第三章 (6)
北の住宅街に行くと。。
それは不気味な光景だった。高台から見下ろす先に広がる住宅街一面にツタのような植物が覆いかぶさるように押し寄せていた。家や塀に蔓が縦横斜めに絡まり合い、いつもなら白い壁やカラフルな屋根が並ぶ家並が緑色に埋め尽くされていた。
そのままであればツタの絡まった家とも見えるのだが、這った蔓がモゴモゴとうごめき、先端が行先を探す尺取虫のように鎌首をもたげて動いているのが気色の悪さを助長していた。
「すごいよ、こんなの見たことない。あれは大陸にいるツタの仲間だけど、あんな風に動くとは聞いたことがない。これは新種かもしれない」うごめくツタを双眼鏡で凝視しながらカズユキは興奮して上ずった声を上げた。
「ヤバイよ。このままだと街の中心まで来ちゃうんじゃない?」
「確かに街の中心に向かっている。でもここはこの前マリの木が侵入したところから南に1ブロック下がっただけだ。スピードはそんなに早くなさそうだから街の中心まで行きつくには時間がかかるんじゃないか」慌て気味のショウタの問いかけにケントは冷静に答えた。
「おいおい、こんなのが家まで来たらどうすんだよ。この街に住めなくなっちゃうよ」リョウヘイが怯えていた。ショウタも心の底から気味悪さと怖さを感じていた。
「マリの木に対して警察はバリケードで防いでいたけど、このツタはバリケードじゃ防げそうにないな。バリケードなんか簡単に越えるだろう。家に絡んでいるから焼き払おうとしても家まで一緒に焼かないといけない」腕組しながら住宅街を観察していたトウヤは、動揺するリョウヘイやショウタを横目に、冷静に状況を分析していた。
「生きている木はなかなか燃えないですよ。これを防ぐのは大変です。警察や消防はどうする気だろう?」と言うカズユキの足元ではパトカーや消防車の赤い光りがチカチカとちらついていた。
「闇雲に阻むのではなく、なんでツタが来ているのか、その原因をつきとめて対策をする必要があるな」ケントの言葉にソフィアが続けた。
「確かに原因究明が大切ですね。カズユキ君、これって大陸にいる植物なんでしょ?なんでそんな遠くからここまで押し寄せて来ているのよ?」ソフィアの声は少しヒステリックに上ずっていた。
「僕にもわかりませんよ。ここは大陸より寒いから、来るメリットはあんまりないと思うんだけどな……」とカズユキが答えるとエミリーが言った。
「もっとそばに寄ってみたいです。直接、ツタに理由を聞いてみます」
「え?ツタに聞くって?」エミリーの言葉にカズユキが驚きの声を上げ、ソフィアやリョウヘイ達も口をぽっかり開けていた。エミリーの能力をまだ知らない皆が彼女の奇妙な発言に驚くのは当然だった。
カリハの道に詳しく、この辺りもよく知っているというリョウヘイが車を運転した。彼はスイスイと家の間の細い道を進み警察の規制も上手にかいくぐってツタの這う住宅の横に車を横付けした。そばで見るとツタの動きは蛇が大量にウニョウニョ這っているように見え、遠くから見るよりずっと気味が悪かった。車を降りるとエミリーは「行ってきます」とケントとショウタに言い一人先に駆け出した。二人は軽くうなずき、後ろから彼女を見守るように車のそばに立った。リョウヘイはツタを怖がり、降りずに車の中からエミリーの様子を眺めていた。もう一台の車で付いてきたソフィアたちはエミリーが何をしようとしているのか理解できていなかった。ソフィアとカズユキは車から降りて速足でケントに駆け寄り、トウヤは怯えるリョウヘイのそばに立ち様子を観察した。
「エミリーちゃんは何をしようとしているの?」
「事情は後で話す。今は静かに彼女を見守ってくれ」ソフィアの疑問にケントははっきりと答えなかった。エミリーは1軒の家のそばに寄り、塀に絡まり動いているツタに右手を差し出した。エミリーの指の先が一本の蔓の先端に触れると蔓がぴくんと動き、反応を示した。その反応に呼応して何本もの蔓が動き出し、エミリーの右手に絡みつき腕を這うように登っていった。数分するとエミリーの肩のところまで蔓が這い上がっていた。
「エミリーちゃん、大丈夫か?」心配になったショウタが思わず声を上げた。
「大丈夫です。心配しないでください」エミリーの声はよく響き、いつになくしっかりしていた。肩まで上がった蔓は動きを止め静かになった。パトカーから離れていたので周囲には大きな音はなく、しんとした静けさが暗闇に広がっていた。エミリーは両目を閉じ、意識は蔓の絡まった右腕に集中しているようだった。暗い闇の中でショウタにはいつものようにエミリーの腕からほのかなオレンジ色の光が見えた。そして胸に下げたエミリーにもらったペンダントも震えていた。そのペンダントをそっと握るとうっすらエミリーの声が聞こえたような気がした。
「すごい、なんか波動を感じるぞ。彼女はツタと何をしているんだ?」カズユキは目を見開き信じられないという表情でエミリーを凝視していた。
「何が起こっているの? 彼女は何者なの?」驚きを隠せないソフィアがケントに詰め寄るように言った。リョウヘイとトウヤも目を凝らしながら様子を見守っていた。そのまましばらく静かな時間が流れた。エミリーは凛とした姿勢でじっとそこに佇んでいた。
20分位流れただろうか。エミリーが顔を上げ、右腕に絡まっていた蔓が動き出し縄がほどけるようにスルスルと腕から離れていった。そしてエミリーはゆっくりとした足取りでショウタ達の方に歩いてきた。
「どうだった? エミリーちゃん」エミリーがそばに来るといてもたってもいられずショウタは声をかけた。
「彼らは怒っています。『なんで人間だけで行くんだ。私たちを連れて行かないんだ』と。そして彼らが目指しているのはやはり産業技術研究所です」
「植物と会話ができるなんて、すごすぎる!羨ましい!僕にもその力をくれないかな?」カズユキは思わず大きな声を上げた。モッキンに帰ってからケントは、エミリーの許しをもらい、皆に自分が文化人類学者であったこと、そしてタテリカの里でエミリーの種族と出会い、その種族が植物と会話できることを知ったと打ち明けた。
「へぇ、マスターが文化人類学者だったなんて、想像もしていなかった」意外だと言う声を上げたトウヤに対してユキエが言った。
「あら、私はマスターには知的な雰囲気を感じて、昔は大学の先生とか医者をしていたんじゃないかって前から思っていたわよ」ショウタはモッキンの室内に何か新しい空気を感じていた。それはケントとエミリーの秘密を共有したことで生まれた仲間意識と、どうにかエミリーを助けたいという気持ちの増幅がもたらした風だった。
「植物と会話できるタテリカの里のお父さん、お兄さんが産業技術研究所で働きながら拘束されている。そして街に侵入してきた植物も産業技術研究所を目指していることが分かった。やはり全ては産業技術研究所につながっている。こうなったら早く研究所長に会いに行く必要があるわね」ソフィアが皆に発破をかけるように言った。
つながりの強くなったモッキンの常連達。エミリーの願いをかなえられるのか?




