第四章 (4)
サンザムを探して森の中へ
垣根をよけながら裏側に回ると深い森が眼前に広がった。ここの森はナラやブナなどの広葉樹で構成されている五千年以上前からある原生林だとカズユキが教えてくれた。中に入っても木漏れ日が照らし想像していたより明るかった。ところどころに侵入してきている植物の蔓や枝葉の連なりが見えたが、先ほどの垣根のような圧迫感はなかった。明るいのでショウタも歩くことに辛さは感じず、却って木々の息吹を感じるさわやかな空気に気分がよくなった。足元には倒れた木やコケなどがあったが、けもの道のような筋に沿って苦労せず歩くことができた。
「ここのナラの木やブナの木は素敵ですね。この爽やかな環境での暮らしが心地よいのだと思います。生きていることを楽しみ、輝いています」エミリーが両手を広げ、顔を上に向けて周囲の空気を全て吸い込むような姿勢をしていた。
「原生林の力だな。カリハの街の人は森にあまり興味がないようだけど、そばにこの森があることを誇りに思った方がいい。そしてこの大自然に敬意を払うべきだと思うな」カズユキの言葉に今までこの森の存在を意識したことがなかったとショウタは反省した。
「生命だな」ケントがつぶやいた。
森に入ってから20分程すると、右手の茂みをごそごそと掻き分け1人の男が現れ4人の行く手をふさいだ。その男はずっと野宿をしているかのような小汚い風体をしていた。長く伸びた黒い髪はぼさぼさ、口の周りには無精ひげが生え、肌は日焼けしているのか、泥がついているのか真っ黒だった。薄汚れたグレーの長袖のシャツに、擦り切れて一部破れたインディゴブルーのジーンズのパンツ。服装もだいぶ着古した感じだった。肩には、これまた土などが付いて汚れた布製のショルダーバッグを掛けていた。
「おまえは誰だ?ここで何をしているんだ?」ショウタがその男を怪訝な目で見ながら問いかけた。
「あんたにおまえ呼ばわりされる筋合いはない。アイラというちゃんとした名前がある。俺はこの森で虫を調べている」とうす汚い男が怒った口調で言った。
「虫? 昆虫のことか?」ショウタの問いにアイラという男は答えた。
「そうだ。ここには珍しい蜂や蝶などがいる。北から移動してきているんだ」
「君は昆虫学者なのか?」
「いや学者ではない。虫と共にある者とでも言おうか……」とアイラがショウタの問いの答えに窮しているとカズユキがショウタの耳にささやいた。
「僕と同類のオタクかな?」
「あんたたちこそなぜこの森に入っている?」
「街に侵入している植物を指揮しているサンザムという木を追ってここに来た」ケントが答えた。
「サンザム? もしかして1ヵ月程前に現れたあいつのことか?」
「知っているのか?」ショウタが少し驚いた声を上げた。
「ああ、この道の先、ここから1時間半程歩いたところだ。そこに大きな木が突然現れた」
「方角としては合っています」エミリーがケントにささやいた。
「この先を道なりに進めばすぐわかる。俺も何度かその木のそばまで行った」
「ありがとう、道を教えてくれて助かるよ」ショウタが礼を言った。
「別にお礼はいい。じゃあ俺は失礼する。向こうに蜂の巣があるのでそこへ行く」アイラはまた藪を掻き分けて4人の前を足早に去っていった。
「へんな奴だな。カズユキよりよっぽど怪しい」とショウタが言うとエミリーが横でクスっと笑った。
アイラの言う通り道なりに1時間半程進むとエミリーが何かを感じたようだった。
「この先です。何か強い力を感じます。サンザムの力だと思います。その茂みの裏からです」エミリーが指さす先にこんもりとした茂みが見えた。
「大丈夫か?サンザムは強暴じゃないの?襲われたりしないかな?」ショウタは急に心配になった。
「おそらく危害を加えることはないと思いますが、私が先に見てきます。皆さんはここで待っていてください」
「エミリーちゃんだけじゃ心配だ。俺が一緒に付いていく。ショウタ君とカズユキ君はここで待っていてくれ」ケントの提案にショウタとカズユキはうなずいた。エミリーとケントはゆっくりと周囲を警戒しながら歩き茂みを越えていった。ショウタはその茂みも動き出すのではないかと内心怯えていた。二人の影が見えなくなってから数分するとケントが茂みから顔を出し手招きしてショウタ達を呼んだ。
「大丈夫だ。心配いらない。こっちに来て」
呼ばれるままに茂みを越え裏手に行くと大きな広場のような空間があった。草木が自分たちでよけているのか、それとも誰かが切り開いたのか、地面には土や岩が露わに出ており、ここまで来るまでのコケや草が多い地面とは対照的だった。土が露わな広場の中央に大きな植物がそびえたっていた。それは高さ30mはある円錐形の塔のような形をし、幹は一本の木ではなく、細い茎状のものが何十本も絡まってできていた。濃い緑色をした茎の周りには多くのギザギザした葉が生え、象徴的なのは周囲に多くの花をつけていることだった。その花はクリーム色の花びらをたくさんつけた直径15cmほどの大輪で、根元から30m先の頂上まで短い間隔で並んで咲いていた。ショウタはその植物を花の塔のようで美しいと思った。
「あれは菊科の花だな。菊は一番進化の進んだ植物のひとつだ」カズユキがショウタの横でつぶやいた。
「彼がサンザムです。私が話をしてきます」エミリーはそう言うとその花の塔に歩み寄った。エミリーがそばに寄ると、根元の直径はエミリーの身幅の5倍程はあり、その塔の巨大さを感じた。エミリーは両腕を前方へまっすぐ差し出し、両方の手の平でゆっくりと幹に触れた。エミリーは塔に触れたまま瞳を閉じ顔を少し下げた姿勢で静かにたたずんだ。残る3人はそんなエミリーを静かに見守った。またショウタはエミリーが発するオレンジ色の光を感じた。その光の輝きはいつもより強くまぶしかった。胸のペンダントも震えたがかすかに響くエミリーの声は相変わらず聞き取れなかった。よく見るとサンザムの茎はもぞもぞと細かくうねるように動き、葉や花も揺れていた。エミリーは静かに姿勢を変えずに立っていたが、ときどき表情を歪めていた。それは今まで見られなかった苦しそうな表情だった。ショウタはその歪んだ表情を見て心配になった。しかし彼女を助ける力が自分には何もないことが悔しかった。そのまま30分程、時間が過ぎエミリーが発する光が消えた。両手をサンザムから離したエミリーが3人の方に歩いてきた。エミリーの表情は今まで以上に憔悴していた。
「大丈夫かい、エミリーちゃん」
「はい、大丈夫です。少し疲れましたが……」ケントの問いかけに答えたエミリーの声は蚊のなくように小さかった。よっぽど疲れたんだなとショウタは思った。
「それで何か分かったかい?」ケントの声は疲れたエミリーを気遣うように優しかった。
「ダメでした。他の植物が言っていることと同じでした。人は勝手で独りよがりだ、私たちも行かせろの一点張りでした。新しい発見は彼が既に私の父や兄とも話していることでした。1年前から話をしていると言っていました」
「やっぱり研究所はずっと前からエミリーちゃんのお父さんたちを使って植物と交渉していたんだな」ショウタは想像通りだと納得した。エミリーが続けた。
「父、兄は彼らの要求を拒絶したそうで、彼は怒っていました。話してもらちが明かないので彼らは大陸からこの街まで来たのだそうです。そして私が父の娘ということを知ると、子供は信用できないと相手にされませんでした。私はあなたの味方になると説き伏せようとしたのですが受け入れられませんでした。せめて街への侵入は止めてくれともお願いしましたが聞き入れてもらえませんでした」エミリーは悔しかったようで少し目に涙を浮かべていた。
「それでどこへ行きたいのか?研究所は何をしているのか?のヒントはなかった?」ショウタが訊いた。
「ただ外に行きたいとしか言っていませんでした」
「外って?もしかして……」ケントが独り言のように小さくつぶやいた。
「外に行きたい」とは?




