第6話
「あの岩盤をぶち抜きたいのですけど……」
シルヴィが原住民になっていた少し前、ロザリアは山を崩そうとしていた。
壺に最適な粘土の地層を露出させるためである。
「いやいやいや! 壺づくりでそんなこと想定されてないですって!! そんなことより、どうか王子のもとに戻ってください!」
「お断りですわ! 単独行動の邪魔なので、あっちへ行っていただけませんか? ガブリエル様」
ロザリアの前で必死に食い下がっているのは、ガブリエル・ドミニク。ドミニク伯爵家の令息で、王子の側近候補として彼のそばにいることが多い男子生徒だ。小柄で、どこか犬っぽい雰囲気を漂わせている。一人でロザリアを探し出したのだからもしかしたら鼻も犬並みに利くのかもしれない。
「そんなこと言わずにお願いしますって! ロザリア様がいない王子じゃ国が滅びます!!」
「あなた、私をなんだと思っていらっしゃるの!?」
ガブリエルは、シルヴィに熱を上げている王子をどうにかしたいらしい。
そのために独断で動き、ロザリアを探し出したのだという。
しかし、ロザリアはそんなことはお構いなしだった。
さっさとお引き取りいただいて、壺づくり、その次の目標へとガンガン進んでいきたいのだ。
「では、せめてこちらをお納めください! 水や食料を採られていないのでは!?」
きっぱり帰るように言おうとしたロザリアに、ガブリエルが何かを差し出した。
それは一つには澄んだ水が、もう一つには鮮やかな色のついた液体が入っている、”透明な容器”だった。
「水場から採った真水と、森の中で見つけた果物を絞ったものです! 安全です! 信じてください!」
「いえ、水分はきちんと取っていますわ」
ロザリアは容器を受け取り、光にかざしてみる。
若干の濁りはあるものの、これはまぎれもなく――
「そんなことより……この容器は?」
「え? 容器ですか? これはガラスですけど……」
「やはり、そうよね」
「はい。海辺の砂から作りました。うちの領地はガラス工芸が盛んなので、作り方を知っていたんです。まあ、割れやすいので大きな壺を作るには向かないんですけど……」
ロザリアは容器を手に取り、じっと眺めた。
砂に含まれる石英。それを原料にすれば、たしかにガラスが作れる。
「……なるほど。私としたことが、失念していましたわ」
(あのとき、これに気づいていれば……もっと効率よく水を蒸発させられましたわね。水蒸気を冷やして集める器具だって、作りやすくなったはず)
自分の見落としに気づき、ロザリアは唇を引き結んだ。
「あの、たまたま知っていただけですよ。そんなに珍しいものでも――」
「ガブリエル様」
「は、はい! なんでしょう?」
ロザリアは容器を持ったまま、真剣な顔でガブリエルを見つめた。
「負けませんわ!!」
「ええ!?」
「あなたをこの試験の好敵手として認定いたしますわ!!」
突然のロザリアからの宣言にガブリエルは、目を白黒させていた。
「そういえば……試験だったんですよね。忘れてました……!」
「やはり、侮れませんわね……!」
結局、ガブリエルは帰って行った。
いくらかの食料を残して。
容器も食料も探索も、ガブリエルは自分の大分先を行っている。
ロザリアはそう思った。
面白い。
ならば自分は、それを超えるような成果を出して見せる。
ロザリアは、気持ちを新たに岩盤へ向き合うのだった。
***
「というわけで、あの岩盤をぶち抜きたいのですけど」
「ロザは相変わらずぶっ飛んでんなあ」
ロザリアのもとには、セリーヌ、カトリーヌ、そしてシルヴィがやってきていた。
ガブリエルと連絡を取り合い、ロザリアの居場所を突き止めたのだという。
シルヴィは当然、原住民ファッションのままだ。
ロザリアの姿を目にした途端、カトリーヌの後ろに隠れてしまった。
「で、壺を作りたいんだっけ? ガブちゃんに聞いたけど」
「それはもう済みましたわ」
そういうロザリアの足元には、つややかな光沢をたたえた大きめの壺が。
どうやら、山を崩す前に良質な粘土を見つけられたらしい。
「ただ、ガブリエル様に負けるわけにはいきませんので、製鉄にも手を出そうかと……ほら、あのあたりに耐熱レンガができそうな地層が――」
「予想よりはるかにぶっ飛んでた!?」
ロザリアの構想にセリーヌが思わず声を上げた。
セリーヌにとっては、いつもの事ではあるが、どうしてそうなったのか一応聞くことにした。
「いや、待て待て。なんで製鉄!?」
「ガブリエル様はガラスを作っていらっしゃいましたわ。それに勝とうと思えば、こちらは鉄を作るべきではなくて?」
「なんでそうなるんだよ!?」
「競争とは、そういうものですわ!」
「いや、絶対違うだろ!」
ロザリアは一人でいると、常人とは違う方向へ思考がぶっ飛んで行ってしまうことが良くある。
そのブレーキ役になっているのがセリーヌとカトリーヌだった。
時と場面にあわせた行動を完璧にとれるロザリアだったが、状況が許せば無軌道に突っ走るのもロザリアだった。
「ところで、そちらの方は?」
ひとしきり話した後で、ロザリアはカトリーヌの後ろにいる、怪しげな存在に気が付く。
言うまでもなく、藁束で身体を隠し麻袋を頭からかぶったシルヴィのことだ。
「ああ、こいつか。こいつは――この島の原住民だ!!!」
セリーヌは、シルヴィと話し合った結果、しばらく原住民ということで押し通すことにしていた。
「まあ。現地の方がいらしたのですね! 私、ロザリア・ベルフォールと申します。以後よろしくお願いいたしますわ!」
そう言うと、ロザリアは一歩、シルヴィの方へ歩を進めた。
合わせるように、一歩後ずさるシルヴィ。
「あら?」
「…………っ!?」
ロザリアがさらに近づくと、シルヴィは尻もちをついてしまった。
不思議な顔をしてロザリアはつぶやく。
「あの……何か怖がらせるようなことでも?」
「ひいいっ!」
シルヴィは尻もちをついたまま、必死に後ずさった。
傍から見れば、いまにも殺されそうな原住民と、それを狩ろうとしている悪役貴族の図である。
「……前にも、こんなこと、あった、わ」
「……なあ、カトリーヌ。もしかして、王子のやつ、これを見てイジメとか勘違いしたんじゃね?」
二人は、ロザリアとシルヴィを交互に見た。
どうやら、二人の誤解が解けるまでには、もう少し時間がかかりそうだった。
お知らせ
ストックも尽きたので、この作品については一旦ここまでにしておこうと思います。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。




