犯罪者の王女
レイミールの手からカラリと剣が音を立てて地面に落ちる。
彼女の肩口には深い斬り傷があり、そこからは真っ赤な血が流れ出ていた。息こそ乱れていないものの、表情には疲れが見える。
彼女の近くにはすでに事切れたエルフの里の兵士達が何人も地面に転がっていた。その中には団長も含まれている。火葬にしていた二人の兵士からあがる炎はいつの間にか森の木に燃え移り、辺りを赤く照らしていた。
***
里の警備に当たる兵士達の統率を任されていたフェリアスの元に一つの知らせが届く。知らせを届けにやってきた兵士の顔は焦りのせいか強張っていた。
「報告します!! 里周辺の森から火が上がっているとの報告が……」
「何!?」
森はエルフにとってかけがえのないものだ。それが燃えてしまうとなると、エルフの里は大混乱になるのは必至。…………火の扱いは十分に注意しているエルフ族が森で火を使うことなどあり得ない……この原因は十中八九あの人間のはずだ……
「……全く、あの人間は一体どこまで卑怯なのだ……」
いつもそうだ。人間と言うものはエルフ族の里を焼き払い、森を殺し、エルフを追いやってきた。だというのに未だにこのエルフの里に火を放つとは……たび重なる人間達の侵攻でめっきり少なくなった貴重な里だと言うのに……
「……消火活動だ!! 里の者達を集め皆で消火に当たるぞ!!」
団長も今頃はあの人間と対峙しているのだろうか……願わくば、森の加護があらんことを……
心の中で小さく祈りをささげたフェリアスは兵士を引き連れ火を消すために足を動かした。
すでに火は里にまで迫るほどの勢いであり、里の皆も何やら大変なことが起こっていることに気付きはじめている。黒い煙が空を覆い、太陽の光を遮っているせいだ。
しかし青々とした木々を燃料として轟々と勢い良く燃え盛る炎が里に近づいているせいで里は全く暗くは無い。里のエルフ達はいよいよ混乱しはじめる。皆家から慌てて出てくると四方八方へと逃げていってしまうのだ。こんな状況で消火活動など出来るものか、はなはだ疑問である……
必死になってエルフの民に消火を呼び掛ける里の兵士を、家の影に隠れながら冷たい漆黒の眼差しで眺める者が一人。普段ならばすぐに気付けるのだろうが、今は非常事態。民も兵士も彼女の存在には気が付いていないようだ。
彼女はきょろきょろとあたりを見回すと兵士が他所を向いている間に間近の家に侵入する。貴重品だけ持って慌てて家を後にしたのだろうか、家の中には乱雑に戸をあけられたタンスや道具箱が散乱しているだけだった。
彼女は転がっている道具箱や開け放たれたタンスの引き出しを覗きこむ。そうしているうちにようやく目的の物を見つけたのか、彼女は満足げにうっすらと目を細めた。
そこには小さな包帯が一つ転がっていた。
それを手に取った彼女は自分の肩にそれを無駄のない動きで巻いて行く。傷は見る見るうちに包帯に巻かれ塞がれ、流れ出す血も抑えられた。
包帯を巻き終わって空いた手を、彼女は顎に添えると小さく呟く。
「さて……これからどうしたものか……」
外ではエルフ達の発狂じみた悲鳴が聞こえる。このままこの里を逃げ出しても良いのだが、恐らくこの里のエルフ達に捉えられているであろう間抜け達は放っておくわけにはいかない。さっさと見つけたいところだが……一体どこにいるのだろうか。
外では未だに里の兵士が大きな声で皆に消火活動を呼び掛けている。だがその声に誰も足を止める者はいない。散々森に頼ってきたというのに、森に火が回るとただ泣き叫ぶしかできない里のエルフ達。ただ、里の皆に声をかけることしかしない無能な兵士……この者達が迅速に行動していればこそ、火も消せたのかもしれないがもう炎は里にまで到達してしまった。こうなっては消火は無理だろう。全てを燃やすまで火は止まらない。
家の小窓から外の様子を眺めていた彼女―――レイミールは口元に薄く笑みを浮かべた。
***
大公の安否を確認するため、フェリアスは里の中心部、大公と最後に分かれたパーティーの準備会場へとやってきていた。こんな状況だからすでに逃げているのだとは思うが、もしかしたら何らかの事情で逃げていない可能性も捨てきれない。
フェリアスは、どんどん里に広がって行く炎の中、声を張り上げて叫んだ。
「大公様!! いらっしゃいますか!?」
それに返事は無い。しばらく歩きながら、呼びかけを続けていくと、フェリアスは地面に転がる人影を見つけた。一瞬ぎょっとしたが、その地面に転がる者を見てフェリアスは安堵する。
捕えてきた人間だ。この炎の中、未だに目を覚ますことなく間抜けに寝転がっている人間を侮蔑の籠った瞳でフェリアスは見下ろした。見れば見るほど過去の記憶が蘇り心の奥底から黒いドロドロとした何かが込み上げてくる。
……殺してしまおうか……
放っておいてもどうせ炎に包まれて焼け死ぬだろうが……今ここで自分が手を下せばこの何かモヤモヤとした感情が薄まるような気がする。人間に部下を殺されたばかりか、エルフ族の象徴でもある森に火を付けられた今……あの黒いドレスを身に纏った人間の代わりといってはなんだが、人間を殺したくて殺したくて仕方がない。
こんな風に溢れ出す自分の感情がフェリアス自身、大嫌いである。なんだか自分が理性のない狂った獣―――まるであの時、両親を殺した人間のような―――になってしまったように感じるからだ。
だが、とフェリアスは自分に言い聞かせるように思い直す。
自分と人間達とでは全く状況が違う。あの様に野蛮で狂った人間達とは違って自分は両親や仲間の仇討ちだ。たとえ結果が人間達のすることと同じになってたとしても、違う筈なのだ。……いや、違う。
縛られた人間を見下ろしながら腰にさしていた剣をフェリアスは鞘から抜く。無言のままそれを持ちあげ重い霧振りかぶった時、彼女の耳に小さな呻き声が聞こえた。
ピタリとフェリアスは動きを止める。消え入りそうな呻き声は、この里の者ならだれもが知っている人物の声だ。……そして、フェリアスがここへと戻ってきた理由……
「……大公様!?」
驚きから、剣を勢い良く地面に落してしまったフェリアスだがそんなことは気にも留めず彼女は声の聞こえた方へ顔を向けた。 果たして彼女の目的の人物、里の大公と仰がれる老エルフの姿がフェリアスの目に飛び込んできた。……のだが、あまりにも変わり果てた大公の姿にフェリアスは息を呑む。と同時に表情を厳しくさせた。
地面にボロボロになって倒れた大公のすぐ側、フェリアスの部下の仇が佇んでいた。
作るの時間かかった~……
にしても放火、殺人、住居侵入、盗難、暴行、…………理由はあるんだけどね




