第7話 使わないことが、罪になる
朝。
教室に入った瞬間、分かった。
……今日は、何もしなくても終わらない。
――ピロン。
【失敗予報:今日は、黙っていても責められます】
……ですよね。
席に着く前に、声をかけられた。
「ねえ、早坂」
男子A。
普段、ほとんど話さないタイプ。
「これ、見て」
スマホを差し出される。
画面。
クラスのグループチャット。
『今日の体育、危なくね?』
『跳び箱、高さミスってるらしい』
『昨日、別クラスでケガ人出たって』
……嫌な流れ。
「で?」
俺が聞くと、Aは言った。
「危ないかどうか、分かるでしょ?」
……来た。
――ピロン。
【失敗予報:ここで答えると、責任者になります】
……分かってる。
「分からない」
俺は、即答した。
Aは、一瞬きょとんとする。
「え?」
「分からない」
――ピロン。
【失敗予報:二回言うと、信用が下がります】
……遅かったか。
「でもさ」
Aは、声を落とす。
「昨日も、一昨日も、当ててたじゃん」
……“当ててた”。
言い方が、もう確定扱いだ。
「今回は、使わないの?」
……使わない。
使わない、という選択。
――ピロン。
【失敗予報:その選択、評価されます】
……え?
【失敗予報:悪い意味で】
……だよな。
体育。
跳び箱。
並ぶ生徒たち。
視線が、ちらちら俺に向く。
……おい。
俺、保健体育の先生じゃない。
――ピロン。
【失敗予報:この空気、逃げ場がありません】
……知ってる。
最初の生徒が、助走をつける。
――ピロン。
【失敗予報:今の高さ、三人目が失敗します】
……。
二人目。
問題なし。
三人目。
……来る。
――ピロン。
【失敗予報:止めなければ、怪我します】
……昨日と同じだ。
止めるか。
止めないか。
止めれば、
「選んだ」と言われる。
止めなければ、
「見捨てた」と言われる。
……完璧な二択地獄。
「・・・」
俺は、何も言わなかった。
三人目。
踏み切り。
バランスが崩れる。
「うわっ」
着地失敗。
派手に転ぶ。
幸い、軽い擦り傷。
……最悪ではない。
だが。
「……え?」
誰かが、言った。
「今の、分かってたよね?」
……来た。
「なんで言わなかったの?」
「止められたじゃん」
「昨日は止めたのに」
……昨日。
……昨日の善意。
――ピロン。
【失敗予報:今からが本当の炎上です】
……ですよね。
休み時間。
俺の机の周りに、人が集まる。
「基準、何なの?」
「気分?」
「好み?」
……違う。
……全部違う。
「使えるのに、使わないって」
女子の一人が言った。
「それって、どうなの?」
……どうなんだろうな。
――ピロン。
【失敗予報:答えは、ありません】
……だよな。
白石しおりが、少し離れたところで見ていた。
目が合う。
何も言わない。
……それが、逆にきつい。
昼。
SNS。
もう書かれている。
『今日は見捨ててた』
『使わない選択したらしい』
『選ぶ側の人間って怖い』
『能力あるのに黙るの、罪じゃね?』
……罪。
その言葉が、やけに重い。
――ピロン。
【失敗予報:ここで反論すると、正義論争になります】
……最悪。
放課後。
屋上。
俺は、フェンスにもたれて空を見ていた。
……能力は、失敗を教える。
でも。
教えてくれない。
「使わないこと」が、
誰かにとってどれだけの意味を持つかを。
「・・・俺さ」
誰にともなく、呟く。
「もう、選んでないのに」
――ピロン。
【失敗予報:周囲は、そう思っていません】
……知ってる。
しおりが、後ろから言った。
「選ばない、という選択も」
「選択ですよ」
……それ、第4話で聞いた。
「じゃあさ」
俺は、笑った。
「俺、どうすりゃいいんだよ」
しおりは、少しだけ考えてから答えた。
「壊れるまで、悩むしかないですね」
……優しくない。
でも、嘘はない。
――ピロン。
【失敗予報:それでも、明日も選択肢は出ます】
……地獄のサブスク。
夕方。
帰り道。
影が、長く伸びていた。
……成功は分からない。
正解も分からない。
でも。
使えば、責められる。
使わなければ、責められる。
「……詰んでね?」
口に出す前で止めた。
沈黙。
――ピロン。
【失敗予報:ですが、まだ“逃げ道”は残っています】
……え?
【失敗予報:気づいていません】
……やめろ。
また、宿題を残すな。
それでも――
……選ばない、という選択だけは、
もう、許されない場所まで来ていた。
――――――――――
第7話 了




