第11話 最初の失敗は、静かだった
朝。
教室に入る。
……視線が、少し減っている。
――ピロン。
【失敗予報:今日は、試されます】
……だろうな。
席に着く。
ノートを開く。
……今日の目標。
間違える。
ただし、
派手にやらない。
取り繕わない。
言い訳しない。
……簡単そうで、一番難しいやつだ。
一時間目。
英語。
小テスト。
――ピロン。
【失敗予報:この単語、書き間違えます】
……来た。
正解は、分かってる。
……いつもなら。
今までなら。
ここで、直してた。
でも。
俺は、そのまま書いた。
間違えたまま。
ペンを置く。
心臓が、少し早い。
――ピロン。
【失敗予報:今、誰も気づいていません】
……静かすぎる。
テスト終了。
回収。
先生が、ざっと目を通す。
「・・・早坂」
呼ばれた。
――ピロン。
【失敗予報:軽い訂正で済みます】
……そうだな。
「ここ」
先生は、俺の答案を指す。
「単語、違うな」
「はい」
即答。
「直せば?」
……来た。
ここだ。
最初の分岐。
直すか。
直さないか。
――ピロン。
【失敗予報:直せば、元に戻ります】
……戻る。
「いえ」
俺は、首を振った。
「このままでいいです」
教室が、少しだけ静まる。
先生は、眉をひそめた。
「いいのか?」
「はい」
それだけ。
――ピロン。
【失敗予報:評価が下がります】
……知ってる。
先生は、少し考えてから言った。
「・・・分かった」
それだけだった。
拍子抜けするほど、あっさり。
席に戻る。
……終わり?
いや。
ここからだ。
休み時間。
朝倉ひなたが、近づいてきた。
「ねえ、こういち」
来た。
「今の、なんで直さなかったの?」
……まっすぐ来るな。
――ピロン。
【失敗予報:ここで照れ隠しをすると、疑われます】
……正直で。
「間違えたから、そのままにした」
ひなたは、目を丸くした。
「え?」
「いつもなら、なんとかするのに」
……そうだな。
――ピロン。
【失敗予報:過去形が、効いています】
……効いてる。
「今日は、しない」
俺は、それだけ言った。
ひなたは、少し考えてから笑った。
「そっか」
……それだけ?
拍子抜け。
だが。
――ピロン。
【失敗予報:ここから、評価が動きます】
……動く?
昼休み。
教室の端。
誰かが、ひそひそ話している。
「早坂、今日ミスってたよな」
「珍しくね?」
「なんか、ぼーっとしてた?」
……聞こえる。
でも。
責めじゃない。
観測だ。
――ピロン。
【失敗予報:今は、好奇心です】
……まだ、序盤か。
午後の数学。
黒板に、問題が書かれる。
先生が、チョークを置いて言った。
「この問題、分かる人」
何人かの手が、上がる。
……いつもなら。
無意識に、
俺も手を挙げていた。
今日は。
挙げない。
――ピロン。
【失敗予報:気づかれています】
……上等。
先生は、別の生徒を指す。
説明が始まる。
……何も起きない。
でも。
俺の中で、
何かが、静かに崩れていく。
放課後の廊下。
白石しおりが、並ぶ。
「やりましたね」
「・・・分かる?」
「ええ」
しおりは、静かに言った。
「最初の失敗は、誰も傷つけなかった」
……確かに。
「でも」
俺は、正直に言った。
「俺、怖かった」
しおりは、頷く。
「当然です」
「あなたは失敗を避け続けてきた」
「初めて失敗を選んだんですから」
……選んだ。
――ピロン。
【失敗予報:この感覚、忘れないでください】
……忘れない。
「なあ、しおり」
「はい」
「これで」
「参加してない、って言えるのか?」
しおりは、少し考えてから言った。
「まだ、半分です」
……半分。
「期待はすぐには消えません」
「でも」
「“この人は完璧じゃない”、
そう思わせる第一歩には、なりました」
……一歩。
帰り道。
夕方。
影が、長く伸びている。
……たった一問。
たった一つの単語。
それだけで。
世界の圧が、
ほんの少し、軽くなった。
――ピロン。
【失敗予報:ですが】
……またか。
【失敗予報:次は、もう少し踏み込みます】
……分かってる。
今日の失敗は、静かだった。
誰も怒らなかった。
誰も傷つかなかった。
でも。
確実に、
“期待の形”が崩れ始めている。
……明日は。
もう少し、はっきりと。
俺は、間違える側に立つ。
――――――――――
第11話 了




