第9話 選ばせる側は、姿を見せない
朝。
教室に入った瞬間、分かった。
……今日は、何かが違う。
ざわついている。
でも、昨日までの“責め”とは少し違う。
――ピロン。
【失敗予報:今日は、直接は責められません】
……珍しい。
席に着く。
誰も、俺を見ない。
正確には――
見てるけど、話しかけてこない。
沈黙。
――ピロン。
【失敗予報:この空気、無関心ではありません】
……だよな。
朝倉ひなたが、前を向いたまま言った。
「今日さ」
独り言みたいな声。
「体育、どうするんだろうね」
……どうするって、誰が?
「先生が決めるんじゃね」
俺は、できるだけ普通に返した。
――ピロン。
【失敗予報:今の返し、安心されます】
……安心?
ひなたは、少しだけ笑った。
「だよね」
「先生だもんね」
……その言い方。
どこか、引っかかった。
チャイム。
授業開始。
一時間目は、数学。
板書。
問題演習。
……平和だ。
――ピロン。
【失敗予報:この平和、長くは続きません】
……分かってる。
二時間目。
担任が、教室に入ってきた。
「今日は連絡事項がある」
来た。
「昨日の体育の件だが」
……来た。
「軽い怪我が出た」
「だが、大事には至っていない」
教室が、少しだけざわつく。
「そこでだ」
担任は、言った。
「今後は、危険が予想される場合」
「事前に、周囲で声をかけ合うこと」
……周囲。
「誰かが気づいたら」
「早めに共有する」
……共有。
――ピロン。
【失敗予報:これ、あなた向けです】
……ですよね。
担任は、俺を見ない。
名指しもしない。
だが。
全員が、俺を見ている。
……ああ。
これだ。
責められてない。
でも――
役割を与えられている。
「じゃ、早坂」
担任が、突然言った。
心臓が、跳ねた。
「はい」
「お前は、どう思う?」
……来た。
――ピロン。
【失敗予報:ここで意見を言うと、公式化されます】
……公式化。
「・・・どう、とは」
時間稼ぎ。
担任は、穏やかに言った。
「昨日の状況を見て」
「気づいたことはないか?」
……罠だ。
正解を言えば、
役割になる。
黙れば、
無責任になる。
――ピロン。
【失敗予報:どちらも、逃げではありません】
……は?
「・・・特に、ありません」
俺は、そう答えた。
担任は、少し考えてから頷いた。
「そうか」
それだけ。
拍子抜け。
だが。
――ピロン。
【失敗予報:今の返答、記録されました】
……記録?
何に?
誰に?
授業は、続いた。
だが、頭に入らない。
……おかしい。
誰も、
「俺が悪い」とは言ってない。
なのに。
「俺が関わる前提」で、
話が進んでいる。
昼休み。
俺は、廊下を歩いていた。
白石しおりが、隣に並ぶ。
「気づきました?」
「何を?」
「今日、誰もあなたを責めていない」
……確かに。
「でも」
しおりは、続ける。
「全員が、あなたを前提に動いています」
……前提。
「責める段階は、終わったんです」
俺は、立ち止まった。
「終わった?」
「ええ」
しおりは、淡々と言う。
「次は、“使う”段階です」
――ピロン。
【失敗予報:この段階、引き返せません】
……使う。
「誰が?」
俺が聞くと、
しおりは首を振った。
「誰でもありません」
「じゃあ、何が?」
しおりは、少しだけ視線を落とした。
「仕組みです」
……仕組み。
「昨日までは」
「あなたを責める“人”がいました」
「でも今日は違う」
「ルールが、先に決まっています」
――ピロン。
【失敗予報:個人攻撃より、厄介です】
……知ってる。
「先生も」
「クラスも」
「誰も、あなたに命令していない」
「でも」
しおりは、静かに言った。
「あなたが“気づく人”である前提で」
「全員が、安心しています」
……安心。
「つまり」
俺は、言葉を繋ぐ。
「俺が黙ってても」
「俺が責任を持つ前提になってる?」
「そうです」
即答だった。
「あなたが止めなくても」
「“止めなかったあなた”が想定されている」
……最悪だ。
――ピロン。
【失敗予報:これが“選ばせる構造”です】
……出た。
「なあ」
俺は、拳を握った。
「その構造ってさ」
「誰が作ったんだよ」
しおりは、首を振る。
「誰も作っていません」
「え?」
「便利だから、できただけです」
……便利。
「責任の所在を」
「一人に寄せられる」
「安心できます」
「楽です」
――ピロン。
【失敗予報:ここ、怒りが湧きます】
……湧くよ。
「じゃあさ」
俺は、低く言った。
「その“仕組み”は」
「どこにいるんだよ」
しおりは、少しだけ微笑った。
「いません」
……は?
「選ばせる側は、姿を見せないんです」
「全員が、無自覚に使います」
――ピロン。
【失敗予報:敵が見えません】
……クソゲーか。
俺は、天井を見上げた。
……なるほど。
だから、責められなくなった。
もう、俺を殴る必要がない。
勝手に、俺が“考える側”になる。
それが、この構造。
「なあ」
俺は、息を吐いた。
「これさ」
「俺が拒否したら、どうなる?」
しおりは、即答しなかった。
「・・・拒否は、できます」
「でも」
「拒否した理由を説明し続けることになります」
……永遠に?
――ピロン。
【失敗予報:はい】
……地獄。
「じゃあ」
俺は、苦笑した。
「黙ってても、使われる」
「拒否しても、説明を求められる」
「使ったら、責任を背負う」
「使わなくても、背負う」
「完璧だな」
――ピロン。
【失敗予報:逃げ道が、ありません】
……いや。
俺は、ふと立ち止まった。
……一つだけ。
まだ、触れてない場所がある。
「なあ、しおり」
「何ですか?」
「この構造って」
「学校だけの話か?」
しおりは、少しだけ目を見開いた。
――ピロン。
【失敗予報:いい問いです】
……来た。
「いいえ」
しおりは、はっきり言った。
「これは」
「社会の縮図です」
……だよな。
俺は、笑った。
……見えてきた。
敵は、人じゃない。
能力でもない。
「選ばせることを、当然にする空気」
それ自体だ。
……だったら。
俺が次に考えるべきは――
どうやって“参加しないか”だ。
――ピロン。
【失敗予報:次のフェーズです】
……了解。
俺は、歩き出した。
……もう、選ばされる気はない。
でも。
“参加しない”って、どうやるんだ?
――――――――――
第9話 了




