第四章 (1)
研究所長に会いに行きます。
翌日、フジナミの秘書ナカエから今日の夕方5時であれば研究所長に会えるとの連絡が入った。このチャンスを逃すまいとケントとショウタはエミリーを連れて研究所に向かった。もちろん研究所の実態を掴むためにソフィアも同行した。
通された応接室は調達部長と面会したときより一回り大きな、高級なインテリアで囲まれた部屋だった。研究所長にまで偉くなると待遇が違うな、それが社会の仕組みかとショウタは感じた。ソファに座って待っていると産業技術研究所の制服を着た二人の男が入ってきた。二人共、年は40代半ばくらいに見えた。先に入ってきた一人は少し背が高くオールバックにした金髪が光り眼光も鋭かった。後ろに付いてきたもう一人の男は中肉中背で黒縁メガネの下に見える目が少し垂れていておとなしめの顔つきだった。
「君は……」ケントが大きく目を見開いておとなしめの男を見た。
「ケントさん、大変ご無沙汰しています。リキヤです、同じ研究室にいた」
「リキヤ君、久しぶりだな。君は研究で大きな成果を収め海外の大学の教授に就任したと聞いていたが……」
「はい、海外の大学に15年間居たのですが2年前に帰国しました」
「ケントさん、この人です。タテリカの里で父、兄に会いにきたのは」エミリーが小さい声でケントに耳打ちした。
「そうか君だったのか、ライアンさん達を連れ出したのは。君であればタテリカの里のことはよく知っているな。一時期、俺と研究を共にしていたから」
「はい。あなたの研究を勉強させてもらいましたからね」
「あなたがケントさんですか。以前イーグサンドのタテリカの里を研究されていたというお話はかねがね伺っていますよ。ご挨拶が遅れました。私がここの所長をしていますアイクです」背が高い金髪の男が研究所長だった。その顔付きに調達部長や人事部長より更に悪だくみをしていそうな雰囲気をショウタは感じた。
「はじめまして、ケントと言います。私の昔のことをご存じとのことですが、今はこのカリハで小さな飲食店をやっています。本日はお時間を頂きありがとうございます。早速ですが本題に入らせていただきます。この子の名前はエミリーさんといいます。父ライアンさんと兄エドモンドさんを探してタテリカの里からここまで来ています。ご父兄はこの研究所で働いていることはわかっています。ご父兄はここから出られず、外とのコミュニケーションも遮断されているようです。しかしエミリーさんはどうにか二人に里に帰ってきて欲しいと願っています。どうにかお力添えを頂けないでしょうか?」
「おっしゃるようにイーグサンドのタテリカの里から来たライアンさん、エドモンドさんにはここで仕事をしてもらっています。しかしその任務が極秘なものですから、お二人にはここに寝泊まりしていただき、外との連絡も当分、遠慮してもらっています。そうすることはお二人からも了解を得た上でした上で、ここで働いてもらっています。特にこちらが無理強いしているわけではなく、お二人共、ここで仕事をしたがっています。したがって残念ながら私にはエミリーさんの願いに応えることはできません。お二人の任務が終了すれば里に帰ることはできますので、もう少々お待ち願えませんでしょうか」
「その任務はいつ頃終わるのでしょうか?」とケントがたずねた。
「残念ながらまだ目途が立っていないのです。私どもとしては早く終了させたいのですが、なかなか難しい課題を抱えていまして」と答える研究所長にケントは訊き続けた。
「そこをどうにか早く終了していただきたいのですが。ところで先日、私たちは調達部長、人事部長をおたずねしました。しかしそのときご両名は、父兄を知らない、ここにはいないと言っていました。なぜ二人は父兄のことを隠したのですか?」
「そのことは私から謝ります。申し訳ありませんでした。部長二人は本当に父兄がここにいることを知らなかったのです。ご父兄は私直轄の特別な仕事をしてもらっているので。研究所内で二人を知っているのは私とリキヤと一部のスタッフだけなんです。人事部長も知らなかったのです」研究所長は嘘をついているとショウタは思った。ケントが気付いたように二人の顔色から、あのとき人事部長たちは父兄を知っていたはずだ。しかしそのことは大きな問題ではないのでそのまま受け流した。
「エミリーさんや里に残っておられるお母さん、ご親族はご父兄からこの1年間、何の知らせもなく大変心配されていました。そして今でも何も連絡ができず困っています。いくら仕事の守秘義務があるからといって、家族とコミュニケーションができないというのは異常だと思うのです。家族とは連絡をできるようにしてもらえないでしょうか」
「任務の都合上、お二人に我々のプロジェクトの内容を説明しました。そのプロジェクトは一部関係者しか知らない極秘なものですから、お二人には外部とのコミュニケーションは絶ってもらっています。そのことはお二人共了解されています。しかし今日、お会いして1年以上もご家族と連絡を取れないのは、さすがに可哀そうだと私も感じました。メールでのコミュニケーションはできるようにしましょう」
「ありがとうございます」ケントは軽く頭を下げた。研究所長の提案にショウタは少し前進したと感じた。しかしエミリーはじっと研究所長の顔を見つめ、表情を変えなかった。彼女はまだ満足していないようだった。
「ただしメールの内容は私たちも確認させていただきます。その点はご了承ください」
「それはプライバシーの侵害じゃないですか」ソフィアがムッときたのか思わず口を開いた。
「あなたは?」研究所長がソフィアの方を向いてたずねた。
「申し遅れました。私はソフィアといいます。フリーでジャーナリストをしています。エミリーさんを助けるために同行させていただきました」
「ほう、ジャーナリストさんですか。何をお調べなんですか?」
「産業技術研究所のことです」
「はて?うちを調べて何か報道するようなことがありますかね」
「極秘といわれるプロジェクトのことです。世間の人に知られては困るような何かがあるのではないでしょうか?」
「別に悪いことをしているわけではありません。開発内容が競合に知られると困るので極秘にしているだけです」
「しかし家族とも連絡をさせないというのは異常なことですよねえ。人権を侵害しているのではないですか?」
「本人たちの了承をとっているので人権侵害には当たりません。当人もその必要性を理解しています」当人の了承と言われるとこれ以上追及できないとショウタは歯がゆかった。
「ご存じのように今植物がカリハの街に侵入し、警察も消防も困っています。昨日、エミリーちゃんがその植物と会話をしました。そこで植物がこの産業技術研究所を目指していることが分かりました。植物は『なんで人間だけで行くんだ。私たちを連れて行かないんだ』と言っているとのこと。心当たりは何かありますか?」これ以上、父兄の境遇について追及してもらちが明かないとソフィアも思ったようで植物の話に切り替えた。
「それは初耳です。私たちも街に侵入している植物の動向を気にしています。実は研究所でも1年程前から植物から妨害を受けて困っているんです。小さな草のような植物ですが研究所にも既に侵入しています。父兄にお願いしていることの一つは、それらの植物と話、その妨害を止めることなのです。しかし植物の目的が研究所だということは聞いたことがありません」やはり侵入している植物と父兄の仕事は関係があったのだとショウタは合点がいった。
「一体、植物はなぜ研究所に侵入しているのですか?」ソフィアが続けて訊いた。
「それが私たちには皆目見当がつかないのです。逆に教えて欲しいくらいです」
「私たちを連れて行ってくれと言っていますが、どこへ連れて行って欲しいんでしょうか?」
「さあどこなんでしょうね?もし研究所を目的としているのであれば、第2研究所のことですかね? 今、海洋上の遠く離れた島に新しい研究所を作ろうとしているのです。ただそうだとしても、そこに行きたい理由が見当つきませんね」
「極秘のプロジェクトというのはその島に移ることですか」
「いや、違いますよ。第2研究所は、ここが手狭になったので島に新しいところを造るというだけのことです。ここの研究所も並立して残ります」
「植物が欲しているのは極秘のプロジェクトなのではないのですか?そのプロジェクトがどこかへ行くためということはありませんか?」ソフィアが立て続けに追及した。
「プロジェクトの内容は極秘なのでコメントは差し控えさせていただきます」
「植物の要求はそのプロジェクトで、それを植物から守るために父兄を雇った。プロジェクトの内容を知らないと植物と交渉できないので父兄にはその内容を伝えた。その秘密を守るために父兄は外とはコミュニケーションができなくなった。そういうことではないのですか?」
「ソフィアさんは想像力が豊かですねえ。想像をするのは勝手ですが、何も根拠のないことを憶測だけで報道はしないでくださいよ」
「植物の侵入で街は困っています。侵入の目的が研究所であれば、研究所が対処する、植物の目的を明らかにする責任があるのではないですか?」
「先程も言いましたように植物の目的は研究所というのは初耳です。研究所に侵入する植物に手を焼いていますがね。そこはご父兄の協力で原因をつきとめ侵入を阻止しようと努力はしています」
「侵入を食い止めるためにも早く警察、消防とも協力した方がいいのではないですか?」
「ご心配は無用です。既に私たちは市や警察と連絡を取り合っています」今までの植物の侵入に関する報道では産業技術研究所のことは一言も出ていなかった。本当に研究所が市や警察と連絡を取っているのか怪しいとショウタは思った。
「研究所の研究テーマに話を戻しますが、コンフォス財団から巨額の費用がこの研究所に投入されています。その額は一国の国家予算に匹敵する規模です。そんな多額の費用で何を開発されておられるのですか?」
「何度も申し上げていますが、研究のテーマに関しては極秘扱いになっています。お話することはできません。費用はあくまで私的なもので公金を使っていませんし、法に触れるようなこともしていません。したがって内容を公表する義務は私たちにはないのです。研究所の設立趣旨にありますように、将来の社会発展に寄与する新しい技術の開発をすることが私たちのミッションであり、それを達成できると自負はしています」研究所長の答えはフジナミのものと何ら変わりはなかった。ショウタ達が知り合いでもないためか、研究所長の答え方にはさらに突き放すような冷たさがあった。ソフィアは突破する糸口を探しているようだったが、見つからないため悔しそうに研究所長を睨んでいた。
「それでは今日はこれでよろしいでしょうか? ご父兄にはエミリーさんに連絡するよう伝えておきます」研究所長が話を切り上げようとした。
「待ってください。これでは全然らちが明かない。お父さんとお兄さんを返してください。タテリカの里で一緒に平和に暮らしたいんです。そして植物の要望を受け入れてください。あの子たちは研究所に対して怒っています。あの子たちの言うことを聞いてあげないと街にどんどん侵入してきます。そうなれば街に人が住めなくなってしまうわ。どうせ何か人に言えないような悪いことをしているから極秘にしているんじゃないですか」今まで黙っていたエミリーが爆発するように大きな声を上げた。皆、その激しさに驚いた。
「エミリーさん、先程も話したようにご父兄はここで働くことを望んでいる。残念ながらエミリーさんとは考えが違うようだ。メールで連絡してもらうので、まずはお互いのお気持ちを確認されてはいかがですか。そして植物が何で侵入しているのかも私たちにはわからないのです。だから我々にはどうしようもない。そういうことです。あまり憶測で人を非難されるのはおやめになった方がいいですよ。それでは次の予定があるので失礼します」研究所長は冷たく言い切ると背を向けて応接室から出ていった。リキヤも軽く頭を下げて会釈した後、足早に所長を追いかけていった。静かになった応接室に虚しい空気だけが残った。
研究所長も冷たかった。。。




