第8話 なぜ、俺が責められているんだ?
朝。
教室に入る前から、空気が重かった。
……湿度じゃない。
視線だ。
――ピロン。
【失敗予報:今日は、何もしてなくても評価されます】
……評価って言葉、便利だな。
席に着く。
誰も話しかけてこない。
昨日まで、あんなに相談窓口だったのに。
沈黙。
――ピロン。
【失敗予報:この沈黙、好意ではありません】
……知ってる。
ひなたが、遅れて振り向いた。
いつもの勢いが、ない。
「・・・おはよ」
「おう」
――ピロン。
【失敗予報:短すぎる返事は、壁を作ります】
……もう壁だろ。
ひなたは、少し迷ってから言った。
「ねえ、こういち」
嫌な予感。
「昨日の体育さ」
……来る。
「別にさ」
「責めたいわけじゃないんだけど」
責める前置きランキング上位。
「なんで、言わなかったの?」
……だ。
俺は、しばらく黙った。
沈黙。
……言葉を選んでるんじゃない。
選べる言葉が、ない。
――ピロン。
【失敗予報:ここで黙ると、開き直りに見えます】
……じゃあ何て言えばいい。
「分からなかった」
俺は、そう言った。
「失敗するかどうかなんて」
――ピロン。
【失敗予報:部分的に嘘です】
……知ってる。
ひなたは、眉をひそめた。
「でも、前は止めたじゃん」
前。
昨日。
一昨日。
「つまりさ」
ひなたは、言葉を探している。
「止める基準が、あるんでしょ?」
……基準。
――ピロン。
【失敗予報:存在しないものを説明しようとすると、破綻します】
……だよな。
「基準なんて、ない」
俺は、はっきり言った。
「その場で、分かるだけだ」
ひなたは、少し黙った。
「それ、余計怖くない?」
……そう来るか。
俺は、思わず聞き返した。
「なんで?」
「だってさ」
ひなたは、視線を逸らす。
「分かるなら、全部止めてほしいじゃん」
……全部。
その言葉が、引っかかった。
「それってさ」
俺は、ゆっくり言った。
「俺が、全部の責任持つってこと?」
ひなたは、言葉に詰まった。
「・・・そういう言い方しなくても」
――ピロン。
【失敗予報:ここ、論点がずれています】
……ずれてる?
……いや。
俺は、ふと気づいた。
……あれ?
「なあ、ひなた」
「何?」
「俺さ」
「失敗したこと、あったっけ?」
ひなたは、目を瞬いた。
「え?」
「昨日も、一昨日も」
俺は続ける。
「俺自身が、何かやらかした?」
……沈黙。
ひなたは、しばらく考えてから言った。
「・・・それは、ないけど」
……だよな。
胸の奥で、何かが、少しだけ形になる。
――ピロン。
【失敗予報:今、違和感に気づき始めています】
……違和感。
「俺、失敗してないんだよ」
俺は、独り言みたいに言った。
「なのにさ」
ひなたを見る。
教室を見る。
周囲の視線を見る。
「なんで、俺が責められてるんだ?」
……空気が、止まった。
ひなたは、困った顔をした。
「それは・・・」
言葉を探している。
「だって」
「知ってた、かもしれないから」
……かもしれない。
可能性。
仮定。
「それだけ?」
俺は、思わず笑った。
「俺、“やった”わけでも」
「“選んだ”わけでもないのに?」
――ピロン。
【失敗予報:核心に近づいています】
……そうか。
これだ。
俺は、今まで――
「俺が責められてる理由ってさ」
「結果じゃないんだ」
「能力を“持ってるかもしれない”っていう」
「可能性そのものじゃないか?」
誰も答えない。
だが。
その沈黙が、肯定だった。
――ピロン。
【失敗予報:この構造、非常に不健全です】
……だろうな。
白石しおりが、静かに口を開いた。
「早坂くん」
「何?」
「今、いいところに気づきましたね」
……褒められてる場合か。
「あなたは」
しおりは、淡々と言う。
「“失敗したから”責められているんじゃない」
「“失敗を回避できるかもしれない立場”にいるから、責められている」
……立場。
「つまり」
しおりは、続ける。
「もう、行動は関係ないんです」
……は?
「止めたか」
「止めなかったか」
「使ったか」
「使わなかったか」
「それは、もう二次的な話です」
――ピロン。
【失敗予報:聞くのが、怖い結論です】
……聞く。
「じゃあ、何が問題なんだよ」
しおりは、少しだけ言い淀んでから言った。
「存在です」
……存在。
「あなたが“いる”こと自体が」
「周囲にとって、不都合になり始めている」
……重すぎない?
俺は、乾いた笑いを漏らした。
「それ、もう能力関係なくない?」
「ええ」
しおりは、頷いた。
「だから、厄介なんです」
――ピロン。
【失敗予報:ここから先、能力の話ではなくなります】
……だよな。
俺は、机に肘をついた。
……おかしい。
失敗は、してない。
助けたら、責められた。
助けなくても、責められた。
じゃあ、俺は何を裁かれてる?
……答えは、一つしかない。
「期待だ」
俺は、ぽつりと言った。
「俺、期待されてるんだ」
「勝手に」
――ピロン。
【失敗予報:その通りです】
……最悪だ。
しおりは、静かに言った。
「そして」
「期待は」
「満たせないと、罪になります」
……期待罪。
新しい概念、要らない。
俺は、天井を見上げた。
……分かった。
俺は今――
「選ばされる側」じゃない。
「選ばせないといけない存在」に、
勝手に、置かれてる。
「なあ」
誰にともなく、言った。
「これ、俺が間違ってるのか?」
――ピロン。
【失敗予報:いいえ】
……即答。
【失敗予報:構造が、間違っています】
……だよな。
俺は、息を吐いた。
……やっと分かった。
俺が苦しい理由。
責められてる理由。
それは――
「俺が何をしたか」じゃない。
「俺に、何かができるかもしれない」
その一点だけだった。
……だったら。
このまま、個人で悩んでても意味がない。
問題は、俺じゃない。
「選ばせる構造」そのものだ。
――ピロン。
【失敗予報:次のフェーズに入ります】
……来たか。
俺は、ゆっくり立ち上がった。
……もう、分からないふりはできない。
でも。
じゃあ、どうすればいいんだ?
――――――――――
第8話 了




