第52話 自然界のことわり
アイススライム達と一緒にどんどん下って、山の麓まで来れた。
ワイルドベアはピスカの粉が効いたのか、諦めたのか、追ってくることはなかった。
ボロボロの看板のところで立ち止まると、アイススライム達がピョンピョン飛び跳ねる。
「ワイルドベア、諦めてくれたみたいでよかったね」
『……本当にそう思うか?』
私の言葉にラディウスが低く唸った。
呆れているわけでもなく、怒っているわけでもない。
だけど、どこか悲しそうな言い方に私は聞き返した。
「え……?もしかして違うの?」
『シーラよ。あの赤い粉も効果はあっただろう。
だがな、そこにアイススライムが何匹か残ったのだ。
シーラは逃げることに精一杯で、気がつかなかっただろうがな……』
補足してくれたアルゲオの声にも覇気がない。
言われてみれば、アイススライムの数が減っているように思える。
体温が下がってきて、全身がガタガタと震えだした。
「じ、じゃあ私達を逃がすために残ってくれたってこと!?
死んじゃうかもしれないのに!?」
思わず身を屈めて、アイススライム達にグッと顔を近づける。
彼等の纏う空気が冷たかったけど、そんなことはどうでもよかった。
アイススライム達は私の前にワラワラと集まってきて、元気づけるように何度も飛び跳ねる。
『ピキィッ!』
「でも、仲間が……」
『そもそもスライム達よ、何故我等を助けてくれたのだ?』
『お前に会う前に、コイツが石の下から数匹を助け出したんだよ。
恩返しってヤツじゃねぇか?』
ラディウスの言葉に賛同するように、スライム達が絶え間なく飛び跳ねた。
だけど、彼等の姿を見ていても気分は晴れない。
「確かに助けたけど……だからって命かけなくても……」
それ以上言葉が続かなかった。
鼻がツンとしてきて、視界が滲んでくる。
場の空気がしんみりしてきた時だった。
『ピキーーッ!!』
背後から高い鳴き声と、雪の上を滑るような音。
私の前に集まっていたスライム達が一斉にそちらに移動する。
思わず振り返ると、残っていたアイススライム達が滑り降りてきていた。
その数、全部で8匹。
『嘘ぉッ!?ワイルドベアと対峙して誰も欠けてないの!?』
『同感だ……。てっきり1匹ぐらいは、と思ってたんだが……』
アルゲオとラディウスの言葉に思わず頷いた。
彼等は少し欠けてたり、爪痕が入っている個体もいたけど、
全員無事みたいだ。
「ど、どうやって勝てたの?」
そう尋ねると戻ってきたスライム達は、先にいたスライム達に飛び跳ねて何かを伝えた。
それから、先にいたスライム達が数匹合体してワイルドベアの頭を作る。
そこに戻って来たスライム達が覆い被さった。
行動から察すると、呼吸ができないようにしたんだと思う。
「これって……」
『窒息死だな!うん、スライム達って怖い!』
『お前ドラゴンだろ。そんなに怖い怖い言うなよ。弱く見られたいのか?』
『見られたくないっ!』
『わかった……。少し口閉じてろ』
元気よく返事したアルゲオはガックリと頭を落とすと、そのまま私の上着のポケットに潜り込んできた。
ラディウスは小さくため息を吐くと、ポツリと呟く。
『今回はスライム共が欠けなかったから良かったが……。
何度もこういうことが起きると思うなよ、箱入り娘』
「うん、そうだね……」
自然界は都合よく進まない。
ラディウスの言う通りだ。運が良かっただけだと思う。
アイススライム達は私達の空気をわかっていないのか、仲間が戻ってきて嬉しいのか、ずっと飛び跳ねている。
彼等の姿を眺めていると、いつまでも暗い気持ちでいるわけにはいかないと思った。
「でも、ずっとしんみりしてるわけにもいかないよ。
みんな無事だったんだし。助けてくれてありがとう!」
『ピキーッ!!』
「みんなは恩返しのつもりかもしれないけど、本当にピンチを助けてもらったから。これ、上げる!」
革袋からカマードの実を2つ取り出して、近くにいるスライムの上にそっと乗せた。
赤い実を見たスライム達がピィピィと鳴き始める。
「喜んでくれてるのかな?」
『だと思うぜ』
『ピキィッ!!』
集団の中心にいるスライムが一段と大きく飛び跳ねた。
すると、それが合図だったのか、
スライム達がゾロゾロと木々の奥に向かってゆく。
「そっか。ここでお別れだね。
みんな〜、元気でね〜!!」
叫ぶと、彼等は返事の代わりに交代でピョンピョン飛び跳ねながら、姿を消していった。
「私達も帰ろう」
『ああ。とりあえずな』
ラディウスがぶっきらぼうに答える。
結局、アルゲオは町に戻るまで黙ったままだった。




