第12話 期待が、なくなる前に
朝。
教室に入る。
……視線は、昨日よりさらに薄い。
――ピロン。
【失敗予報:今日は、効きすぎます】
……効きすぎるって何だよ。
席に着く。
ひなたが、ちらっとこっちを見る。
でも、すぐ前を向く。
……話しかけてこない。
――ピロン。
【失敗予報:この静けさ、安心ではありません】
……分かってる。
一時間目。
特に何も起きない。
二時間目。
それでも何も起きない。
……おかしい。
俺が何かしなくても、世界が回ってる。
――ピロン。
【失敗予報:今、油断すると反動が来ます】
……反動。
チャイム。
ホームルーム。
担任が入ってくる。
「連絡」
来た。
「来週の校内イベントの係、まだ決まってないクラスが多い」
……係。
「このクラスもだ」
担任は、黒板に書き始める。
「司会」
「準備」
「片付け」
「誘導」
……地味に重い。
担任が言う。
「今日決めるぞ」
教室が、わずかにざわつく。
「じゃあ、まず司会」
担任が黒板を叩く。
「誰かやるか?」
沈黙。
沈黙。
――ピロン。
【失敗予報:この沈黙、長引くと空気が腐ります】
……腐る。
誰も手を挙げない。
担任が笑ってごまかす。
「ま、いきなりは難しいか」
黒板にチョークで丸を描く。
「じゃあ推薦で」
来た。
「誰か、適任いるか?」
教室が、ゆっくり俺を見る。
名指しじゃない。
でも、流れが俺に寄る。
――ピロン。
【失敗予報:ここで目を逸らすと、逃げた扱いです】
……逃げてない。
参加しないだけだ。
隣の席の男子が、小声で言った。
「早坂とか・・・」
別の声。
「いや、最近そんな感じじゃなくね?」
……最近そんな感じ。
俺は、手を挙げない。
口も開かない。
沈黙。
――ピロン。
【失敗予報:今、黙ると後悔します】
……は?
後悔?
俺が?
誰が?
何に?
担任が首を傾げる。
「誰もいないなら、くじにするぞ」
ざわっ。
「えー」
「だる」
「運ゲーかよ」
……運ゲー。
その言葉が、妙に刺さる。
だって。
俺の能力も、ほぼ運ゲーだ。
失敗だけ通知。
成功は、知らない。
――ピロン。
【失敗予報:くじにすると、空気が悪くなります】
……空気、悪くなるよな。
俺は、息を吸った。
……言うのか?
言えば、参加になる。
言わなければ、後悔?
――ピロン。
【失敗予報:これは、あなたの想定外です】
……想定外。
しおりの言葉が、脳内で響く。
日常のどうでもいい判断で間違えろ。
取り繕うな。
言い訳するな。
……でも。
くじで揉めるのは、どうでもよくない。
ひなたが、手を挙げかけて止まる。
一瞬、俺を見る。
……期待してるんじゃない。
頼ってるんでもない。
ただ。
「前なら、早坂が何か言ってた」
そういう記憶が残ってるだけだ。
――ピロン。
【失敗予報:あなたが黙ると、誰かが“あなたのせい”にします】
……最悪。
担任が箱を出す。
割り箸を入れ始める。
「じゃあ、くじな」
ざわざわ。
「短いの引いたら司会な」
笑いが起きる。
でも、それは笑いじゃない。
逃げ道のない笑いだ。
――ピロン。
【失敗予報:今、止めれば揉めません】
……止めれば。
俺は、机の端を握った。
止める?
参加しないんじゃなかったのか?
でも。
止めなくていい揉め事って、何だ?
揉めてもいい日常って、何だ?
……分からない。
「先生」
声が出た。
教室が静まる。
担任が俺を見る。
「どうした、早坂」
――ピロン。
【失敗予報:言い切ると、役割が戻ります】
……言い切るな。
「・・・くじじゃなくて」
口に出す前の間。
「立候補、もう一回だけ聞きません?」
担任が眉を上げる。
「もう一回?」
「はい」
俺は視線を落としたまま続ける。
「くじだと、ちょっと・・・空気が悪くなりそうです」
担任は、少し考える。
「・・・確かにな」
教室が、小さく息を吐く。
「じゃあ、司会」
担任が言い直す。
「誰か、やってくれる人」
沈黙。
……変わらない。
――ピロン。
【失敗予報:結局、同じ場所に戻ります】
……だよな。
ひなたが手を挙げた。
「じゃ、私やる」
ざわっ。
「まじ?」
「ひなた強」
担任が助かった顔をする。
「朝倉、ありがとう」
ひなたは、さらっと言った。
「別に」
そして、俺を見ない。
見ないまま、続ける。
「でもさ」
ひなたの声が少し低い。
「誰もやらないの、空気悪いし」
教室が、静まる。
……空気悪い。
それを言うのは、ひなただ。
いつも明るい人間が言うと、重い。
担任が慌てて笑う。
「まあまあ」
「次、準備係」
担任が進める。
「誰か」
今度は数人が手を挙げる。
……決まる。
意外と決まる。
俺が何もしなくても。
なのに。
胸が軽くならない。
――ピロン。
【失敗予報:今、安心すると後で刺さります】
……刺さる。
ホームルームが終わる。
休み時間。
男子が俺の机に来る。
「早坂」
「何」
「さっきさ」
言い方が、柔らかい。
でも、柔らかいのが怖い。
「助かった」
……助かった。
「くじ、めんどかったし」
「ありがと」
言って、去っていく。
――ピロン。
【失敗予報:今の“ありがとう”、後で裏返ります】
……裏返る。
ひなたが、また少し遅れて来る。
「こういち」
「何?」
ひなたは、笑ってない。
「さっき」
言葉を選んでいる。
「別に責めたいわけじゃないんだけど」
またそれ。
「なんで、最後だけ言ったの?」
……最後だけ。
俺は、答えに詰まる。
――ピロン。
【失敗予報:ここで理由を説明すると、また期待が高まります】
……だよな。
「たまたま」
ひなたが眉をひそめる。
「たまたま?」
「うん」
「じゃあさ」
ひなたは、静かに言った。
「たまたまじゃないと、言わないの?」
……来た。
この苛立ち。
この距離。
期待がなくなった、その下にあるもの。
「早坂なら何とかする」
それが消えた瞬間に出てくる。
「なんで何とかしないの?」
という不満。
――ピロン。
【失敗予報:今、黙ると関係がずれます】
……ずれる。
俺は息を吐いた。
……戦略が、効いてる。
でも。
効き方が、嫌だ。
期待が減る。
代わりに、苛立ちが増える。
……想定してたか?
「分からない」
俺は言った。
「俺も、分からない」
ひなたは、少しだけ目を見開く。
「そっか」
それだけ言って、自分の席に戻った。
――ピロン。
【失敗予報:今の“そっか”、軽くありません】
……軽くないよな。
放課後の廊下。
しおりが隣に並ぶ。
「今日のホームルーム」
「見てた?」
「ええ」
しおりは、少しだけ迷う顔をした。
……迷う顔?
「早坂くん」
「何」
しおりは、いつもの調子で言いかけて止まる。
一拍。
「・・・苛立ちが出ましたね」
「出たな」
「想定してました?」
「してない」
俺は即答した。
しおりが、視線を落とす。
「・・・私も」
珍しい。
しおりが言葉を選んでいる。
――ピロン。
【失敗予報:この沈黙、今は必要です】
……珍しく役に立つ。
しおりが、ようやく言った。
「期待がなくなると、
“楽になる”、と思っていました」
「でも」
しおりは、苦く笑う。
「楽になる前に、不満が出る」
……そうだ。
俺は、胸の奥のざわつきを確かめる。
今日、俺は正解を避けた。
でも、正解を避けても、誰かの感情は避けられない。
――ピロン。
【失敗予報:あなたの戦略は、万能ではありません】
……知ってる。
「なあ、しおり」
「はい」
「これさ」
「続けられると思う?」
しおりは、即答しない。
珍しく、考えている。
「・・・続けるしかないと思います」
「でも」
しおりは、はっきり言った。
「次は、もっと目に見える反応が来ます」
――ピロン。
【失敗予報:はい】
……だろうな。
帰り道。
夕方。
影が長い。
……今日の失敗は、静かじゃなかった。
誰も怒鳴らなかった。
誰も爆発しなかった。
でも。
確かに、空気が一段冷えた。
俺は、歩きながら考える。
……俺は、参加しない。
でも。
参加しないって、誰かを黙らせることじゃない。
誰かの苛立ちを、消すことでもない。
じゃあ。
俺は、何を守ろうとしてる?
――ピロン。
【失敗予報:今その問いを放置すると、後で苦しくなります】
……分かってる。
でも。
今は、答えが出ない。
――――――――――
第12話 了




