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第3話

 シルヴィが気を失っていたころ――。


 ロザリアは集団から離れ、岩場のある海岸線までやって来ていた。

 王子たちと同じように、水を手に入れるためである。


 ロザリアは、この試験に挑むにあたって三つの目標を定めた。


 一、試験が終わるまでは、婚約破棄されたということで押し通す。

 一、この無人島を隅々まで調べ尽くす。

 一、自分の全力をこの試験にぶつける。


 この試験が終われば、次期王妃としての生活に戻されるかもしれないのだ。

 人生に一度のこのチャンス、やれることはすべて満喫したいと考えていた。


 ロザリアは目の前に広がる海をじっと見つめ、手を握りしめる。


「己の力だけで生き延びろというのですから、私は私の方法を試してみることにしますわ!」


 誰かに聞かせるように考えを声に出し、身振り手振りを交えて宣言する。


(わかりやすく説明を入れた方が、観ていらっしゃる方々も楽しいでしょう)


 ロザリアは忘れていなかったのだ。

 自分たちが観られているということを。


「そういうわけですので、まずは水の確保からですわ。森の中を探索することも、魔法で水を生成することも考えてはみましたが、前者は誰かがやっていそうな方法ですし、後者には問題がありますの」


 ロザリアは説明を続ける。

 水探しを目的とした探索は、面白みに欠けるということ。


 また、魔法で水を作り出すのは、あまり効率がよくない。

 少量ならそれほど問題はないが、継続して大量に作ろうとすれば、必要な魔力は加速度的に増えていくのだ。


「無から有を作り出す魔法を連発する場合、反対属性の魔法を適度に挟むのが定石ですわ。戦場では、この属性管理が重要に――」


 そこまで言って、ロザリアは恥ずかしそうに小さく笑った。


「……思考が逸れてしまいましたわ。ともかく――」


 ロザリアは目の前の海を指差した。


「――水を作るのであれば、海水を使うのはどうかと思うのです! うまくいけば、塩も手に入りますし」


 楽しく高得点を目指す。

 ロザリアの頭の中は、それだけである。


「では、まず海水を入れる器を作ります。材料は、その辺にある砂でよいでしょう。岩を切り出してもよいでしょうが、まずは簡単な方法から試してみましょう」


 ロザリアが手を振ると、足元の砂がひとりでに動き始めた。

 集まった砂が盛り上がり、形を変えていく。

 壺の側面を指で軽く叩くと、コンコンと鈍い音が返ってきた。


「とりあえず、強度は分かりませんが……」


 ロザリアは壺を手に取った。


「さて、この中に海水を汲んで……と」


 海水を入れた壺の中を覗き込む。


「まずは海水から塩分などを取り除けるか試す必要がありますわね」


 海水に魔力を通す。

 水と、それ以外を分ける。

 そのイメージで手がかりを探っていくが――。


 そこで、ロザリアの手が止まった。


「……やれないことはありませんが、思ったより魔力消費が大きそうですわ」


 感覚的に、低コストでは実現できそうにない。ロザリアはいったん諦め、魔力消費が大きくなる原因を探ることにした。


「不純物の種類が多すぎるのが問題でしょうか? それとも、塩分を取り除くという行為そのものの難易度が高いのでしょうか……」


 ロザリアは壺を眺めながら考える。

 海水を手に取り、いくつかの可能性を頭の中で組み立てていく。


 そして――。


「ふふっ」


 ロザリアの口元が緩んだ。


「これは腕が鳴りますわ!」


 最初の実験は失敗だった。

 けれど、ロザリアは楽しそうにしていた。


 彼女は、失敗した経験が非常に少ない。

 挑戦することが嫌いだったわけではない。

 むしろ、子供のころは何でも試したがる子供だった。


 だが、王子と婚約し、将来の王妃として教育を受けるようになってからは、そうもいかなくなった。

 何をするにも、失敗しないことを求められる。


 王妃という立場では、失敗が許されない。

 そう教えられてきたのだ。


 だから――。


「失敗するというのも、なかなか楽しいものですわね」


 ロザリアは海を見つめ、楽しそうに笑った。


 ***


 ――1時間後


「……結局のところ、手間を惜しんではいけないということが分かりましたわ」


 ロザリアはあれから、どうにか魔法で海水中の塩分を取り除けないか試し続けていた。


 砂で海水をろ過してごみを取り除いてみたり、逆に多孔質の物質を生み出して沈めてみたり、海上の水蒸気を集めようとしたりもした。

 しかし、すべて失敗。

 低コストで真水を生み出す試みは頓挫していた。


「ちょっと本気、出しますわ」


 ロザリアは気合を入れると、海水を使っていくつもの水球を作り出した。

 目をつぶり、両手を前に出す。

 大量の水球を操りながら、魔力を消費しすぎないよう集中していた。


 まずは、海水を閉じ込めた水球を一つ、少し離れた場所に浮かべる。

 その周囲には、いくつもの水球を配置した。


 レンズのように光を集め、中央の水球に照射するためだ。


「太陽の光を集めて、海水を蒸発させてみせますわ!」


 水球の位置を微調整しながら、その状態を維持する。

 五分、十分。水が沸騰するまで、ロザリアは集中し続けた。


 集中力と時間を消費する方法だが、魔力の消費は比較的抑えられていた。

 人数をかければ、再現できる方法かもしれない。

 しかし、ロザリアは一人なのだ。


(このような面倒な魔力操作は、一人でやるものではありませんわね)


 水球を大量に操るため、それなりに疲れる。

 これで失敗すれば魔力と時間を損するだけだが、ロザリアは必要経費と割り切った。


 太陽光に温められた水球は、やがてブクブクと沸騰し始めた。

 時間はかかったが、ついに水蒸気へと変わった。

 そして、魔法で強引に水蒸気の温度を下げていく。


「温度降下は水魔法の基本ですわ。水蒸気を冷やして水に戻せないわけがありません」


 やがて、壺一杯分の水ができると、ロザリアは水球を片付けた。

 魔力の消費は思ったほどではなかったが、精神的な疲労は感じていた。


「どうにかなりましたわね。さて、お味の方ですけれど」


 ロザリアは壺を手に取り、口をつけた。

 海水のような匂いもなく、塩味もしない。

 そのまま、ごくりと水を飲み込む。


 間違いなく、飲用に耐えうる真水だ。


「うん! よく冷えて美味しい水ですわ――アブッ!?」


 ――が。


 その時、パリッという音とともに、壺が真っ二つに割れた。

 そのせいで、ロザリアは大量の水を顔からかぶってしまった。


「ああ、せっかくの水がほとんどこぼれてしまいましたわ。でも、ふふっ。どうやら壺の耐久力不足。砂は壺の材料には不適ということですわね」


 濡れた顔はそのままに、割れた壺にわずかに残っていた水をグイッと飲み干すと、ロザリアは上機嫌に笑った。


 水をいつでも手に入れられる目途が立ったので、とりあえず脱落の心配は遠ざかった。

 次は壺に最適な素材を探すべく、ロザリアは森の中へと入っていくのだった。

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