《脳味噌博士の正体》
「脳味噌博士?」
その場にいる者全員が魔王の言葉を反復した。
「そそ、魔王城の地下だったかな……そこに物知り博士がいるからそいつに聞けばレイミールの居場所くらい簡単にわかんじゃないのぉ?」
おしぼりで手を拭きながら、魔王はすくりと立ち上がる。手を拭き終わると、おしぼりをくしゃりと丸め、大げさな動きで畳に向かって放り投げた魔王は上機嫌に口を開いた。
「んじゃ、今から案内するからついてきんしゃい」
魔王の言葉で皆がおもむろに腰を上げる。その時、先程の執事服を着た男が突然襖を開けて魔王の間へと入ってくる。
「魔王様、残念ですが魔王様には御仕事が残っております。 私めが案内を務めさせていただきましょう」
「え? ヤダよ……何で仕事なんか……」
明らかに嫌そうな声でそう呟いた魔王は目の前で頭を下げる執事服の側近から一歩身を引いた。すると、いつの間に近づいてきていたのか、フードをかぶった屈強な体を持った魔物が魔王を後ろから羽交い締めにする。
「何する!! ばかぁ!!」
魔王は困惑の声を上げながら拘束を解こうともがいた。しかし、ひょろひょろと背ばかり高くて華奢な体つきの魔王が、巨体でがっしりと体中に筋肉が付いているような魔物に腕力でかなうはずもない。
そのままずるずると引きずられて行く。
「ちょっ!! ひやぁああ!! 犯されるうぅ!!」
訳のわからない悲鳴を上げたのも空しく、ずるずる引っ張られた魔王は魔王の間から消えていった。どう反応してよいか分からない一同に、それまで腰を折って魔王を見送っていた執事服の側近は頭を上げると何事もなかったかのように口を開いた。
「では、今から博士の研究室へ皆様をご案内させていただきます」
***
何だか温かみのある魔王の間から一転、じめじめとした薄暗い廊下をソフィア達は歩かされ、今では鉄でできた巨大な扉の前に立たされていた。
「ここが……その脳味噌博士の研究室なのか?」
あまり入りたくなさそうな顔で呟いたソフィアに、執事服の側近はこくりと頷いた。
「正しくは、ノウン・ミシェール博士で御座います。非常に気難しい方ではありますが、その研究は確かにすばらしいものですよ」
「そ、そうなのか……」
執事服の側近は鉄の扉を軽くノックして、中にいるノウン・ミシェール博士とやらに声をかける。 しかし、返事は無い。
「おかしいですね……博士? ノウン・ミシェール博士!?」
ガンガンと側近が扉を叩く。最早ノックとは言えない叩き方だが、中からは返事は無かった。 仕方がない、と小さく呟いた側近は服のポケットからいくつもの鍵が付いたリングを取り出す。その中から一本銀色の光を放つ鍵を抜き取ると、鉄の扉に付いたドアノブの穴にそれを差し込んで彼は鍵を開けてしまった。
「さ、どうぞ」
重厚な音を響かせて側近は扉を開いた。勝手に開けて、そして勝手に入って良いのだろうか?ソフィアは側にいるバルジャックの背を強く押した。
「な、何ですか?」
「お前がまず先に行け……別に怖いから様子を見に行かせようとか思ってるわけじゃないぞ!?」
早口で捲し立てられたバルジャックは、ソフィアの言葉に妙に引っかかるものを感じながら恐る恐る薄暗い研究室の中へと入って行った。
しばらく、辺りに沈黙が訪れる。と、それからほんの少しもたたないうちに中からバルジャックの情けない悲鳴が聞こえてきた。とたんにソフィアは顔を青ざめる。
無意識のうちにソフィアは素早くエミリアの背後にまわり彼女の服の端をぎゅっと握りしめる。 エミリアは無表情のまま扉を開いている側近へと口を開いた。
「失礼ですが、危険は無いのでしょうか?」
「はい。気難しい方ではありますが、危険は無いと存じ上げております」
非常に怪しいが、このままでは埒が明かない。とりあえずは研究室に入ろうと思うのだが、その前にエミリアは自分の背後で縮込まっているソフィアに話しかける。
「ソフィア様、とにかく博士にあうには研究室に入らなければならない様ですが、いかがいたしましょう? ここで待っていただいてもよろしいですよ?」
「い、いや!! 私も行く!!」
かすかに体が震えているがそれを隠すように大きな声を上げるとズンズンと研究室に入って行くソフィア。もちろんソフィアの手は未だにエミリアの服をがっちりと握りしめているからエミリアも自然にそれについて行く形になった。
研究室の中は妙に薄暗い。しかも埃っぽいだけでなく、何かの薬品の臭いが辺りに充満しているためとてもじゃないがあまり長くは居たく無い場所だ。
しばらく進むと、腸が取りだされた小さな魔物が妙な液体の入った瓶に詰められている物が沢山棚に並んでいるのをエミリアは見つける。ちょっとだけソフィアの方へと目を向けると、ギュッと目を瞑りながら歩いている。幸いにもこの瓶達には気がついてはいないようだ。
まぁ、転ばなければいいのだが……
「わっ!!」
そう思っていると、案の定先に歩いていたソフィアが何かにつまずいて体勢を崩した。
ソフィアが完全に倒れ込む前にエミリアはソフィアが転ばないように彼女へと手を伸ばして支える。
「す、すまないな。……にしても、一体これはなんだ?」
足元はかなり暗くてよく分からないがソフィアの足元にずっしりと重たい何かがあるのは間違いない。これにソフィアは躓いてしまったのだから。ちょっとだけソフィアは足でそれをつついてみる。と、かすかにだがそれが動いたように感じた。
生き物なのだろうか? …………何にしても気持ちが悪い。
と突如、機械的な音がして急にソフィア達のいる場所だけが明るくなる。目を刺すような光にソフィアもエミリアも目を細めるが足元にある物の正体を見て驚きのあまり目を見開いた。
それは、だらしなく口を半開きにして気を失っているバルジャックだったのだ。何があったのか知らないが白目を向いて倒れているところを見ると余程の事件があったのかもしれない。
「全く……人の顔を見て気絶するとは、失礼な方ですよ……全く」
コツコツと誰かの足音とともに酷く落ち着き払った男の声が研究室に響く。それまでバルジャックを見下ろしていた二人は反射的にそちらへと顔を向けてしまう。
研究室の暗闇からソフィア達の前にやってきたことで、光が声の主の正体を明らかにする。気持ちが悪いくらいに真っ白な白衣に身を包んだ彼を見てソフィアは言葉を失ってしまった。
脳味噌なのだ。…………体は人間の様な何の変哲もない四肢なのだが、頭が巨大な脳味噌なのだ。巨大な脳味噌がむき出しで、本来頭のあるべき位置に居座っている。
この後ソフィアは言葉だけでなく意識も失った。
息抜き息抜き……




