それぞれの思惑
グシャリと気味の悪い音が辺りに響いた。
フェリアスの首に向けていた剣先を大きな弧を描くようにしてレイミールは振り返りざま、兵士の顔を斬り付けた。兵士の顔に一つの大きな傷ができ、そこから血が吹き出る。
エルフの兵士の剣は紙一重でレイミールへは届かなかったのだ。
「ひぎゃああああっ!!」
あまりの痛みに兵士は悲鳴を上げながら地面へと倒れ込んでしまう。レイミールは振り向いた勢いをそのままにくるりと体を半回転させると、何事も無かったかのように剣先をフェリアスの首へと向けた。レイミールの背後で悶えながら地面を転げまわっていたエルフの兵士は暫くすると一人目の時と同じように静かになる。
「……そ、……んな…………ぅあ……」
地面は二人の兵士から流れ出る大量の地で真っ赤に染まって行く。フェリアスの頭はもはや真っ白だった。自分が親を失った時のことが頭に浮かんでくる。焦点の合わなくなった目で倒れる二人の部下を見つめながらフェリアスはカタカタと震えるばかり。そんなどうしようも無くなった彼女の耳に、ひどく冷たい声が入り込んだ。
「…………無能な上官を持った者は不憫だな……」
「……ぅ、ぁ……ぁあっ……」
フェリアスは力なくその場に両膝を付いた。彼女の瞳孔が開いた目からはとめどなく涙が流れだす。レイミールは少しばかり眉間にしわを寄せると、手に持った剣を放り投げた。
そうして空いた手でへたり込むフェリアスの顎を強制的に、くぃと持ち上げるとフェリアスの顔を見下ろしながら薄く笑う。
「さて……ここで貴様を殺すのは簡単だが、……私は慈悲深いのだ。なぜ私を襲ったのか理由を話せば助けてやらんこともない……」
「ぐっ……き、さまっ!! ひとのっ……分際でっ!!」
涙がこぼれる瞳で必死に睨みつけてくるフェリアスを見て、レイミールは顎を掴んだ手に力を込める。 直後、痛みからフェリアスの顔は歪められた。もう睨むことさえ彼女にはできない。
「……いつまで意地を張っているつもりだ?」
レイミールの言葉にフェリアスは怪訝な表情を浮かべる。フェリアスは意地など張っているつもりはない。人間ごときに命を助けられるならここで死んだ方がマシである。
「……兵士たちが命を落とした時……貴様は何をしていた? 一人目の兵士が私に襲いかかってきたのは私の注意が貴様に向けられているとき……二人目は私が貴様の首に剣をあてがったときだったな……貴様は自分自身が部下の働きを無にしたことに気が付いているのか?」
「………え? ……ぁ……」
フェリアスの目が倒れる二人の兵士へと向けられた。直後彼女の頭にその瞬間が思い出される。初めの兵士が剣を突き出した時、あの時は完全にこの人間を仕留めたと思っていた。結果は真逆で、部下は命を落としていたわけだが。……もしあの時、兵士が襲いかかっていたときに彼と連携して攻撃していたら? 彼が胸に剣を突き刺されたとき背後から襲いかかっていれば? ………………
自分の不注意で首筋に剣先が突き付けられたとき……部下が不意を突いたことで、今度こそ仕留めたと思った。…………だが、良く考えてみると部下は任務の遂行云々ではなく、自分を助けようとして剣をふるったのではないだろうか?……
調子に乗っていた自分は人間から距離を取ろうともせず、その場に突っ立っていただけ。結局二人目の部下も失ってしまい、自分の命も危ない状況だ。
「わ、私は……」
……結局自分は何も子供の時から変わっていないではないか……少女の時と同じ何もできていない……結局部下の働きも無駄にしてしまった。 だがそんな自分でも、ここで部下達と同じように死んでいいのだろうか? いや、そうではない……自分のために命を散らせた部下のためにもここで、むざむざ死んでいいわけがない。敵に気付かされるとは悔しいが、人間ごとき……と意地になっていた少し前の自分を殴ってやりたい。今はどんなことをしてでも生きなければならないのだ。
キッと口を結んだフェリアスは静かにこちらを見つめるレイミールの瞳を見つめ返すとはっきりとした声で口を開いた。
「私は死なないっ!!……部下のためにも!!」
「…………理由を話す気になったのか?」
フェリアスはにやりと小さな笑みを浮かべる。確かに意地になるのは良くないが……できることはできるところまでやりたい。フェリアスはこっそりと掌に握った砂をレイミールへと向かって投げつけた。突然の砂ぼこりに、驚いたレイミールの手がフェリアスの顎からそっと離れていく。その隙にフェリアスはレイミールから離れ、木々の間を縫うようにして里へと走った。
『きっと森が私達を救って下さる』
父の最後の言葉が甦る。そうだ、自分達には森が付いている。走りながらフェリアスは大丈夫だ、と繰り返した。今度は絶対に犠牲者を出さないために……はやく里の皆に知らせねばならない。部下の仇は先に捕えていた人間とは比べ物にならない。
里の兵士を簡単に倒す化け物だと言うことをはやく知らせなければ部下二人どころではない犠牲者が出てしまう。
もろに砂ぼこりを浴びたレイミールは不機嫌そうに自らの服や髪に付いた砂を払う。あのエルフに襲われた理由を聞こうと思っていたのだが結局逃げられてしまった。それにまだこちらの話も終わっていなかったのにだ。
エルフが先に手を出してきたと言うちゃちなことを上げて自分の行いを正当化したり、エルフを殺したことを弁解するつもりなどレイミールには毛頭ない、のだが……自分の行いが全て悪いと認めるかと問われればそうではない、こちらにも言い分がある。
まぁ、あくまでエルフ族が自分達を被害者であると考えるならそれはそれで良しとしよう。原因は知らないが恐らく過去に人間とエルフの間に何かがあったことくらいは察しがつく。実際レイミールにはそんなこと微塵も関係が無いことで、襲われるのは非常に遺憾なのだが。…………しかし、あくまでもこの世界の価値観に彼女が縛られなければならないのだとすれば…………結局それに従うしかないのだろう。
かなり自分の価値観を捻じ曲げなければならないのが不本意だが……仕方がない。不条理だが世の中とは案外そんなものなのだ。
レイミールはすでに事切れたエルフの兵士に目を向けた。
「…………火葬も悪くは無いだろう」
難産なうえに、すげぇ、進まない話しでした。次回こそは進むヨ~!! 理不尽な感じに進んじゃうヨ~!!
ってか今更ながらこの主人公ってどうよ?嫌われてなければいいなぁ……




