油断、出費、誘拐?
《前回からのあらすじ》
エルフ族の里を無事に討伐したレイミール御一行は、ライラント王国へとやってきたので御座います。
「……随分と活気がある場所ではないか」
ライラント王国へ入国を済ませたレイミール達を出迎えたのは活気あふれる城下町。遠くには空に浮かぶ雲のように白いライラント城がそびえ立っており、今日の雲ひとつない晴天の空にその白が良く映えている。
そんな、城の元にはこれでもかと言うほどに店がひしめきあい、多くの人間が道を行き来する。下手をしたらその人ごみに自分達まで流されてしまいそうだと感じさせるほどなのだ…… あちらこちらで客を呼ぶ店員の声が響いている。
と、不意に、城下町に美しい鐘の音が響き渡った。音の方へ目を向ければ、城の先端に吊るされた青銅で作られたと思しき鐘が左右に振れている。
「……美しい音色だな」
遠くで鳴る鐘の音に耳を傾けていたレイミールの呟きにティアが口を開く。
「聞いた話だと、旅人や村の人達に時間を知らせる役割があるようですよ、鐘の音が毎回変わるみたいですね」
なるほど、かなり凝った作りの鐘の様だ。レイミールは鳴り止んだ鐘から目を離し、賑やかな城下町を見渡す。とりあえずは宿探しだろうか……
「あ、勇者様……私、少し店を見て回りたいのですが……」
考え込んでいたレイミールの耳に遠慮気味なティアの声が届いた。一旦思考を切り上げてティアの方へと目を向けたレイミールへ、レシアムとマリアもティアに続けとばかりに口を開く。
「あ……出来れば自分もちょっと行きたいところが……」
「私も少しこの街の様子を見て回りたいです!! 勇者様……ここは一先ず、自由行動……というのはいかがでしょうか?」
きらきらと目を輝かせながらそんな提案を出すマリア。自分の知らない物が沢山あるこの場所は、箱入り娘だった彼女の好奇心を大いに刺激するのだろう。
それは良いとして……流石に世間を知らないお嬢様に一人で歩かせるのは危険ではないだろうか……まあ、レイミールが言えた立場ではないのだが。
「……それでも構わないが……流石にマリア、お前を一人にするのはまずい。私も付き合おう」
「はいっ」
「じゃあ、次の鐘が鳴ったらこの場所に戻ってくると言うことで……良いですね?」
ティアの提案に皆は軽く頷いた。
***
あっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ……
先程から嬉しそうに町の様子を眺めるマリアの少し後ろをレイミールは歩いている。その様子を見ているだけでも面白いのだが、この町自体の活気もそう悪い物ではない。
「……あまりはしゃぎすぎるなよ、マリア」
「分かってますよ。 もう、子供じゃないんですから!!」
レイミールの軽口にむうと頬を膨らませるマリア。こちらを睨んでいるつもりなのだろうが、全く脅威を感じさせない。むしろそんなマリアの表情に、近くを通る一部の村人達は頬を朱に染めている。
しばらく睨んでいたマリアであったが、彼女の態度は店に並ぶ商品に気を取られることでコロッと変わることになる。
「あっ!! 見てください勇者様!! あれなんでしょう!?」
はやく、はやく!! とレイミールを急かしながら店へと走って行くマリア。太陽のように表情を輝かせるマリアを眩しい物でも見るかのようにレイミールは目を細めた。
「…………はしゃぐなと言っているだろうが」
レイミールの制止も聞かずに、一軒の出店に走り寄って行ったマリア。その店の店主と何やら話しながら熱心に品物を見つめている。一体何をそんなに気になる物があるのだろうかと背後から覗いてみると、マリアが一枚のカードを手に取りながら目を輝かせていた。
「どうした?」
「コレすごいんですよ!! 何もしてないのに絵柄が変わるんですよ!?」
何もしてないのにカードの絵柄が変わるわけがないと思うのだが……
マリアの持ったカードを良く見ようとそれに手を伸ばすが、レイミールの手がカードへと届く前に、店の店主がマリアの手からカードをすっと抜き取った。
「おっと、あんまりじろじろ見られちゃ困るね。で、お客さん……この魔法のカード買うのかね、買わないのかね?」
名前からして胡散臭そうな商品にレイミールは冷ややかな視線を送る。マリアはというと本気で買おうかどうか悩んでいるようだ。
小さくため息を吐いたレイミールの態度が気にくわなかったのか、店主は敏感にそれに反応する。
「むっ? そっちのお嬢さんは信じてないようだが……これは古代の魔女の魔術が掛けられた、貴重なカード。常にその絵柄を変化させるといわれる魔法のカードなんですぜ?」
だからなんだという代物だ。
古代魔女だか何だか知らないが、そういうことは袖に忍ばせた数枚のカードをこちらに見せないようにしながら言って欲しいものだ。恐らく、袖に入れたカードとこっそり入れ替えてあたかも違う絵柄にカードが変わったと、思わせているのだろう。
「……あいにく私はそう言った者に興味が無いのでな……マリア」
「店主さん!! 他には!? 他には何かないんでしょうか?」
行くぞ、と言おうとしたレイミールの言葉は他でも無いマリアに遮られる。もはや周りの言葉など今のマリアの耳には入っていないのだろう。
「おっ……そうだねぇ、んじゃあ、この水晶玉なんかどうだい?」
「…そ、それは一体何ができるんですか?」
「ははっ、まあ、そう慌てなさんな。良く見ていろよ?これはな―――」
もはやレイミールには付いていけない。どうせあの水晶も唯のガラス玉だ。
マリアの気が済むまで…………にはひどく時間がかかりそうである。もともと水晶玉になど興味のないレイミールは店主の説明を聞きながら熱心に水晶玉を見つめるマリアから視線を外すと遠くに見えるライラント城を眺める。
鐘が鳴りそうな雰囲気はまだ無い。
「…………?」
どうしたものか…… といういつもの思考の渦に落ちかけていたレイミールの目に一つの面が飛び込んでくる。それはマリア達のいる店の向かいに広がる店。面を専門に取り扱っているのかレイミールの目に飛び込んできた面以外にも様々な面が店の商品として出されている。
ちらりとマリアに視線を戻すと今度は水晶ではなく四角い箱が店主とマリアの間に置かれている。いつの間にか話題は変わっていたのだ。まだ、マリアと店主の会話は終わりそうにない。…………少しの暇つぶしくらいにはなるだろうか。
歩いて十歩と離れていない面の店にレイミールは入ることにした。ただ、ぼーっと待っているのも釈然としないものがある。店の距離も近いからマリアを見失うこともないだろう。
「いらっしゃいませ」
黒い布をかぶった先程の手品師とは別の意味で怪しい店主がレイミールを迎える。それに返事をすること無く、彼女は先程目に付いた面を手にとって良く見る。
どうやって作ったのかは知らないが、すっぽりと頭からかぶるような形をした馬の面は随分とリアリティがある。
「……お気に召しましたか? それは本物の馬の頭の皮を剥いで作った物でございます」
独り言のような店主の説明に、レイミールはそっと手に取った馬の面を戻した。
レイミールが面を戻したのを見て、黒布で顔を覆った店主は座っていた椅子からゆっくりと腰を上げる。
「……どのような物をお探しでしょうか……」
「……いや、私の知り合いに面好きの者がいてな、…………手頃な物を探しているのだ」
八割口から出まかせである。確かに面をかぶった知り合いはいるが、面好きかどうかは知らないし、この店に来たのもただの暇つぶしだ。要するに冷やかしである。
「ほう……左様でございますか。 ではこの面はいかがでしょうか?」
店主の差し出してきた面は鉄でできた面。悪魔のように尖った耳とこけた頬の奇妙な顔をしたものだ。……こんな気味の悪い面を買うぐらいなら、先程の馬の面がいくらかましである。
「……いくらだ?」
「銀貨二十枚でございます」
気味が悪い挙句……高いと来た。レイミールに面を買う気など、さらさらないが買うまではこの店を離れさせてはもらえなさそうである……
この店での時間つぶしを早々に諦めたレイミールは、店主の差し出す気味わるい高額の面を押し返すように先程の馬の面を店員へずいと差し出した。
「これをもらおう……」
「はい……そちらは銀貨一枚でございます」
銀貨一枚。こんな下らないものに使ってしまったのはレイミールにとってはなはだ遺憾だが、この店主と面について語らう気は毛頭ない。さっさと退散してマリアの元に帰ろうと向かいの店へと振り返る。
と、先程まで熱心に店主の話を聞いていたマリアの姿が見えない。
しかも店自体が綺麗に畳まれてしまっているのだ。レイミールの眉尻が吊り上げる。
「……次から次へと面倒事か」




