■エミーダに清き一票を(仮)
【今回のあらすじ】
町長選挙に巻き込まれ、なぜか立候補することになったエミーダ。
そして最終日――
一夜にして、選挙戦がとんでもないことに!?
「私が当選した暁には、皆を幸せにして差し上げましょう!」
町に足を踏み入れた途端、ちょび髭を生やした男性が声高らかに公約を掲げていました。
「どうやら選挙の真っ只中みたいね」と、ちょっとつまらなそうなエミーダ。
うーん、まぁ、わからなくもないかな。
観光目的で立ち寄ったのに、これでは旅行気分が台無しだもの。
その証拠に、町の中心部へと歩を進めていけば、今度は別の候補者が演説をしてたりします。
「わたくしオッタンカが当選したなら、皆さま方の暮らしが楽になることを保障します!」
用意した演説台に乗り、声高らかに演説をする立候補者。のぼりを立ててメガホン片手に声を張り上げています。
掲げる公約を聞く限り、この町は町長選の最中のようですね。もっとも来訪者のわたしたちには関係ないことですが……この熱気は尋常ではありません。
なにしろ真剣に語る候補者はもとより、聴衆までもが熱く野次を飛ばしていたからです。
「そのとおり!おまえならできる!」「前期の町長以上の仕事をしろ!」「税金を安くしろ!」「タダ飯を食わせろ!」などなど。
無理難題のリクエストに対し、候補者オッタンカさんも「前向きに検討します」と手を振り、笑顔を連発。
「まるでお祭りね」とエミーダ。事実、ここに来るまでの道中、露店通りは急ごしらえの屋台が所狭しと建ち並び、お客で溢れかえっていたからです。
「エミーダ。あのおじさん、ちょっと当選しそうじゃない?」
すると、エミーダが肩をすくめ
「あのおじさんは落選ね」
「そうかなぁ。だってあの人、身なりもキチッとしてるし、人が良さそうな感じするじゃない」
「人の良さそうな人間こそ、危ないのよ。あの笑顔の裏で、良からぬことを企んでいるに違いないわよ。現に聴衆が少ないでしょ。町の人間は、ああいう手合いに何度も騙されてる証拠よ」
男性を狩ることばかりしか考えていないのかと思っていたけれど、たまにこうして鋭い観察眼を発揮するから侮れません。
屋台で特産ジュースを買い、飲み歩いていると、人だかりの多い広場に躍り出ました。
町の神殿広場。その広場の舞台でバックダンサーを従え、格好よく踊るイケメン男性。もちろん観客は女性たちであり、若き乙女たちが熱狂しています。
有名アイドルのコンサートかしら?などと関心を寄せていると、踊り終えた男性が爽やかな汗を拭い
「みんなー!今日は僕のために集まってくれてありがとー!神のご加護を受けた僕こそが、町長にふさわしいだろー?」と甘いウィンクを会場に振り撒きます。同時にキャーっと黄色い声が湧き上がりました。
「愛してるー、アホムー!」「わたしたちの町長サイコー!」と瞳にハートマークを浮かべる女性たち。
ほかの候補者たちとは比べものにならないほど圧倒的な支持に、エミーダがいいます。
「あたしが思うに、彼が最有力候補者のようね」
当選確実を断言するエミーダ。すると
「あなたの言うとおりです」
脈絡もなく背後に現れた男性。病的なほど色白な風貌に加え、丸眼鏡と痩けた頬。そしてなにより、突き出た前歯がわたしの視線を釘付けにしました。
「あんた、何者?」と眉根を寄せるエミーダに、彼は丸眼鏡を怪しく光らせ
「申し遅れました。わたくし、選挙運営委員会のデッパと申します」
「運営委員ねぇ……」
「お見受けしたところ、あなたがたは旅人ですね?」
「そうだけど」
「でしたら、ぜひ町長選に参加してください!」
藪から棒になにを言ってるのでしょうか、この人?
「つまり、あたしたちに運営の手伝いをしろと?」
「いえいえ。選挙に出てほしいんです」
唐突なオファーに「はぁ?」と、わたし。
「とりあえず、立ち話もなんですので、場所を移して、ご説明します」
ということで、わたしたちはデッパさんに連れられ、運営委員会の事務所本部へ出向くことになったのです。
「……というわけで、エミーダさん、是非とも、あなたに出馬してほしいんです」
デッパさんの話を要約すると、4年に一度の町長選に参加して、先ほどのイケメン候補者を落選させてほしいとのこと。
「なんでアホムさんを落選させたいんですか?」と理由を尋ねれば
「長きに渡り、世襲町長の座に終止符を打ちたいんです」
「それまた、どうして?」
もしかして税金が重いのかしら?などと思っていると
「いいえ、単にイケメンだからです」
「えっ、それだけ?」
「ええ。それだけですが、なにか?」
だからって、なんでエミーダなのかしら?
「僕好みの美女だからです」
思いっきり私欲をぶっ込んできたデッパさん。
「彼に投票する女性票を上回る男性票を集め、あのアホムを落選させてやりたいのですよ」
あからさまな支持率操作。この人、たぶん……いや、間違いなく頭がおかしい。そもそもエミーダに目をつけること自体、人を見る目がないですよ。
「エミーダ、エミーダ。きっと関わってはいけない人だよ」と、エミーダにアイコンタクトを送るも、横からデッパさんが言葉巧みに彼女をそそのかします。
「当選したら、町中の男があなたを称賛しますし、新聞やマスコミから引っ張りだこですよ」
「わかったわ。出ましょう」
ガシッとデッパさん両手を握るエミーダ。
はぁっ!?なんでそうなるわけ!?
するとエミーダは白金色の髪をサラリと梳きあげ、豊満な胸をこれ見よがしに持ちあげて
「あたしの美貌を世に知らしめるために決まってるじゃない」
男性の注目を浴びたいだけでしょ。
「バッカみたい。だったらエミーダひとりでやれば。わたしはひとりで観光を楽しんでるから」
「ちょっ、ちょっと待ってください、ヒヨナさん!あなたにも是非、協力していただかないと!」
デッパさんの呼び止めに、思わず小さな胸が躍りました。
あは。もしかしてデッパさん、わたしの魅力に気づいちゃったのかしら?
「いえ、ちっとも。そもそも未発達の女性には興味がないので」
その丸眼鏡、粉砕していいですか?
「あなたにはエミーダさんの手綱……もとい、マネージャーとして一緒についててほしいんです」
「お断りします!」
とういうわけで、かくして、わたし抜きのエミーダデッパさんのタッグが誕生したのである。
翌日。
エミーダ党という新党を立ち上げたふたり。
飛び入り参加のエミーダの登場により、戦局が大きく変わりました。
「あたしが町長になったら、エッチし放題!もちろん役に立たない男は町から追放します!」
「うおぉぉぉぉっ!」
歓喜して雄叫び喝采の男性陣。襷をかけての街頭演説を、わたしは立ち込める男性特有の臭いに囲まれながら拝聴してました。
「あたしとエッチしたいかぁー?」
「おぉー!」
色気と我欲を振りかざす公約が酷すぎです。
「近頃、うちの嫁さん、相手してくれなかったしなぁ」
「俺んちも、マンネリ化してるしなぁ。ありがたい話だよ」
そんな身勝手な男性陣が漏らす不服の数々。この町の倫理感がおかしいと思うのは、わたしだけでしょうか?
ともあれ、演説も終わり、わたしは新たに設立されたエミーダ選挙事務所に出向きました。
「ちょっと、エミーダ。さっきのアレ、なんなの?いくらなんでも性的表現が露骨すぎるわよ。デッパさんも、そう思いませんか?」
すると彼の丸眼鏡がキラリと光りました。
「この欲望の塊のような世界で、不正なくして選挙に当選するほうがおかしいのですよ」
「そうよ、ヒヨナ。世の中、きれい事では済まないんだから」
と麦芽ティーを口にするエミーダ。そして
「それで現在の支持率は?」
「エミーダさんが38%。アホムが42%で、そのほかの候補者は10%台のドングリ状態です。」
どうやら早くもこの町の男性たちのスケベ心を掴んだようです。こうなると真面目な改革に挑むオッタンカさんが不憫でなりません。
「ちなみにエミーダさんにおける女性支持率は0%です」
でしょうね……。
「なお、余談ですが既婚女性支持率はマイナス30%です」
でしょうね!そりゃ、反感を買うでしょうよ。これを機に離婚率も跳ね上がるでしょうね。
「投票日まで残すところ、あと二日です。この調子でアホムを追い上げましょう」
「おぉーーーっ!」とやる気満々の立候補者エミーダとデッパさん。
なんなんでしょう、このコンビ……。
ともあれ、泣いても笑ってもあと二日。はてさて、選挙結果はどうなることやら。正直、不安しかありません。
翌日。
わたしはエミーダに内緒で、敵情視察とばかりにアホム陣営の事務所に向かいました。……が、そこで思わぬ密談を聞いてしまったのです。
「それでデッパ、守備のほうはどうだい?」
「はい、上々でございます、アホムさま。他の雑魚はともかく、今回、あのバカ女の登場により、もっとも有力とされた新人候補オッタンカ氏の支持率が割れました」
「おまえの目論見通り、男連中はエミーダに流れたってわけだな」
「はい。アホムさま、当選した暁には例の約束をお願いしますよ」
「もちろん、わかっているさ。この調子なら、おまえの大臣の座も確実だ」
事務所裏でほくそ笑むふたりに、わたしは驚愕しました。
オッタンカさんの支持者をエミーダに誘導して支持率を下げ、アホムの当選確実を狙った策略。すべてはデッパさんの手のひら。なにより許せないのは親友を利用したことが悔しかった。
「あの人たちグルよ、グル!」
宿屋の食堂で夕食をとっていたときのこと。
わたしは怒りそのままにまくし立てました。なのに、当の本人ときたら
「あーあ、男を手玉に取るあたしが、手玉に取られるとはねぇ」
「笑ってる場合じゃないでしょ!こんな茶番、今すぐ辞退しましょうよ」
「い、や、よ」と、いつになく真剣な表情をするエミーダ。
「ここまでバカにされて、よく平気な顔してられるわね!そんなに男にモテたいわけ?」
「そうよ。それ以外、なにがあるのよ」
「見損なったわよ、エミーダ」
わたしは残りの食事を口に頬張ると、フォークをテーブルに叩きつけ、先に戻ってるとだけ告げて食堂をあとにしました。
その日の深夜。
わたしは異様な気配で目が覚めました。寝ぼけまなこで足先に視線を伸ばせば、エミーダがヨガマットをかねた魔法陣を床に広げていました。
「湖畔の水面が波紋を広げ、月と影が交わるとき、ふたりの男は……」
エミーダらしくない、まともな詠唱文句。はて、就寝前のストレッチかしら?
睡魔に勝てなかったわたしは、彼女の行動を気にすることなく、毛布をかぶり、再び眠りについたのでした。
それが呪いの儀式であることに気づかず。
選挙演説の最終日。
朝一、早々に出かけたというデッパさんを追うように、わたしはアホム選挙事務所に向かいました。理由はエミーダを利用した不正を問いただすためです。が……
「アホムさま……どうしましょう、どうしましょう?」
事務所内で取り乱すアホムさんがデッパさんにすがりついていたりします。
っていうか、なんでアホムさんが、アホムさまなのかしら?
「なんで、イケメンの僕が醜いおまえになってなくちゃいけないんだ」
泣きすがるアホムさんを、デッパさんが足蹴にして、わけのわからないことを口走っていました。
「どういうこと?……って、もしかして」
事務所のドア越しで、首を傾げていると背後にエミーダが。
「あら、思ったよりも早く効果が現れたようね」
ビクッ!って、いきなり現れないでよ、エミーダ。びっくりするじゃない。
「効果って……まさかと思うけどエミーダ、あなた……」
「さすが、ヒヨナ。あんたの目は誤魔化せないわね。そうよ、入れ替わりの術よ」
人間をカエルやブタなどの動物に変える禁忌魔法。それを一晩でアレンジしてアホムさんとデッパさんを入れ替えたというのです。
「あたしを利用した罰よ。せいぜい不細工な顔で反省しなさい」
そもそも、あたしを出し抜こうとするなんて100万年早いわよ、と高笑うエミーダ。
まぁ、まともな人ならエミーダを利用するとは思わないんだけどね。
「なんで、この僕がブサメンなんかになってなきゃいけないんだ。突き出た前歯が邪魔で喋りづらいぞ」
酷いいわれようである。
「どうすんだよ、今日の演説ダンスは」
毎日、歌と踊りを披露していたアホムさん。締めくくりの最終日である今日の公演……もとい、演説を中止とするわけにもいかないのでしょう。
「と、とにかく、わたしが舞台に立ちますから、アホムさまは支持者にバレないように引っ込んでてください」
「いやだ!なんで、俺が日陰者扱いされなければならないんだ!」
「でも、その姿でアホムさまが演説しても」
きっと女性陣から、引っ込めブサメンと石を投げつけられることでしょうね。なにしろ、みんなアホムさんに陶酔しているのですから。
そんな状態でアホ……いやデッパさんが舞台に上がることとなり、その姿をデッパとなったアホムさんが舞台袖で見守る形となりました。
「わたしが……いや、ぼ、僕が当選したら……
固唾をのんで次の言葉を待つ女性たち。そわそわし、浮ついた緊張感が漂っています。
「今日は、いつもと雰囲気が違うけどステキ」
「おどおどしているアホムさまもカッコいい……」「あぁ、愛おしいアホムさま」
そんな期待と熱いまなざしを一身に受けたアホム(デッパ)さんが、おもむろに口を開き
「きみたち……いや、おまえら女どもは、このデッパさまのものだー!デッパさまの前に跪け!デッパさまを敬え!デッパさまにすべてを捧げろ!」
あ、壊れた。
同時に空気が一瞬にして凍りつく会場。裏切られて泣き崩れる人や、限定販売のアホムうちわを地面に叩きつける女性。あとはいうまでもなく、ものの数分で熱狂的ファンは霧散し、足跡のついたアホムさまグッズだけが空しく残りました。
かくして、夢を砕かれた女性たちの票と同時に、選挙に興味を失ったエミーダが辞退したため、行き場を失った票が一斉にオッタンカさんへ流れました。
その結果、オッタンカさんの圧勝となり、熾烈?な選挙戦の幕を閉じたのです。
エミーダはどうなったのかといえば……
選挙には負けたものの、男性たちからの人気だけはしっかり獲得したもようでした。
それゆえ、選挙中の支持率どおり、既婚女性から総スカンを食らい、滞在予定を繰り上げ、逃げるように町を出ることとなりました。
まったく、いつもながら落ち着かないったらありゃしない。
【おしまい】




