■ゴーストはロマンスの香り(仮)
【あらすじ】
人生初の恋に夢中なヒヨナ。
名前を呼ばれるだけで幸せなのに
お相手はまさかのゴースト!?
初恋の行方は、成仏かロマンスか!?
ヒヨナ、初恋さえも迷走中です。
「はぁ……」
宿屋の部屋で、ひとりため息を吐くわたし。
三階の窓から覗く雄大な自然の景色も、今のわたしにとっては、ただの壁紙。
窓辺の花瓶から花を一本抜き取り、花びらを摘まみます。
スキ……キライ……スキ……キライ……
今度こそ、スキで終わってほしいと強く願う。
1本目はキライ。2本目はスキ。
回数を重ねるたび異なる結果。そのたびに花瓶から新しい花を抜き取っていた。
窓辺には、花びらをむしり取られた茎が11本。
「キライ……」
期待を裏切る儚い想いは、残り1枚の花びらで結末を迎え、わたしは窓辺で黄昏れた。
ああ、もう一度……もう一度だけ、あの人に会いたいと。
事のきっかけは些細なことでした。
先日、ひとりでカフェテラスの季節限定パフェを食べていたところ、向かいのテーブルにいた男性と目が合ったのです。
初めて会ったはずなのに、昔から知っているような、不思議な感覚でした。
パフェを口に運びながら、チラチラと男性を盗み見ていると、不意に目が合い、甘いウィンクをいただいちゃいました。
きゃーーーーーーーっ!ウッソー!
刹那。わたしの脳内で、照れと恥ずかしさと嬉しさが渦巻き、過呼吸で危うく失神するところでした。
「いや、もしかして早とちりということも」
スプーンを咥えたまま周囲を見るも、女性などの姿は見当たりません。
「やっぱり、わたしへのリアクションよね?」と確認しようと正面を向いたとき
「お嬢さん、おひとりですか?」
いつの間にかウインクさまが射程圏内……もとい対面に。あまりの出来事に口からスプーンがこぼれ落ち、音を立ててテーブルに落ちました。
「あ……は、はいっ!」と、かしこまるわたし。
ついに……ついに、わたしにも彼氏が……生まれて初めて、彼氏ができちゃったかも!
同時にわたしの脳内でカーニバルが催されたのはいうまでもありません。
楽しそうに踊るわたしたち。手と手を取り合い、満面の笑みでステップを踏むわたしたち。天使になったわたしたちが幸福のラッパを高らかに鳴らし、祝福の紙吹雪を舞い散らしてます。
もう、そこから先は記憶がありません。
自己紹介を交わしたあと、甘く響く声でいろんなことを聞かれるたび、わたしはヒナ鳥のように囀ります。
覚えていることといえば「耳が赤いよ」と「可愛いね」のダブルコンボ。恥ずかしすぎて体温計のゲージがぶち抜けました。
そして去り際にとどめが
「じゃあ、またね。ヒヨナちゃん」
チュッ。と尊い投げキッスを食らい、危うく天に召すところでした。
気づけば、わたしは生クリームを口につけたまま、部屋に戻って惚けてました。
「あれ?」
パフェ代を払った記憶もさることながら、どんな味だったかも覚えていない。しかも、スプーンを握ったまま宿まで帰ってきてたりする。
「これはウインクさまとの大切な思い出……」とカフェのスプーンを握りしめていると、エミーダが帰ってきました。
「あ、お帰り」と口に着いた生クリームを拭っていると
「どうしたの、ヒヨナ?なんか、ご機嫌じゃない。もしかして、いいことでもあったの?」
「えへへ。じつはね……」と口を開こうとした瞬間、脳内のわたしが警告します。やめておきなさい、と。
もし、エミーダがウインクさまのこと知ったら、どうなるか……
「じゃあ、ヒヨナに相応しいか、わたしが味見してあげようじゃない」
ありえる……十分すぎるほど、ありえる。事実、旅先で何度も寝取り騒動を巻き起こした前科があるだけに。
包丁かざして追われ、夜逃げさながらに一緒に逃げた記憶が蘇り、言うのをやめました。
「えへへ。ま、まぁ、そのぉ、ちょっとね。それよりエミーダ、ナンパしにいってたんじゃないの?」
すると服を脱いでベッドに身を投げるエミーダ。
「成果なーし。近頃、男運がないみたいでさぁ」
「へぇ、そうなんだ」
エミーダの不服顔に、同情を寄せるわたし。
「たまにはこういう日もあるのよね……って、なに、ニヤニヤ笑ってんのよ?」
エミーダに指摘され、緩んでいる頬を引き締めました。
言いたい!わたしの恋バナを!わたしとウインクさまの出会いを!あぁ、もう我慢できない!
「あ、あのね……エミーダ。じつは、今日ね……」
両手の指をモジモジさせながら告白の決意をしていると、エミーダのイビキが。
「はっ?寝てる?」
まさかの寝落ち……。
「ぐおーーー」
彼女の高イビキで百年の恋もテンションダウンしたのです。
その日を境にわたしは毎日のようにカフェテラスへ足を運びました。古着屋でお洒落な服を調達し、髪を整え、テーブルに置かれた冷めたコーヒーと睨めっこ。
今日こそは会える。
今日こそは来てくれる。
そんな切ない想いを胸に抱き、待ち続けること二日目。
キターーー!と内心、乙女のガッツポーズ。
彼はわたしに気づかないまま、先日と同じようにして向かいの席に座ります。そんなさりげない所作に、わたしはメニューを壁にし、彼を見つめます。
どうしよう、どうしよう……。
「こんにちは」と気軽に声をかけたいけど、緊張しすぎて体が動かない。
「乙女は度胸よ、ヒヨナ」と意を決し、コーヒーを飲み干し、顔を上げた矢先、ウインクさまが眼前に。
ぎゃぁぁぁぁあーーーー!目がバッチリあっちゃったぁー!
「こんにちは、ヒヨナちゃん」
ニコリと微笑むウインクさまの声が、わたしにヘッドショット!もう、ダメ……脳が死にました。
どのくらい時が経ったのか……わたしは舞い踊る心のまま、彼とのおしゃべりを堪能し……
「あれ?」
気付けば、メニュー片手に宿屋に戻っていたりする。はて?わたしは何を注文したのでしょうか?
そんなこんなでわたしは連日に渡り、カフェへと通いました。そう、彼に会うために。
「今日もカワイイね、ヒヨナちゃん」
もう、いっそのこと殺して。と失神しそうになったときでした。
離れた席で、ヒソヒソ話をする女性客の言葉が耳に触れます。
「なに、あの人。さっきからひとりでデレデレしててキモいんだけど……」
「しっ!放ってあげなさいよ」
はて?みなさん、なにをいってるのかしら?きっと、焼いてるのね。うふふ。
ウインクさまと話をしている優越感。この日をどんなに待ち望んでいたことか。いつまでも、こんな幸せの時間が続くといいなぁ……。
「ちょっと、ヒヨナ。ヒヨナ?」
気づけば宿の部屋。エミーダの問いかけが、惚けていたわたしの意識を現実へと引き戻しました。
「なに、エミーダ?」
「なにじゃないわよ。いつになったら、出発するのよ?もう、この町の男に飽きたから、そろそろ次いかない?」
あ、そうか。わたしたち、旅の途中だったんだっけ。
「ごめん、エミーダ。わたし、もう旅やめたから」
「はぁぁぁあ?」
「わたし、この町に骨を埋めることにしたの」
「はぁぁあ?なに、いってんの、ヒヨナ?」
「わたし、ウインクさまと結婚することに決めたの」
「ウインクさま?誰、それ?」
「わたしの愛おしい人」
キャー!言っちゃった、言っちゃったー!
身をよじってはにかむわたしに、エミーダが呆れてました。
翌日。
「……で、これが愛おしい人?」
そうよ。羨ましいでしょ。もっと褒めて褒めて。
「ヒヨナぁ……あんた、もしかして気づいてないの?」
「?」
「こいつ……ゴーストよ」
エミーダが明かす事実に思考が止まり……………………
「……いやだぁ、エミーダったらぁ。もぉ、冗談はヤメてよぉ」
「ゴーストよ、ヒヨナ。ほら、しっかりと目を見開いて見てごらんなさい」
とわたしの顔を掴み、ウインクさまに向けるエミーダ。
透けるような色白の肌は……本当に透けており、実体が無かったのです。
その現実を直視した途端、涙がこみ上げてきました。好きな男性に告白してフラれるより、惨めすぎる……。
「それで、アンタ。なんで成仏もせずに、こんなところでヒヨナをたぶらかしてんのよ?」
「成仏?……って、僕、死んでるんですか?」
もしかして気づいてないんですか?
「そうか……どうりで誰に話しかけても気づいてもらえなかったんだ。でも、どうしておふたりには僕が見えるんですか?」
「さぁ。あたしたちが魔女だからじゃない」
霊力も備わってるから当然なのだけれども……それを見抜けなかったわたしにも問題が
「でもヒヨナちゃんをカワイイと言ったのは本気です!」とウインクする彼。
キャーーーーーー!もう、いっそのこと、このまま呪い殺してぇ!
「ふざけないで!こうなったら、今すぐにアンタを成仏させてあげる」
エミーダが腕まくりをして浄化のための呪文詠唱を始めます。あぁ、わたしのウインクさまが……と、思い出にさよならしようかと思いきや
「ちょ、ちょっと待て!きみが今、唱えているのは、ボーイスラブだろ!?」
「あら、お気に召さないの?」
「ノーマルな僕が、そんなんでイケるわけないだろ」
露骨にいやな顔をするウインクさまと、面倒くさそうに眉根を寄せるエミーダ。
「仕方ないわね。じゃあ、ガールズラブのほうで」
「違ーう!そうじゃない!なんでアブノーマルなんだ?きみ、性癖ねじ曲がってるだろ!」
「ヒヨナに付きまとって、成仏しないアンタに言われたかないわよ」
すると彼の視線が、わたしに向けられました。
「どうせなら、ヒヨナちゃんに葬り去られたい」と、もの悲しげな目をして訴えてくるウィンクさま。
「わかりました。このヒヨナが、あなたのために最高の呪文で成仏させてあげます。そして、わたしも……」
「後を追うとか考えちゃダメよ、ヒヨナ」とエミーダに、自決の覚悟を妨げられました。
「でも、それじゃあ、あまりにもウインクさまが……」
「彷徨える死者の常套手段だって、学校で習ったでしょ」
確かに。場合によっては死者が死者を増やしていく最悪のパターンにもなると聞いています。
「しかも、ヒヨナの場合、未経験のまま死んだ女となるんだから、現世から離れられず、永遠にこの場にとどまる地縛霊になるわよ」
それは、ちょっとイヤかも……。
「それだけじゃないわよ。将来『昔、処女のまま死んだ女が、今も男を求め狂って出没しておる』って語り継がれるのよ」
そんな惨めな怨念ヒロインは、ぜーたいにイヤー!
となれば、いったいどうすれば?
「この手の場合、放っておくのが一番よ」
「でも、それじゃあ、ウインクさまがぁ」
「あたしたちの旅のモットーは一期一会でしょ。素直に諦めなさい」とエミーダに首根っこを掴まれ、カフェを後にすることとなり
「さようなら……わたしの大好きなウインクさま。あなたのことは一生忘れません」と涙しながら町を後にしたのです。
後日。
わたしは次の町で、ある口コミを耳にしました。そう、普通の人間には見えないゴースト界隈の人たちの会話を。
「噂で聞いたんだが、なんでも、この現世にチョロい女がいるそうだ」
「微笑んで名前呼んであげるだけで、簡単に落ちんだとよ」
「へぇー、面白そうじゃん。で、その子の名前は?」
「確か……ヒヨ……」
すぐさま、わたしは浄化魔法を唱え、問答無用でゴーストたちを浄化したのです。死人に口なし。そして金輪際、ゴーストなんかに恋しないことを誓ったのはいうまでもありません。
【おしまい】




