第5話
「……なーんてな」
「……えっ?」
セリーヌは、シルヴィの反応を見て口元を緩めた。
「あはは、基本ロザに敵とかいないからさ。安心しなよ。たぶん今ごろ、婚約破棄されたことを喜んでるかも……」
「むしろ、忘れてる、と、思うわ」
「さすがにそこまでじゃ……いや、ロザならあるかも?」
「え? え?」
二人の言葉を聞き、シルヴィは戸惑ったように目を瞬かせた。
「私のこと、怒っていないのですか?」
「怒るっていうか……なあ」
状況だけで言えば、ロザリア陣営に恨まれても仕方がない。シルヴィには、その自覚があった。しかし……。
「王妃の座、を、喜んで、譲るのが、あの子、だから」
「か、寛大なのですね」
(思ってたのと違う……!)
シルヴィの想像するロザリアと、二人の話すロザリア像がうまく結びつかない。シルヴィの中でロザリアは、実力と権力を兼ね備えた、この世で一番恐ろしいカテゴリーに属する存在だった。
「そっちこそ、ロザのこと苦手なんだろ。この前だって――」
「に、苦手なんてことはありません! ただ……怖くて」
(魔力がデカすぎるのよ!!)
「それって、苦手でいいんじゃねーの?」
「ちがう、言いたいこと、わかる」
「どういうこと?」
「それ、は…………」
「……………………」
「…………………………うまく、言えない」
「うん、知ってた」
「ブッ……」
カトリーヌは何かを説明しようとしたが、言葉が続かなかった。
シルヴィは思わず吹き出してしまった。
こらえようとしたものの、口元が緩んでしまう。
この二人は怖くない。シルヴィは本能的にそう感じていた。
格好のせいだろうか。改めて二人を見る。
カトリーヌは白いワンピースに帽子を合わせている。背が高く、長い髪も美しい。一方、セリーヌは半袖に短パン、麦わら帽子という格好だ。髪も短く、どちらかといえば少年のようにも見える。
どちらも貴族令嬢らしい装いではないし、この島に飛ばされた当初の服装とも違っていた。けれど、その気取らなさが、シルヴィにはかえって親しみやすく感じられた。
「そういえば、お二人とも、その格好は……」
「ああ、これか。拾った」
「洞窟の、中に、箱があったの」
「で、入ってたんだけどさ。服を脱げないって言ってただろ? だから、服なんてどうするのかって思ったんだけど――」
「……ん」
カトリーヌが何かをつぶやいた。次の瞬間、その姿が一瞬で変わった。
白いワンピース姿が消え、そこにはパーティー用のドレスを着たカトリーヌが立っていた。背丈も少し縮んでいる。
シルヴィは目を見開いた。
「――こんなふうに、姿を変えられるんだってさ。ドレスは鬱陶しいから、すぐ着替えたってわけ」
「……不思議な、力も、備わって、いるわ」
カトリーヌは再びワンピース姿に着替えた。やはり、身長が伸びている。
その変化を見たセリーヌが、悔しそうに声を上げた。
「あたしだって、そっちの方が良かったのに! 身長がもっと欲しかったのに!!!」
「似合わない、人には、着られない仕様、だそうよ……」
「似合わないってなんだよ! ちくしょー!!」
セリーヌは自分の服を見下ろし、恨めしそうに裾を引っ張った。
「あたしだって、もうちょっと背があれば……」
「セリーヌは、そっちが、似合ってる、よ」
「あはは」
シルヴィは屈託なく笑った。学園に来てから、こんなふうに笑うことがどれだけあっただろうか。
だが、シルヴィは忘れていた。自分が逃げている最中だということを――。
「――シルヴィー!! いたら返事を!! おーい!!!」
遠くから王子の声が聞こえた。木々の向こうから響いてくる声は、少しずつ近づいている。枝葉の間を抜けてくる声に、シルヴィの笑顔が消えた。瞬間、身体がこわばる。
「しまった。そういや、逃げてる最中だったよな。わりぃ、引き止めちまった」
セリーヌは周囲を見回した。近くに身を隠せそうな場所は見当たらない。木々の陰はあるものの、王子がすぐそばまで来ているなら、隠れ続けるのも難しそうだった。
「隠れるところはなさそうだな。あたしたちで時間を稼ぐから……なあ、あんた、姿隠しの魔法は使えるか?」
「いえ、私、魔法は……」
「そっか、まずいな。走るのも無理そうだし――」
セリーヌは困ったように頭をかいた。
「セリーヌ、あれ、使えば?」
カトリーヌが、何かを思いついたように声をかけた。
「ええ!? あれかよ! たしかに顔は隠れるけどさあ、見た目がなあ」
「シルヴィ、さん」
「は、はい!!」
カトリーヌはシルヴィをまっすぐ見つめた。
「あなた、覚悟は、ある?」
カトリーヌの問いかけに、シルヴィはためらうことなく頷いた。逃げるのが最優先だ。多少の見た目など、気にするものではない。
「うーん、いいっていうなら渡すけど……」
セリーヌは小さな四角い箱を取り出し、シルヴィに差し出した。シルヴィはそれを受け取ると、迷わず姿を変えた。
王子の声は、すぐ近くまで来ていた。
***
「あやしい奴らめ!! シルヴィをどこへやった!!」
「決めつけんじゃねーよ!! そんな奴、知らねーし」
王子が数人の供を連れて三人のところへやってきたのは、その直後だった。
木々の間から姿を現した王子は、セリーヌたちを見つけるなり声を張り上げた。供の者たちも周囲を警戒しながら、三人の様子をうかがっている。
「君たちは……ロザリアの友人だったな。シルヴィをさらう動機はあると思うが?」
「……やっぱダメだな、コイツ。ロザにはふさわしくねえ」
「ルーカス、様。頭を冷やしては、いかが。セリーヌも……こんなのでも王子、よ」
「ぐっ……」
カトリーヌとセリーヌの二人に冷たい目で見られ、王子は言葉に詰まった。幾分か冷静さを取り戻したものの、その目にはまだ疑いが残っている。
「しかし、シルヴィがここまで来たのは間違いないはずだ。地面に何かを引きずったような跡が続いていた」
「それに――」
王子は言葉を切り、二人の後ろへ視線を向けた。
「どう見ても、そこのそいつは不審人物じゃないか!!!!」
王子が指差す先には、怪しすぎる人物がいた。
大量の藁でミノムシのような胴体を作り、目の部分だけをくりぬいた麻袋を頭からかぶっている。顔も体もほとんど隠れており、何者なのか判別するのも難しい。
言うまでもなく、着替えたシルヴィである。
王子の迫力に押され、シルヴィはさっとカトリーヌの後ろに隠れた。
「そいつは何だ!!」
「こ、コイツは……ええと、あれだよ、原住民だよ!!」
「無人島に原住民がいるかああああ!!!」
「い、いや、原住民は人じゃないだろ!!!」
「セリーヌ、人種差別、よ」
(何なのこれ……?)
原住民と化したシルヴィは、この様子を見ながら混乱していた。
しっちゃかめっちゃかだ。
それと同時に、王子が自分の変装に気付いていないことに安堵していた。
「とにかく、あたしたちは見ちゃいねえよ。だいたい、さらったって言うんなら、どこに隠せるってんだよ」
「周囲を探せ!! 木の陰に隠しているかもしれない!!」
王子は供に連れて来ていた生徒たちに指示を出した。
その顔には焦りがありありと表れている。
「勝手に探しな。じゃあ、あたしたちは行くから。そのシルヴィってのだって、勝手に逃げたんじゃねえの? もう王子にはついていけませんーってな」
セリーヌは肩をすくめ、王子の返事を待たずに歩き出した。カトリーヌもその後に続く。シルヴィも二人の後ろにそろりとついていった。
王子に呼び止められることはなかった。供の者たちは周囲を探すよう命じられ、王子自身もそちらに気を取られている。
こうしてシルヴィは、王子に連れ戻されずに済んだ。
ようやく手に入った自由。
それに、この原住民装備は、シルヴィの肌によく馴染んでいた。他の者ならチクチクして長時間は着ていられないだろうが、シルヴィにとってはその程度は慣れたものだ。
(でも、この後はどうしよう……)
少なくとも、この衣装を譲ってくれた二人には、何かお礼をするまでは一緒に行こう。
そんなことを考えていたシルヴィだったが――。
「じゃあ、予定通りロザの所に合流するか! シルヴィも来る?」
――王子とは別種の怖さに、シルヴィの歩みはぴしりと止まるのであった。
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。
たぶん、これもお蔵入りでしょうか……




