馬面仮面と王女
日はとうに落ち、ライラント王国の空は唯一面真っ黒な闇に覆われている。
星一つない夜だった。
「ひいっ!! ば、化け物だ!!」
いつもならば風の音だけしか聞こえない、そんなライラント城の目の前で、野太い男の情けない声が上がる。門の前には大柄の男たちが何人も集まり、闇の先にいる何者かと対峙していた。
「うろたえるなっ!!」
一人の男が、震える仲間を叱咤する。しかしその男の声もまた震えていた。
無理もない。そもそもこのライラント王国は商業の国。人が集まるこの国に、魔物が現れることなどまず無いのである。ライラント王国建国以来、領内に、それもライラント城の目前に怪物が現れることなど一度も無かったし、一度だってあってはならないことなのだ。
と、それまで動きの無かった何者かが、一歩男達の前に歩を進める。
身体は華奢な娘そのもの。人間の娘と全く変わらない細身の体が、夜の闇にも勝る漆黒のドレスを纏っている。
「ひっ……!!」
男達と何者かの距離が縮まったことで、男達の中から小さな悲鳴が漏れる。
そんなことはお構いなしで一歩、また一歩と何者かは近づいてくる。理性の欠片も見られない、そもそも精気すら感じない濁ったガラス玉の様な眼、妙に薄黒い縮れた鬣。薄茶色の肌と巨大な耳……。
気味の悪い馬面をした奇妙な化け物が太い剣を持って、男達へとにじり寄ってくる。
「敵は一匹だ。かかれっ!!」
わっと男達は声を上げると、各々の武器を構えてその化け物へと向かって行った。
***
「……思った通り! 裏の出入り口は警備が疎かになってるわ」
ティアは眠そうに立っている警備の男を見て小さく歓声を上げた。
「さ、狼っ!! あなたの出番よっ。チャチャっとやっつけてきちゃいなさい!」
「……狼、って誰の事なんでしょうかねぇ……ティアさん?」
ひきつった笑みで、ティアを睨みつけるという、不思議な顔をするレシアム。そんなレシアムに本当に不愉快そうに顔を顰めるとティアは吐き捨てるように言った。
「……行け、犬」
「………………てめぇ」
お互いに無言で睨みあう。気の弱い者が彼らの瞳を見てしまったら、それだけで死んでしまうのではないかという殺気の籠った目で。もはや、計画の事など頭から吹っ飛んでいた。
「ずっと思っていたんですよ……あなたとはそりが合わないってね」
「……あら? ほんと? 実は私も思ってたの、死ねばいいのにって」
もはや彼らに言葉はいらない。
暗闇の中、二人は無言のまま子供のように取っ組み合いを始めてしまう。
幸いなのは、警備の眠そうな男が、このそろっておバカな勇者のお供に気がつかなかったところであろうか。
***
「ぎゃあああああっ!!」
「……そんな馬鹿なっ……」
次々と化け物の振り回す剣になぎ倒されていく警備兵達。
明らかに体格も数もこちらの方が有利なのに、なぜか勝てない。剣を重たそうにしているところを見ると、化け物の力がこちらよりも優れているとも思えない。
だというのに、なぜ勝てない?
警備の一人、先程仲間達を叱咤した男は、逃げ出したい気持ちを必死で抑えながら剣を構える。一瞬でもあの化け物の隙をつくことができれば、そうすればあるいは……。
「死ねぇええええっ!!」
「でやあああああああっ!!」
男がそこまで考えていた所で、死に物狂いで二人の仲間が怪物に襲いかかる。
変わらず簡単に避けられてしまうが、その攻撃に怪物がバランスを崩したようで、身体が後ろに傾く。
今だ!
考えるよりも先に体が動いていた。
城を守るために鍛えてきた腕にしっかりと握った剣を、化け物の馬面めがけて突き出す。
妙な感触と共に、化け物の顔に剣が刺さる。
「や、やったっ!!」
一瞬、男の中で喜びが込み上げてくるが、直後、皮が剥けるように怪物の馬面がずるりと身体から離れるのを見て、いや、あるいは化け物の本当の姿を見てなのか……どちらにせよ男は驚愕した。
「…………残念だったな」
男の視界で長い黒髪が舞い、その後真っ暗になった。
あけましておめでとうございます。
そしてお久しぶりです。
久しぶりすぎてほんとに忘れたなぁ……
最後の方は急いで書いたんでちょっとおかしいかもしれません。




