第51話 下山と遭遇
フィデス達と別れた私は、ラディウスを肩に乗せ、
アルゲオを上着のポケットに入れて慎重に雪道を下っていた。
寒いのか、それとも話題がないのか誰も1言も喋らない。
だけど、私はあることを思い出して口を開く。
「あ、そういえばアルゲオ」
『どうした、シーラよ?』
「今までに人間の子どもを助けたことある?」
『む?どうだったか……うーん……』
アルゲオがポケットの中でウンウン唸り出す。
何故か小刻みに体を揺らしていて、振動が伝わってきた。
私が聞いたのはアオトさんのこと。
会えたらお礼を言っておいてほしいと頼まれたことを、やっと思い出したからだ。
『人間の子ども……。あるような、ないような……』
「たぶん、10年ぐらい前だとは思うんだけど」
アオトさんの姿を思い浮かべながら言う。
年齢は私よりは上だけどまだ20代前後だと思った。
すると、ラディウスがダルそうに呟く。
『ああ……。あの案内人のこと言ってんのか、箱入り娘』
「うん……」
ラディウスがまだ「箱入り娘」と呼んでくることが、少し悲しかった。
だけど、まだ認められていない証拠なので、いつか名前で呼んでもらえるようになりたい。
『うーん、どうだったかなー。
我の手ぐらいの子どもなら助けたことあるかも……』
「本当!?」
『なんとなくではあるが』
「あのね、その人がアルゲオにお礼を言っておいてくれって言われたの。
助けてくれてありがとうって!」
興奮して叫び気味に言うと、アルゲオは体を揺らすのをやめた。
それからシミジミと言う。
『曖昧ではあるが……。ソイツの命を救ったのなら、その言葉を受け取っておこう』
「アルゲオって優しいんだね」
『ハーッハッハッ!基本子どもは助けるスタイルだからな!』
アルゲオが叫ぶとラディウスがため息を吐いた。
『変わってるな、お前。ドラゴンが他を助けるとか聞いたことねぇぞ』
『そうなのか?と言っても、散歩のついでである!我、散歩好きだし!』
『あー、はいはい』
ラディウスはつまらなそうに返すと口を閉ざしてしまった。
私を何度も助けてくれていることを言おうと思ったけど、
機嫌が悪くなりそうなので黙っておいた。
山の中間まで下った時だった。
この辺りは道周りが林になっているんだけど……。
右奥の方からパキパキと枝の折れる音が聞こえている。
「何の音かな?」
『雪崩……じゃねぇな。雪が流れてるわけじゃなさそうだ』
『雪崩だったら地面も揺れるぞ!……じゃあ何だ?』
「え?アルゲオ、わからないの?」
てっきり雪山のことは知り尽くしていると思っていたので、意外な発言にビックリした。
アルゲオがションボリしたように頭を下げて答える。
『普段、木々は我の眼下だからなあ……』
正体を確かめるために、思わず足を止めてしまった。
やがて、目の前の木々が大きく倒れて、ワイバーンより1回り小さな黒い獣が姿を見せる。
背丈は私の倍はあって、手足には大きな鋭い爪が生えている。
体格に似合わないつぶらな黄色い目が私達を捉えていた。
「も、もしかして、あれってワイルドベア……?」
『ハーッハッハッ!そんなもの、我のアイスブレスで氷漬けにしてくれる!』
アルゲオが自信満々に私の前に飛び出す。
勢いに乗って応援することにした。
「よ~し!!やっちゃえ、アルゲオ〜!!」
だけど、アルゲオはそのまま固まる。
そして気まずそうにクルリと振り返った。
『この姿だと、ブレス吐けないんだった……』
『そういや俺も光弾吐けねぇわ……。
そもそも口開かねぇし』
肩の上でラディウスが冷静に呟いた。
アルゲオへの期待感が一気に薄れて、体温が下がってくる。
「つ、つまり……?」
『ボヤッとしてねぇでとっとと下りるぞ!箱入り娘!』
「だよねぇっ!?」
できる限り早足で下る。
でも私は雪山に不慣れ。相手は慣れすぎているワイルドベア。
距離は離れるどころか、どんどん縮まってきている。
『追いつかれるぞ!箱入り娘!!』
「でもこれ以上早く走れないよ〜っ!!」
チラリと後ろを見ると、肉眼で十分捉えられる距離にワイルドベア。
ふと、姿勢を低くして前かがみになった。
『シーラよ!アイツ、飛びかかるつもりである!』
「えぇっ!?そんなこと言われてもっ……」
できる限り距離を広げたいけど、今から広げてもたかが知れている。
飛んでこられたらひとたまりもない。
その時だった。
足を踏ん張っていたワイルドベアが、頭から派手に転んだ。
雪煙が上がって、ズシンと重い音が辺りに響く。
「え?」
『雪に足を取られたか?』
『いや、ワイルドベアは雪山は大得意である!
そう簡単に足など――』
すると、アルゲオの声を遮って聞き覚えのある鳴き声が聞こえて、私達の前に水色の生物が現れた。
『ピキーッ!!』
「アイススライム!?」
驚いていると彼等は林の中からゾロゾロと出てきて、あっという間に私達の周りに集まった。
30匹ほどはいそうだ。
アルゲオがポケットから飛び出しそうな勢いで何度も跳ねる。
『そうか!理解したぞ!アイススライムに滑って転んだのだな!』
「助けてくれたの!?ありがとうっ!!」
『ピキーッ!』
お礼を言うと先頭のスライムが飛び跳ねる。
『おい、今のうちに逃げようぜ……。
アイツ、まだ起き上がれてねぇ』
「そうだった!あ、ちょっと待っててね!」
私は革袋の中から小さな革袋を取り出した。
アオトさんから貰ったもので、ピスカの実の粉が入っている。
それを私達とワイルドベアの中間に、半分ほど撒いた。
幸いこの辺りは風が弱いので、粉はその場に留まってくれている。
「よし、これで少しは足止めになるはず!
みんな、走るよ!」
『こんなところで野垂れ死にとか勘弁してほしいぜ!』
『ハーッハッハッ!同感である!』
「2人共座ってるだけなんだから、少し静かにしてて!」
ぬいぐるみだから仕方がないけど、何もできないのに叫んでいる彼等を見て、少しイラッとしてしまった。
『はーい……』
『ピキ……』
なぜかアイススライム達まで静かになってしまった。




