第4話
突然、身体が軽くなったような感覚。
シルヴィは、柔らかい葉の上で目を覚ました。
「……え? あれ?」
さっきまで頭の中をかき回されているようだったあの感覚が、嘘のように消えている。
「もしかして、みんな、魔法を使わなくなった……?」
ゆっくりと身体を起こし、周囲を見回す。
すると、少し離れた場所に人だかりができていた。
「よくやった!」
「君のおかげで助かったよ!」
どうやら、誰かを称賛しているらしい。
「あれは……たしか、私と同じ男爵家の……」
シルヴィは視力を強化し、目を細めた。
人の輪の中心にいるのは、同じ学園に通う男爵家の子息だった。
確か、あまり魔法が得意ではなかったはずだ。
そのため、魔法を使える生徒たちが水の確保に動いている間、自主的に森を探索していたらしい。
そして、そこで食料になりそうな植物の群生地と、湧き水の出ている場所を見つけてきたのだという。
「なるほど、偉いわ……!」
おかげで魔力酔いから抜け出せたのだ。
感謝してもしきれない。
だが――。
シルヴィは、その輪の外にいる魔法使いたちへ目を向ける。
「「「「…………」」」」
彼らには疲労の色が浮かび、明らかに面白くなさそうな表情をしていた。
彼らの足元には、先ほどまで水を作るために使っていた壺の残骸が転がっている。
地面も多少だが濡れていた。
大量の魔力を消費して水を作ろうとしたが、失敗したのだろう。
結果として大した成果は得られなかった。
称賛の声は、魔法もロクに使えない男爵家ふぜいに集まっているのだ。
その不満の矛先は、命令を出した王子へ向かっているとシルヴィは敏感に感じ取っていた。
――そして。
「…………私にも?」
シルヴィは、自分へも向けられる憎しみに気づいた。
時折向けられる視線に、悪意を感じ取ったからだ。
(なんで!?)
ここに飛ばされてから、ほとんど意識がもうろうとした状態で過ごしてきたシルヴィには、恨まれる理由がわからなかった。
だが、彼らからすれば違う。
王子と一緒にいて、王子をたぶらかし、そのせいで自分たちが苦労する羽目になったと思っているのだ。
シルヴィが寝ていた柔らかい葉だって、王子の指示で誰かが苦労して持ってきたものだ。
実際、王子はあらゆる指示をシルヴィのために出していた。
体調を崩している仲間のために、優先して物資を融通するというのは、助け合いの精神としては美しいのだろう。
だが、積もりつつあった不満は、はけ口を求めていた。
「これはマズいかも……?」
シルヴィは慌てた。
「どうにかして挽回しないと……!」
ようやく動くようになった身体を、引きずるようにして立ち上がる。
顔を上げ、賑やかな人の輪を見つめた。
「あの輪の中へ行かなければ」
一歩。
足を踏み出す。
「あの輪の中へ……?」
そこで、シルヴィの動きが止まった。
(違うでしょ……!!)
何を考えているのだ。
自分は、あの輪の中に入る必要などない。
そもそも――。
権力者には近づかない。
見つかったら逆らわない。
そして、逃げられる隙を探す。
シルヴィが幼い頃、母親から教えられたことだ。
自分は、貴族たちの群れで生きる必要はないはず。
(逃げるなら、今!!)
幸い、皆が見ているのは騒いでいる王子たちのほうだ。
こちらを気にしている者はいない。
輪の外にいる魔法使いたちは、シルヴィを見ているようで見ていない。
人は忌々しい存在が消えたところで、気にも留めない。
シルヴィは身体を小さくかがめると、集団から距離を取るように、そろそろと後ずさり始めた。
「魔力酔いさえしていなければ、一瞬なのに……!」
普段なら、この程度の距離など一瞬で抜けられる。
頭はクリアになったが、今はまだ身体が重い。
思うように足が動かない。
それでも、一歩ずつ、動かない身体を引きずるようにして離れていく。
集団から距離が開くにつれ、周囲に残っていた魔力の気配も薄くなる。
それに比例するように、身体も少しずつ楽になってきた。
(あと、もう少し……)
あと少し離れれば、走れるようになるはず。
そう思った、その時だった。
「……お前、なにやってんの?」
「えっ?」
背後から声がした。
シルヴィの身体が固まる。
ゆっくりと振り返る。
そこには、二人の女性が立っていた。
一人は腰に手を当てたまま、不思議そうにシルヴィを見ている。
もう一人は、その隣で首を傾げていた。
「にげて……る?」
「…………」
二人は、カトリーヌ・モーロワとセリーヌ・デュヴァル。
いつもロザリアと一緒にいた令嬢たちだ。
(よりによって――)
今、一番見られたくないところを、見つかりたくない相手に見つかってしまった。
「お前、シルヴィ・フォンテーヌだろ。なにしてんだ?」
「…………」
シルヴィは答えられない。
「あたしは、セリーヌ・デュヴァル。知ってるよな? ロザの仲間、つまり――」
セリーヌは不敵にニヤリと笑うと、言葉を続けた。
「――お前の敵ってわけだ」
(やっぱり敵認定されてるーーー!?)




