よかったぁ、通じた」エミリーもペンダントを通じてショウタと会話ができることに驚いているようだった。
「ショウタさん、今どこにいるのですか?」とエミリーが訊いてきた。
「研究所の部屋の中だ。捕まって閉じ込められている。マスターやカズユキ達も一緒にいる。この部屋がどこにあるのかはわからないんだけど」
「そうだったんですね。皆が帰ってこないから心配していました。どうにかできないか、ソフィアさんに相談してみます」エミリーの声は明るかった。
「ありがとう。でも無理しちゃダメだよ。エミリーちゃんまで捕まったら大変だから」
日が暮れた後、食事が運ばれてきた。社員食堂のメニューのお裾分けだったが生きるための最低の人権は認められているようでショウタは少しホッとした。食事が片付けられた直後、再びドアが開いた。ドアのノブを握っていたのはエミリーの父、ライアンだった。
「ライアンじゃないか!」
「ゆっくりしてはいられない。みんな早くこっちへ」ライアンは皆を引き連れて廊下を急いだ。廊下の電灯は消えていて非常灯の光しかなく足元が暗かったがライアンの後を付いてショウタは必死に走った。ビルの扉から外に出るとライアンは裏手の塀のところまで案内してくれた。
「ここを出ればエミリー達が車で待っている。それに乗って逃げてくれ」
「エミリーちゃんが来てくれたんだ」ショウタは嬉しかった。
「細かいことはいい。早く!」
ショウタ達は言われるがままに塀の狭い隙間をくぐり外に出た。塀の先の藪を掻き分けると黒いバンが停まっていた。中に座っているのはエミリー、ソフィアやリョウヘイなどモッキンのメンバーだった。ショウタ達が車に乗り込むと、リョウヘイは急いでアクセルを踏みハンドルを切った。
どうにか逃げ出したショウタ達




