第6話 止めたら、燃えました
翌朝。
登校中。
曲がり角の手前で、俺は足を止めた。
……来る。
――ピロン。
【失敗予報:このまま進むと、五秒後に自転車と衝突します】
……昨日と同じ未来。
「よし」
俺は一歩、下がった。
自転車が、風を切って通り過ぎる。
「危なっ」
運転していたのは、三年の先輩だった。
「サンキュー、今の!」
……え。
「え、あ、はい」
――ピロン。
【失敗予報:ここで愛想よくすると、話が広がります】
……遅い。
先輩は、走り去りながら言った。
「お前、反射神経いいな!」
……違う。
未来見ただけだ。
学校。
教室。
昨日より、視線が多い。
……気のせいじゃない。
席に着く。
朝倉ひなたが、即座に振り向いた。
「ねえ、こういち」
嫌な予感。
「朝さ」
「自転車、止めた?」
……誰が見てた。
――ピロン。
【失敗予報:否定すると、嘘扱いされます】
……正直に?
――ピロン。
【失敗予報:正直に言うと、拡散します】
……地獄。
「・・・ちょっとだけ」
最小限。
ひなたの目が、輝いた。
「やっぱり!」
……やっぱりって何だ。
「先輩も言ってたよ」
「“あいつ、危険察知能力ある”って」
……ラベリング早すぎない?
――ピロン。
【失敗予報:今それを否定すると、キャラが固定されます】
……もう固定されてる。
そのとき。
教室の前方で、騒ぎが起きた。
女子が、机の上に立っている。
「え、何?」
――ピロン。
【失敗予報:見に行くと、巻き込まれます】
……無視だ。
と思った瞬間。
「キャー!」
机が、ぐらついた。
……来た。
――ピロン。
【失敗予報:今声をかければ、転倒は防げます】
……やめろ。
……昨日の夜、考えただろ。
善意は、責任になる。
でも――
……目の前で怪我する未来を、
知ってて黙るのは。
「危ない!!」
声が出た。
女子は、反射的に動きを止めた。
机は倒れず、事なきを得た。
教室が、静まり返る。
……助かった。
……はずだった。
「今の、どうして分かったの?」
誰かが言った。
――ピロン。
【失敗予報:ここからが本番です】
……だろうな。
「偶然だよ」
即答。
――ピロン。
【失敗予報:誰も信じません】
……知ってる。
ひなたが、身を乗り出す。
「でもさ」
「昨日の転倒も、今日の自転車も」
「今のも」
三点セット。
「全部、当たってない?」
……やめろ。
「怖くない?」
女子の一人が言った。
……方向、そっち?
「え、何が?」
――ピロン。
【失敗予報:戸惑うと、余計に怖がられます】
……詰んだ。
「知ってるなら」
「最初から言ってよ」
別の声。
「止めてくれたのはありがたいけどさ」
ありがたい。
その言葉が、一瞬で裏返る。
「じゃあ、昨日のは?」
……来た。
「止めなかったよね?」
教室の空気が、変わる。
善意が、査定され始めた。
――ピロン。
【失敗予報:弁解すると、火に油です】
……何も言うな。
沈黙。
最悪の選択。
「やっぱり」
誰かが、呟いた。
「選んでるんだ」
……選んでない。
……選べてない。
「助けるときと、助けないときの基準、何?」
基準?
そんなもの――
――ピロン。
【失敗予報:存在しません】
……だよな。
昼休み。
俺の机は、相談窓口になっていた。
「これ、危ない?」
「今から購買行くの、どう?」
「告白したら、死ぬ?」
……最後のやつ重い。
――ピロン。
【失敗予報:全部に答えると、破綻します】
……分かってる。
「分からない」
俺は、そう言った。
「俺、分からない」
……正直だ。
だが。
「えー、使えなーい」
笑い声。
――ピロン。
【失敗予報:ここで笑いに乗ると、便利扱いされます】
……乗らない。
午後。
SNS。
もう、回っていた。
『今日も止めてた』
『あいつ、選んでるよね』
『助ける基準、謎』
『善意アピ?』
『怖い』
……善意アピ。
最悪の単語。
――ピロン。
【失敗予報:弁明投稿は、炎上を加速させます】
……しない。
放課後。
白石しおりが、静かに言った。
「言いましたね」
「何を」
「善意は、責任になるって」
……ああ。
「止めなきゃ、怪我してた」
俺は、言った。
「でも、止めたら、こうなった」
しおりは、少し考えてから言う。
「善意って」
「結果が良くても、
過程を説明できないと、疑われるんです」
……過程。
……未来通知。
説明できるわけがない。
――ピロン。
【失敗予報:それでも、次も同じ場面は来ます】
……来るよな。
帰り道。
夕焼け。
俺は、空を見上げた。
……失敗は避けられる。
でも。
避けた結果の失敗は、
誰も教えてくれない。
「向いてねぇな、この能力」
声に出す前で止めた。
沈黙。
――ピロン。
【失敗予報:でも、使わない選択も、もう炎上します】
……地獄。
善意で止めた。
結果、燃えた。
……次は。
止めなかったら、
どうなるんだろうな。
――――――――――
第6話 了




