第五章 (2)
ナカエが語り出します
「地球で生命が暮らせるのは残り五百年、長くても千年と言われているのは皆さんもご存じのことと思います」ナカエはあまり響かない小さい声で淡々と語り始めた。皆、その声を一言も聞き逃さないように耳を傾け静かに聴いた。
「そのことを、自然の摂理であり避けられないこととして、ほとんどの人は諦めています。そして生活できなくなるといっても五百年も先のことですから、気にしないで今の人生を楽しもうと開き直っている人がほとんどです。しかし自分たちの子孫が生き延びることができず、滅びるというのは考えれば考える程、悲しいことですし、心の奥底では怖がっています。そこでコンフォス財団は人類延命のために地球を脱出しようと計画したのです。それは今の科学技術のレベルでは途方もないことです。宇宙へ行く技術が廃れてしまった現在では普通の人ではとても想像ができないことです。
キリストが生誕してから既に9億年以上が経ちました。ご存じのように今年の年号は155年です。それは西暦で言うと9億32万5000年代の155年ということです。この長い歴史の中で人類には幾多の危機がありました。疫病の蔓延、幾度となく起こった世界規模の戦争、地殻変動、大陸移動。既に地球は老年期になり、今や地殻活動は衰退し地震や火山活動はなくなりました。海は干上がり出しています。海の生命は衰退し、陸地も面積は増えましたが気温は高温になり、人が住める場所は全陸地のうちの1%以下です。
太陽も肥大化し水星を飲みこもうとしています。温度の低下によりお日様の色も白い光から赤い光になりました。そして絶頂期には100億人に達した人口は今や1億人を切り、減少に歯止めがかかりません。この衰退の中、科学技術のレベルも衰えていきました。一時、太陽系を飛び出したこともあった宇宙開発は衰退し、辛うじて地球の周囲を人口衛星や数基の宇宙ステーションが回り、地球外の星としては月面と火星に小さな基地があるだけです。太陽系を出るような推進ロケットの技術も今や消滅しました。
しかしコンフォス財団は、古い文献や今の科学者、技術者が総力を結集すれば宇宙に人類を運び出し、そこで生活ができる宇宙ステーションを建造することができると考えたのです。その計画の策定が始まったのは今から20年以上前のことです。その計画はコンフォス財団のメンバーに高く評価され、支持されました。そしてプロジェクトとして実行に移されました。それが15年前です。
しかし地球外へ運べる人数は限られています。もしこのプロジェクトが公になれば一般の人が行きたいと言い出すのは目に見えています。そこでコンフォス財団は、このプロジェクトを極秘扱いとし、行くのは団員と関係者だけ、費用も公金を使用せず私財で行うと決め、関係者以外には一切明かさないと定め隠蔽したのです。このプロジェクトの存在は政府の要人も知っています。しかし彼らも同乗できる権利と引き換えにこのプロジェクトのことは口外していません。
宇宙に行ける資格はコンフォス財団の団員とその3親等以下の親族、推薦者10名までと限られています。コンフォス財団の団員になる条件は、個人資産を100億円以上所有し、更に他の団員5名の推薦が必要となっており、一般の人はとても団員にはなれません。例外として開発に直接かかわっている人も宇宙船に乗船できる資格が得られますが、資格を得るためには所属組織の承認が必要です。承認を得るため開発関係者も秘密を守っています。
私がプロジェクトの存在を知ったのは3年前です。フジナミさんの仕事を補佐する関係で知らされました。そのときフジナミさんは私と私の家族を推薦すると言ってくれました。私も子孫を残したいと思ったので宇宙での生活に不安はありますがチャレンジしようと思ったのです。しかし先月、突然フジナミさんに推薦ができなくなったと告げられました。宇宙船の大きさが計画より小さくなったので参加制限がかかったのが理由だと言われました。私は切られたのです。最初はフジナミさんの言葉を信じていたのですが、だんだんフジナミさんは嘘をついているのではないかと疑うようになりました。というのも私はコンフォス財団から来る書類に一通り目を通しているのですが、その中に宇宙船の規模が縮小されたという報告書や議事録を見たことがなかったからです。そのように疑心暗鬼になっているところに今の植物の侵入の騒ぎが起き、あなたたちが見えました。昨日、ソフィアさんが見えたとき、今の騒ぎを収束させるため、街を守るためにはプロジェクトの存在を公にすべきだと思い立ちました。そしてソフィアさんには全てを打ち明け、今こうして話しています」
「これが真相よ。コンフォス財団は自分達だけ脱出して助かろうとしている。他の人はどうでもいいと思っている。まったく富裕層様の考えることは自分勝手よ」ソフィアが怒りを爆発させた。しかしショウタは腑に落ちなかった。
「地球から出て宇宙に行きたいですか?宇宙の暮らしがどんなものか想像してください。狭い宇宙船で何もない宙を漂うんですよ。そこで幸せに暮らせるか分からないじゃないですか。却って危険ということもある。俺は行きたくないな」
「私は行きたいわ。このまま地球にいたっていつかは滅びるのよ。それより子供や孫のために出て行きたい。自分たちだけで行こうなんてずるいわよ」ユキエも怒りが高まり興奮していた。
「まあ、考え方は人によっていろいろだ。しかし今侵入してきている植物は出て行きたがっている」ケントは冷静だった。
「どうやって植物はプロジェクトのことを知ったんだろう?」ショウタの疑問にエミリーが答えた。
「どこにでも植物はいます。研究所にも多くの木が植わっていました。植物同士は互いにコミュニケーションをしていて全世界にネットワークを持っています。家の中の鉢植えの花や観葉植物ともつながっています。そのネットワークを通して知ったんだと思います」
「今や植物も社会生活を営む程、高度な知性を持っている。そして彼らは地球が老年期に入り地球上での自分たちの寿命が残り少ないことも知っている。そんな中、プロジェクトのことを知ったら自分達も行きたいと言い出すのは納得できるよ。何も知らない庶民だけがバカをみているとも言えるんじゃない」カズユキの言葉にショウタは悔しさを感じた。
「産業技術研究所が調達していた資材や機械も宇宙船を建造するためと言われるとどれも納得のいく代物だ」とトウヤが納得した声を上げた。
「草木の侵入を止めるには、彼らを宇宙船に乗せるという回答が必要だ。しかし産業技術研究所や、その後ろ盾のコンフォス財団が容易にそれをOKするとは思えないな。さて、どうするべきか……」トウヤが思案顔で腕組したところ、ソフィアが言った。
「街に植物が侵入している原因が、産業技術研究所の進める宇宙船プロジェクトのせいだと分かれば街の住民も産業技術研究所にどうにかしろと声を上げると思うわ。コンフォス財団が自分達だけが地球から逃げ出そうとしていることが公になれば庶民も黙っていないと思う。コンフォス財団は周囲から突き上げを喰うことになる。まずはこのプロジェクトのことを暴露するべきよ」
「しかしナカエさんの証言だけだとまだ弱い。何か他に証拠のようなものはありますか?」ケントがナカエに向いて言った。
「コンフォス財団のプロジェクトの報告書の写しを持ち出しています。それを出せば証拠になるのではないでしょうか?」
「それは助かります。ただ書類はでっち上げることもできるから、他にも何か証拠が欲しいわね」
「研究所のエンジニアを何人か知っている。その連中を俺の方から突いてみるよ」ソフィアが困っているところにトウヤが助け船を出した。
「市にも言った方がいいんじゃないですか?市から研究所に圧力をかけてもらうのも手かと思うんですが」とショウタが言うとソフィアが携帯を手にした。
「メディアの幹部に掛け合ってみるわ。ここまでネタがあれば幹部経由で市への接触はできるかもしれない」
研究所を追及し、植物の侵入から街を守れるのか?




