賊討伐と怒りの鉄槌
レイミールは道具袋から、小さなマッチ箱を取り出した。彼女がマッチを擦るとそこから乾いた擦れる音がして小さな火が付く。兵士の亡骸にそれを投げ捨てるとまた新しいマッチに火を付ける。それを何度か繰り返していくうちに火は勢いよく二人の兵士の体を燃やし始めた。
***
荒い息使いをしながらフェリアスは里へと戻ってくる。里では皆が明日の準備に励んでいた。それを視界の端に捉えながら、大公と団長の元へやってきたフェリアスは息を整える間もなく口を開く。
「報告っ!! 敵の力は我々の想像をはるかに超えています。この里に被害を出さないためにも今すぐ兵士を集めてください!!」
ボロボロのフェリアスを見てそれまでにこやかに話をしていた大公と団長は顔を顰める。副団長を含め三人もの里の兵士が一人の人間を連れてくることができなかったとなると相当敵は強力だ。しかも彼女の部下の姿が見えず、副団長も満身創痍な様子……恐らく部下はすでに殺され、彼女だけ命からがら逃げてきたのだろう。
団長は表情を引き締めると落ち着いた声で彼女を労わるように口を開いた。
「そうか……報告御苦労。今すぐ里の兵士達を集め賊たる人間を打ち倒そう。エルフの兵士の誇りに懸けてな、…………大公様ひとまず失礼いたします。 フェリアス、お前もついてこいっ!!」
側にいる大公に頭を下げた団長はすぐに兵士達を集めるべくその場を後にするために歩き出す。彼の後ろで頭を下げていたフェリアスは彼の言葉に小さく頷くと彼の背中を追いかけた。恐ろしい人間から、この里を守るためエルフ族の兵士団団長と副団長は静かに動き出す。
しばらくして、人影のない場所へと集められた里の兵士達。三十人は裕に超えるだろう。兵士達はなぜ集められたのか分からないようで困惑した表情を浮かべている。皆先程までは明日のための準備をしていたのだ。それが急に団長と副団長の声掛けで集められた……一体何の用なのだろう。
囁き合う兵士達を前に団長は側に控えるソフィアへと彼女にだけ聞こえる声で話しかけた。
「フェリアス、私は腕の特に立つ兵士を連れ、その人族を捕える。お前は残った兵士達と共に里を警備していてくれ」
「分かりました」
フェリアスが返事をしたのを確認すると団長は集まっていた兵士の中から選りすぐりの者達五人に声を掛けると、それ引き連れて、里の外へと向かっていく。それを見送ったフェリアスはしばらくすると残った兵士達へと口を開いた。
「私達の任務は里を守ることだ。我々の誇りにかけて、この里を警備する。……各々持ち場につけ!!」
***
団長は五人の兵士と共にフェリアスが人間と対峙したと言う場所までやってきた。
突如目に入ったのは見るも無残な姿になった里の兵士二人。それが激しい炎に包まれていて、肉の焦げる不快な臭いが辺りを包んでいた。
「……クソッ、ひでぇことしやがる」
兵士の一人がそんな事を呟いた。口にはしなかったものの他の兵士や団長も同じ思いである。兵士達の体から流れ出たであろう血が地面をどす黒く染めている所を見ると、斬り殺しただけでは飽き足らず、その後に体に火を付けたのだろう。野蛮な人間のやりそうなことだ。
このまま放っておいては森に火が付いてしまう。ひとまず火が木々に燃え移る前に、消火しなければならない。団長は兵士達に消火の命令を下そうとした。しかし、ふと側に見知らぬ気配を感じた団長は懐に隠した小さなナイフを気配の感じた方へと放る。
キィイイイイン!!
鉄同士のぶつかる音が辺りに響く。目を向けると、里の兵士が使う剣を細い両腕に持ち漆黒のドレスを身に纏った人間―――レイミールが佇んでいた。
彼女を見つけた兵士達は憎々しげに彼女へと悪態をつきはじめる。
「貴様が仲間の命を奪ったのか!! 野蛮な人間め!!」
「その剣は我が里の兵士の物ではないか、盗んだのだな!?」
「兵士の誇りである剣を奪うとは……許さん!!」
次々に浴びせられる言葉を鬱陶しそうにしながらレイミールは手に持った剣に目を向ける。華奢な体つきの彼女が持つにはあまりにも重すぎるであろう大剣だ。
「……そんなに返してほしいのなら返してやろう」
小さく呟いた彼女に、ぽいとほうり投げられた一本の剣は勢い良く兵士の一人の頭に突き刺さった。その兵士は一瞬間があった後に、どおっと勢い良く地面へと倒れ込んだ
兵士達はあまりにもあっけなく仲間の一人が息絶えたことに呆然とするが、すぐに我に返ると自分の腰に下げている剣を抜いて彼女と対峙する。一人減ったとはいっても四対一、今はまだ様子を窺って剣を抜いてはいないが団長も含めれば五対一だ。負ける道理はない。
「我々をなめるな!!」
団長の命令を待たずに、三人の兵士が彼女へと向かって行く。瞬きする間もなくレイミールに迫った兵士だが、彼女の目の前までやってきた兵士達の足元が崩れ去り、彼らの体勢が崩れてしまう。足が取られる程度の深さだが、落とし穴だ。それがレイミールを囲むように掘られていて兵士達は全員それにかかってしまったのだ。
見計らったようにレイミールは剣を横に薙ぎり、兵士達の全員の首を斬り付ける。滝のように血が噴き出して三人の兵士もその場に倒れた。
「ど、どうしましょう、団長……」
四人のエルフの精鋭達が一人の人間の小娘にほんの一瞬で殺される。そんなありえるはずのない事実に、残った一人の兵士は目の前の彼女を畏れてしまっていた。
「うろたえるな……我々は森に守られし、エルフの里の誇り高き戦士だ。油断しない限りあの様な賊に敗れるはずはない」
落とし穴のほかに彼女の周りになにか仕掛けがあるようには見えない。卑怯な仕掛けが無ければこちらが負けるはずはないのだ。団長はレイミールから目を外さずに一瞬で剣を抜くとそれを構える。残った兵士も団長に続いて剣を構えた。
「野蛮なる賊よ、我々エルフの里の兵士が貴様を討伐してくれる!!」
剣を構えた団長は、血に濡れた剣をゆっくりと撫でているレイミールへ怒鳴るかのような大声で口を開く。部下を目の前で殺され団長としてこのまま黙ってはいられない。団長の言葉にそれまで無表情に剣を見つめていたレイミールの黒曜の目が彼へと向けられる。何の感情も込められていない瞳を向けられ、無意識のうちにビクリと団長の体が跳ねた。
……と、不意にその漆黒の瞳をほんの少しだけ細めレイミールはここでようやく笑みを見せた。
「賊は貴様らの方だ……王族に剣を向けた者達よ……
今から行うのは処刑だ」
エルフの里をサクッと終わらせるつもりが意外と長引いてしまった……
もうちょいお付き合いくださいませ。




