第5話 家とネットは、失敗が拡散します
帰宅。
玄関を開けた瞬間、違和感があった。
……静かすぎる。
「ただいまー」
返事がない。
――ピロン。
【失敗予報:この沈黙、安心すると後で驚きます】
……やめろ。
リビングを覗く。
母が、スマホを見ながら固まっていた。
「・・・おかえり」
声が、ワンテンポ遅い。
……あ、これ来てる。
「何かあった?」
――ピロン。
【失敗予報:その聞き方だと、核心から始まります】
……じゃあどう聞けと。
「今日さ」
母が、スマホを差し出した。
「学校で、何かあった?」
画面を見る。
クラスの保護者LINE。
知らない世界。
【〇〇高校 保護者連絡用】
・今日、教室で転倒事故があったそうです
・止めようとした生徒がいたとか
・でも、止めなかったとか
・知ってたなら危険では?
……情報、もう歪んでない?
「え、何これ」
――ピロン。
【失敗予報:動揺すると、余計に疑われます】
……平常心。
「転んだやつがいただけだよ」
――ピロン。
【失敗予報:説明不足です】
……知ってる。
母は、俺の顔をじっと見る。
「こういち」
本名呼び。
警戒レベルが上がる音がした。
「あなた、最近ちょっと・・・」
「先のこと、分かってるみたいなこと、言ってない?」
……来た。
「言ってない」
即答。
――ピロン。
【失敗予報:即答は、逆に怪しいです】
……くそ。
「例えば?」
俺は、恐る恐る聞いた。
母は、スマホを操作する。
「これ」
家族LINE。
俺の発言ログ。
『今日は雨降りそうだから、洗濯やめといた方がいい』
『その道、工事入るから遅くなる』
『それ買うと後で後悔する』
……俺、未来警告BOTじゃん。
「全部、当たってるのよ」
母は言った。
「偶然にしては、ね」
……家庭内で使いすぎた。
――ピロン。
【失敗予報:言い訳すると、能力扱いされます】
……詰み。
「勘」
第3話でも使った万能ワード。
母は、納得していない。
「それが」
母は、声を落とした。
「外でも、噂になってるみたい」
……外?
「近所の人がね」
母は苦笑した。
「“あの子、先が読めるらしい”って」
……誰だ言ったの。
――ピロン。
【失敗予報:心当たりは、あります】
……ひなた。
いや、断定はダメだ。
「しかも」
母は、続ける。
「変な言い方で」
嫌な予感しかしない。
「“危ないことを知ってて黙ってる子”って」
……最悪の要約だな。
沈黙。
リビングの時計が、やけにうるさい。
……これが、社会的リスク。
学校だけじゃない。
家も。
近所も。
そして――
――ピロン。
【失敗予報:次はネットです】
……だよな。
自室に戻り、スマホを開く。
SNS。
クラスの裏アカ。
俺はフォローしてない。
だが、情報は回ってくる。
『今日さ、止めた男子いたよね』
『いや、止めてない』
『知ってたっぽくね?』
『あの人、予知能力とか?w』
『使い方間違ってる未来人』
……軽い。
軽すぎる。
――ピロン。
【失敗予報:ここで反応すると、燃えます】
……見ない。
スクロールを止める。
だが、通知は止まらない。
『知ってるなら言えよ』
『結果論でしょ』
『黙ってるの性格悪い』
……ほら来た。
「俺、何もしてないんだけど」
……いや。
何もしてないから、こうなってる。
――ピロン。
【失敗予報:この能力、説明しないと誤解されます】
……説明したら終わる。
――ピロン。
【失敗予報:説明しても、終わります】
……選択肢、地獄。
そのとき。
母が、ドア越しに言った。
「こういち」
「何」
「変なことに、巻き込まれてないよね?」
……優しさが、一番刺さる。
「大丈夫」
俺は、そう言った。
――ピロン。
【失敗予報:その“大丈夫”、信用されません】
……だよな。
母は、少し黙ってから言った。
「無理なら、逃げてもいいのよ」
逃げる。
……逃げられるか?
この能力から。
噂から。
期待から。
――ピロン。
【失敗予報:完全に逃げることは、できません】
……でしょうね。
夜。
布団に潜り、天井を見る。
……能力は、失敗を教える。
でも、教えてくれない。
黙った結果、
どれだけの“失敗”が生まれるかを。
……これ。
使えば使うほど、
周囲の期待が増える。
期待が増えれば、
黙ったときの罪も増える。
「最悪だな」
声に出す前で止めた。
沈黙。
――ピロン。
【失敗予報:でも、明日も選ぶことになります】
……分かってる。
成功は分からない。
正解も分からない。
でも――
……選ばないという選択だけは、
もう、俺一人の問題じゃなかった。
――――――――――
第5話 了




