再び劫火
「貴様っ!!」
ボロボロの格好で地面に突っ伏した大公に、レイミールはどこから持ってきたのかエルフの里の兵士達が使う剣を一本……その背中へと押し当てている。
不敵な笑みを浮かべるレイミールを、火の付くような勢いでフェリアスは睨みつけながら、ゆっくりとしたい動きで、地面に落した自分の剣を手に取った。
「……大公様に一体何をした? なぜ貴様ら人間はこのように、ひどいことが平気で行えるのだ!?」
静かだが、確かに怒りの感情が籠ったフェリアスの言葉に、レイミールは浮かべた笑みをさらに深くする。冷酷王女などと呼ばれるほどに感情の起伏が全く見られなかったレイミールがこれほどの笑み(ちょっと笑っている、ぐらいなのだが)を浮かべるのは、そうあるものではない。彼女を知る者が見たらその異常さに腰を抜かすかもしれない。
「ひどい? ……何がだ?」
「っ……野蛮な人間にはこれがひどいことではないと言うのか!?」
「……うむ、そうだな。 ただ、……それは人間に限ったことではないと思うがな」
何か含みを持ったレイミールの言葉にフェリアスは無言のまま表情を曇らせるだけ。手に持った剣はいつでもレイミールに斬りかかれるように構えられている。フェリアスから向けられる殺気に、レイミールは笑みを浮かべたまま、大公の背中に押し当てていた剣に力を込めた。
と、途端に大公は苦しそうな呻き声を上げる。
「なっ!! 大公様っ!!」
慌てるフェリアスに、愉快そうに笑みを浮かべるレイミールは静かに口を開いた。
「フフン……私は短気でね……」
言外に剣を下ろさないと、大公の命は無いと言っているレイミールにフェリアスは苦悶の表情を浮かべながらゆっくりと剣の構えを解いた。
「……一体貴様は何がしたいんだ……」
フェリアスは額に浮かぶ汗を拭うこともしないで、目の前の人間へと問う。里を焼き払い、大公に手を出した彼女が一体何をしたいのか……さっぱりわからない。
「……別に何もない、が……強いて言うならばそこで間抜け顔を曝して眠りこけている者達を連れ戻しに来たのだ」
「!! 貴様っ……この人間共の仲間だったのか!?」
「……別になりたくてなったわけではないのだがな」
驚愕の事実に、フェリアスは目を丸くする。この目の前の人間は仲間を助けるためにこのエルフの里を焼き払ったと言うのだろうか…………それではまるで……
「っ!! ……だが仮に、仲間を助けるためだったとしても我々エルフ族の里を焼き払った貴様を許すことはできない!!」
ああ、……と、自分の言葉でフェリアスは自覚してしまう。自分は、復讐だの何だのと理由を付けて人間達を恨んでいたが、結局それは自分らの勝手な言い分に過ぎなかったのではないだろうか……と。自分の父や仲間を殺した人間をただ、野蛮で粗悪な獣にも劣る者としか思っていなかったが……彼らにもそれなりの理由があったのではないだろうか。
しかし……何が理由であれ、フェリアスは人間を許せはしない。父を、母を、……エルフ族の仲間を、殺した人間が憎くて憎くてたまらない。それだけ、それ以外には何もない……ただ、純粋に殺してやりたいのだ、……自分から父や母を、仲間を奪った人間達を……
ふっと小さく目の前の人間は呆れたように笑った。
「……別に許しなど請うつもりはない……ただ」
レイミールが言葉を区切ったことで、妙な間が生まれた。レイミールは、無言でこちらを睨みつけてくるフェリアスを見据えて、ゆっくりと片手で剣を構える。
空いた方の手を、腰に当てると、レイミールは言葉を続ける。
「……貴様としても、このままでは目覚めが悪いだろうと思ってな。決着を付けてやろう」
「……卑怯な人間の事だから、大公様を盾に私を嬲るものだとばかり思っていたが……後悔するなよ?」
フェリアスはニヤリと口に弧を作ると、殺気を放ちながら、自分の剣を構える。しばらくの間……二人は睨み合った。 そうしてから突然それは始まった。
先に動いたのはフェリアス。抜群の瞬発力で、一瞬にしてレイミールとの距離を詰めると、両の手で持った剣を思い切り振り下ろす。
しかし、それを予想していたかのようにフェリアスの一閃は、簡単にレイミールの剣で防がれた。両の手で力任せに振り下ろした剣を片手で持った剣で防がれるとは、少しばかり予想外である。フェリアスは眉間にしわを寄せると、レイミールと距離を取った。
「……相変わらず、人間のくせに常識外れな奴だ……」
そんな小言を溢しながら、ふと、レイミールを見やるといつの間にか彼女の姿が消えている。すかさず警戒の体勢を取ろうとしたフェリアスの耳を、心底冷たい声が貫いた。
「一つ言い忘れていたが
私は人ではないぞ」
背後から聞こえたその声の主に、フェリアスが振り返ることはなかった。
***
…………ペシッ
何やら、頬に痛みが走る。少しだけ意識が覚醒してきた頃に、一際強烈な衝撃がレシアムの頬に走った。たまらずレシアムは悲鳴を上げる。
「痛いっ!!!」
思いっきり体を起こして目を見開くと、すぐ目の前にこちらを覗きこむ勇者の顔があって、慌ててレシアムは仰け反った。
あともう少し体を起こしていたら…………いや、止めておこう。
レシアムは少しだけ自分が想像してしまったことを、勢い良く打ち消した。こちらをまだ見下ろしてくる勇者にレシアムは一体何かと聞いてみる。思えば、長らく意識が飛んでいたような……
「って!? ここどこですか!!」
辺りを見回してみると、自分のすぐ脇にティアとマリアが転がっている。意識を失っているようだ。そして、レイミールの背後には黒い煙を上げて燃えていく森。
幸い、自分達は森から脱出出来ているようで森を抜けた草原地帯にいる。……何だか前にもこのような景色を見たような…………
「何でしょうか……このデジャビュは……」
レシアムが呆然と燃える森を眺めている間に、バチンと何かを叩く音が辺りに響いた。その後に二つの小さな悲鳴が聞こえてくる。
どうやらティアとマリアも気を取り戻したようだ。
「あれ?ここ……どこ?」
寝ぼけ眼のティアを腕を組んだレイミールが見下ろしながら口を開く。
「ここは、エルフの森の外だ」
何だかだんだんレシアムの記憶が鮮明になってくる。確か……エルフの里に近づいて行った時に、忘れ物を取りに行くとかで……そしたらその後……
「あああああ!! 思い出しましたよ!! そう言えば勇者様が忘れ物を取りに戻った後、エルフ族につかまって……って、何で今エルフの里の外にいるんですか!? そして何で森が燃えてるんですか!?」
頭を抱えながら混乱しているレシアムに、レイミールは説明を…………しなかった。
面倒だからである。
「まあ、良いじゃない。結果的にエルフ討伐も、済んだことだし、森も抜けられたんだし」
混乱するレシアムを、若干身を引きながらなだめるティア。……それだけなのだが、やはり二人がそろうと喧しい。
「な、なんで!? なんでなんでなん? ですか!!!」
「ちょっ!! いい加減にしなさいよ!! あと使い方へんよ、それ」
辺りはすっかり暗くなって、空には丸い月が星達と共に浮かんでいる。ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人をいつものようにニコニコしながら見つめているマリアへレイミールはずっと持っていた疑問を投げかけた。
「マリア……一つ良いか?」
「はい、何ですか? 勇者様」
「……いや、大したことではないのだが……結局エルフと人が争っていた理由とは何なのか……王の娘であるお前は知っているのか?」
レイミールの問いに、マリアは笑みを崩さないまま頷いた。
「はい、昔お父様に聞いたことがあります。確か、多くの町や村を襲っていた人の賊集団がエルフ族の里にも手を出したとかで……結局賊は討伐されたのですが、それからなんだか人とエルフはいがみ合うようになったみたいです。………………あ、そう言えば、まだ言ってませんでしたね」
「?」
「勇者様、凶悪なエルフ族から私達三人を救ってくださってありがとうございます」
争いと言う物は元をたどると、案外大したことが無かったりするものだ。第三者から見るとこれだけで……と思うことが多々ある。 しかし、まあ……詰まる所、結局は当事者が納得できれば何でもいいのだ。どんな手段でその争いを解決するのか、それは当事者たちが決める。ケーキを取り合う子供がじゃんけんをする……それと同じだ。
要は、勝者がケーキを食べ、敗者は指をくわえてそれを見ているだけ……規模が大きかろうが小さかろうが結局争いとはこれに尽きる。
「…………これからはあまり世話を焼かせてくれるな」
無理矢理完!!




