第2話 教室は、失敗予定地です
遅刻カードを提出した瞬間、
俺の高校生活は、今日も平和に崩壊した。
「はい、席ついてー」
担任の声が、やけに優しい。
こういうときの優しさは、だいたい信用できない。
俺は教室のドアを開けた。
――ガラッ。
全視線、集中。
この一瞬の静寂。
人類が最初に恐怖を覚えたのは、たぶんこれだ。
「おはようございまーす」
言い切る前に、脳内が鳴った。
――ピロン。
【失敗予報:今の声量だと、教室が微妙な空気になります】
……もうなってる。
席に向かって歩き出す。
――ピロン。
【失敗予報:その歩き方、若干イキって見えます】
……普通だろ。
一歩、ぎこちなくなる。
――ピロン。
【失敗予報:今度は不審者です】
……どう歩けって言うんだ。
内心キレながら、なんとか席に到着する。
俺の前の席が、
幼なじみの――朝倉 ひなた。
こいつは、
朝から元気でうるさいタイプの人間だ。
「こういち! また遅刻?」
振り返りざま、満面の笑み。
――ピロン。
【失敗予報:正直に話すと、話が長引きます】
……詰んだ。
「いや、別に」
ひなたは目を細めた。
「その言い方、絶対なんかあるじゃん」
……ほら来た。
「ないない」
――ピロン。
【失敗予報:その否定、信じてもらえません】
……知ってる。
「ちょっと寝坊しただけだよ」
これなら無難だろ。
――ピロン。
【失敗予報:三割嘘。後で突っ込まれます】
……細かすぎる。
ひなたは、さらに身を乗り出してくる。
「え、寝坊以外にも理由あんの?」
「ないって」
――ピロン。
【失敗予報:声が裏返ります】
「裏返ってない」
「裏返ってたよ」
……もうダメだ。
俺は机に突っ伏した。
今日は何も喋らない。
そう決める。
――ピロン。
【失敗予報:無言キャラは似合いません】
……人格否定やめろ。
そのとき、横から声がした。
「朝から騒がしいですね」
落ち着いた声。
後ろの席。
白石 しおり。
美人。
知的。
クラスの空気清浄機。
――ピロン。
【失敗予報:ここで変な返しをすると、一生ネタにされます】
「おはよう」
無難中の無難。
――ピロン。
【失敗予報:特になし】
……よし。
俺は小さく頷いた。
しおりは首を傾げる。
「今、少し安心しました?」
「気のせいだ」
――ピロン。
【失敗予報:否定が早すぎ】
……くそ。
ひなたが、面白そうに割り込んでくる。
「ねえ、こういちさー」
嫌な予感がした。
「今日なんか変じゃない?」
変なのは世界だ。
「そんなことない」
――ピロン。
【失敗予報:説得力ゼロ】
……自覚はある。
チャイムが鳴る。
授業開始。
先生が板書を始めた瞬間、
俺は嫌な予感を覚えた。
……これ、授業中も鳴るのか?
――ピロン。
【失敗予報:今それを考えると、集中できません】
……もう遅い。
案の定、ノートが進まない。
シャーペンを持つ。
――ピロン。
【失敗予報:芯が折れます】
少し力を抜く。
――ピロン。
【失敗予報:今度は薄すぎて見えません】
……適量って概念はないのか。
消しゴムを落とす。
――ピロン。
【失敗予報:拾うとき、前屈みすぎ】
……誰に何を見せる気だ。
限界だった。
これ、日常で使う能力じゃない。
拷問だ。
でも――
ふと、気づく。
失敗は、全部
“選ぶ前”に通知されている。
つまり。
俺が選ばなければ、
失敗は起きない。
……選ばなければ。
俺はノートを閉じた。
今日は、
考えるのはやめだ。
失敗を避けて、
最低限、生き延びる。
それだけでいい。
そう決めた瞬間。
――ピロン。
【失敗予報:その生き方、後で後悔します】
……知るか。
俺は、天井を見上げた。
成功は分からない。
正解も分からない。
でも、
選ばないという選択だけは――
どうやら、
一番ダメらしい。
――――――――――
第2話 了




