第四章 (3)
草木に会いに車を走らせます
翌朝、ケントはまた隣のお爺さんに車を借りエミリー、ショウタ、カズユキを乗せてハンドルを握った。ソフィアは産業技術研究所の秘密をもっと調べてみると言って同行しなかった。カズユキが道案内を買って出た。川を渡り西側に行くと住宅街から外れ人のほとんどいない農地が広がる。そこにはカズユキが言う通り警察や消防の姿は見えなかった。ケントはカズユキの案内に従い畑の合間の農道を北上した。畑には春に芽吹いた作物が畝に沿って並び、まだらな緑色の葉の広がりがまるでモザイク画のようで美しかった。ここには外部から植物は侵入してきておらず、ここだけ眺めているとのどかで、街中で起こっている騒ぎが嘘のように感じられた。農道をしばらく北上すると丘陵地帯にぶつかった。その丘には登らず麓に沿って東に曲がると再び川に戻り橋の先に住宅街が見えだした。
「橋を渡ってから川の土手に沿って北に上がれば侵入している植物に出会えます」カズユキの言う通りに北上すると右手に牧草地のような淡い黄緑色の草原が続くなだらかな丘が広がった。その丘は山の麓の森まで続いていた。奥の方に目を凝らすと森の手前に茂みが連なりその茂みが垣根のように壁を作っているのが見えた。
「あの茂みが侵入している植物です」カズユキは珍しい植物を見られて嬉しいのか明るい口調だった。
「いろんな草木が来ていますね。ここからでも5種類以上が見えます」エミリーが言うように何種類もの葉っぱや枝がショウタにも確認できた。
「これだけの種類と量が迫ってきているとは想像以上に大事になっているな」ケントのハンドルを握る手に力が入っていた。さらに近づくと草木の枝や葉がモゾモゾと動いていることがわかった。その動くさまが気味悪くショウタは思わず身震いした。
丘には道がなく車が入れないので、4人は車を降りて歩いて茂みの壁に近づくことにした。エミリーは居ても立っても居られないのか残りの3人より速足でどんどん前に進み茂みに近づいていった。
「エミリーちゃん、気を付けてよ。その葉先は鋭くて尖っているから、剣先のように人も傷つけるよ」足早に近づこうとするエミリーにカズユキが注意した。
「大丈夫です。葉先はよけるようにしますから」エミリーは全然、心配していないようだった。その植物は大きなサトウキビかトウモロコシのように背が高く多くの細長い鋭い葉を茂らせていた。茂みの中央にはススキのような穂先をもつ花が何本も生えていた。エミリーはその植物に近づくとしゃがみこんで根元の茂みに右手の先を突っ込んだ。そして根元に顔を向けながら瞳を閉じてじっとしていた。残る3人は遠巻きにエミリーを静かに見守った。そこではモゾモゾと動く枝や葉が擦れ合う音しか聞こえなかった。ショウタはまたエミリーの体がほのかにオレンジ色の光を放っているように感じた。
「いつも感じるんだけど、エミリーちゃんが植物と会話しているときに光が見えるんだ。エミリーちゃんの体から放たれたほのかなオレンジ色の光が」とショウタが告白した。
「僕の目には光は見えないけど。ただ何か波動のようなパワーは感じる」とカズユキが答えるとケントが続いた。
「あれは草木と話すときに出る何か特有の力だ。タテリカの里でライアンさんにも同じようなパワーを感じた。ただ俺には光は見えない。光が見えるってショウタ君にも特殊な能力があるんじゃないか?」ケントがショウタを見つめる顔は少しほころんでいた。ショウタはその言葉に少し優越感を感じ、嬉しかった。そのまま20分程経過した後、エミリーは立ち上がり、植物の垣根沿いに右手に歩を進めた。そして隣の茂みの別の種類の植物の葉に手を添えた。その葉は三つ指の手を広げたような形をし、ちょうど子供の手のひら程の大きさだった。
「あれはブドウの仲間だな。ただあの種類の実は毒性があって食べられない。ある種の渡り鳥だけがその毒に耐性があって、その鳥に種を遠くに運んでもらって生息域を広げてきた」カズユキが解説してくれた。エミリーはその葉に手を添えたまま静かに立っていた。またショウタはオレンジ色の光を感じた。そして胸のペンダントが震えていた。ペンダントを握るとうっすらエミリーの声が聞こえた。しかしその声はあまりに小さく、ショウタには何を言っているのかは聞き取ることができなかった。しばらくするとエミリーから光が消え、再びエミリーは右手に進み別の種類の植物に手を添えた。エミリーは合計6種類の草木と会話をし、ショウタ達の元に戻ってきたときには既に1時間が経過していた。エミリーの顔は疲れた表情をしていた。
「どうだったエミリーちゃん、何か分かったかい?」ケントの声は疲労したエミリーを気遣うように優しい声色だった。エミリーが顔を上げケントにすがるような眼つきで答えた。
「詳しいことは分かりませんでした。ただ彼らは皆、行きたいと言っていました。何か怖がっているみたいで、ここから逃げたいような口ぶりでした。そして人間だけがずるいとも言っていました。ただ具体的にどこに行きたいのかは聞き出せませんでした」
「そうか分からなかったか」とケントが落胆するとエミリーが続けた。
「研究所になぜ行くのと聞くと、研究所が行こうとしているからだと言っていました」
「研究所はどこかに行くための開発をしているんだな。それはどこなんだ?」ショウタにはさっぱり想像がつかなかった。
「研究所に向かうのは構わないけど、街の住民を困らせないでとお願いしましたが、人間は皆、同じだろ、なぜ街の住民をよけなければいけない、我々は研究所にまっすぐ向かっているだけだと主張されて、聞き入れてもらえませんでした」
「確かに森から研究所へ向かう一番の近道は街の中を通ることだな」ショウタは納得してしまった。
「研究所の人と住民は違う人間だからせめて街をよけて行ってとさらにお願いしたら、我々はサンザムの指示に従っているだけだ。何か要求があるならサンザムに言ってくれとのことでした」
「サンザムって?」新たな名前の登場にショウタの心がざわついた。
「草木たちのリーダーだそうです。今回の行動を引っ張って指揮をしているようです。この森の奥にいると言っていました。サンザムに会いにいきたいのですがいいですか?」
「森の奥ってどのくらい奥にいるんだろう?この森は広大だよ」ショウタは地図で見た山の麓に広がる森の大きさを思い出していた。それは東西南北に軽く20kmを超える幅だった。ショウタは産まれたときからこの街に住んではいるものの、まだこの森に足を踏み入れたことはなかったので森の中がどんな風になっているのか想像もできなかった。
「そんなに遠くはないと思います。感じるんです強い力を。歩いて2時間もすれば着くと思います」
「2時間! 結構遠いなあ」ショウタは最近、30分以上歩いたことがなかったので、森の中の悪路を2時間も歩くことを考えると少し躊躇した。
「まだ正午だ。十分時間はあるよ。行ってみよう」ケントは歩く苦労を全然気にしていないようだった。
「そのサンザムってどんな植物なんだろう?」カズユキはサンザムに俄然、興味を覚えていた。
「種類はわかりません。でもこれだけ多くの種類の草木を従え統率しているので求心力のある知恵のある植物だと思います」とエミリーが答えた。
「植物がチームになっている。それだけでも面白い。行こう、行こう。そのサンザムに会いに」カズユキが大きく声を上げ張り切っていた。
サンザムとは何者?




