エピローグ
建国式典が終わり、国へと戻ったオーレリアンとリーズは、毎日それなりに忙しいながらも平穏な日々を過ごした。
一番の変化はと言えば、マノンだろう。それまでオーレリアンを毛嫌いしていた小柄な侍女は、最初こそ遠慮がちで、それまでの無礼を恥じていたからか緊張しっぱなしだったものの、慣れるうちにリーズに対するものとあまり変わらない態度でオーレリアンに接するようになった。
一度、オーレリアンが無茶して体を壊したときなど、滔々と説教しながらも凄まじく苦い薬を丁寧に作って、リーズと共に経過を見守ってくれた。薬はとても良く効き、オーレリアンは侍医の見立てより早く回復したものの、あまりの苦さに、
「これからは体調に気をつけることにする」
とげんなりした顔で言ってリーズを笑わせたほどだ。
ちなみに、今のマノンの野望は、オーレリアンの奇行を少しでも良くする薬や、療法の開発なのだという。それが叶うことがリーズとオーレリアンにとって一番嬉しいことのはずだからと告げては、日々研究している。
リーズは、いつかマノンに侍女ではなく薬師を目指して欲しいと考えていたが、まだまだ先になりそうだった。
一方、オーレリアンはあの日からより一層、リーズと共に過ごす時間を増やしていた。それはまるで、今まで埋められなかった何かを埋めようとしているようで、リーズは全て受け止めるつもりでいた。
そんな彼が、大切にしている蝶たちの世話を削ったりしなくていいよう、リーズも世話を手伝うことにした。最初は戸惑いもあったが、今ではリーズにとっても可愛い存在となっている。
そんなふたりは、どうやら非常に仲の良い夫妻という認識を周囲に与えているらしく、オーレリアンに対する悪いうわさも少しずつ消えていき、今では国民にとって理想の夫婦像とまで言われるようになっていた。
奇行もほとんど起こらず、今では起こっても見張りの衛士が止めればすぐに目が覚めるくらいに変化していた。
リーズの方もまた、ああいう形できちんと愛情を確かめ合えたことで、少しは強さを得ていた。
あの後、ようやく母のお墓を訪れて花をたむけることが出来たのだ。悔やんでも時は戻せないが、気持ちに決着がついた気がした。
お墓に向かって言葉をかけた時のことは忘れない。
「お母様、産んでくれてありがとう、そして、弱い人間でごめんなさい。それでも、わたしは貴女を愛しています。いつか、貴女の元へ行くことが出来たなら、その時には思い切り怒って下さいね」
天国に行けるとは思えなかったが、リーズはそう告げる。その後ろで、オーレリアンはずっと肩を支えつづけてくれた。
その手の力強さに、リーズは救われる思いがしたのだった。
「あれからもう、一年以上が経つのね」
離宮の客間にある柔らかなソファに腰掛け、リーズは呟く。
本当なら、今年も式典に招かれていたのだが、ある理由から参加を辞退していた。そんなリーズのために、オーレリアンも残ることに決めたのだ。
出来れば、あの後の祖国をこの目で見たかったが、それは来年になりそうだ。
祖国と言えば、姉は元気に子どもを産んだそうだ。元気な男の子で、将来が楽しみだと手紙をくれた。
姉は手紙を何通も送り、色々なことを書いて来た。その中に、ダミアンについてのこともあった。彼はしばらくはふさいでいたが、今では立派に復帰しているという。
リーズは安堵した。
彼はとても有能であり、マラキア王国には必要な人間なのだ。もちろん、オーレリアンを害しようとしたことは許せないが、その当人がもう気にしていないと言っている以上、事を荒立てることはない。
それに、今はそんなことに気を取られていられないのだ。
しばらく考え事にふけっていると、朝の務めを終えたオーレリアンが戻って来た。
「リーズ、どこか具合でも悪いのかい? 今そこで侍医と会って、聞けば君の診察に来たと言うじゃないか」
言いながら横にやって来ると、彼はリーズの手を取って顔を覗き込んでくる。その顔を見ると、リーズは時々最初に会った時のことを思い出すのだ。
あの時は、こんな風に愛おしいものになるとは思ってもみなかったのたが、今では彼のいない日々など考えられなかった。
「ええ、ちょっと気になっていたことがあったから、診てもらったんです」
そう告げれば、オーレリアンの表情が曇る。
もっとすぐに、はっきり言えばいいのに、心配してもらえることが嬉しくて、リーズは思わずひとり笑ってしまった。
「リーズ? やっぱり何かあったんじゃ」
「はい、あったんです」
リーズはオーレリアンの手を取り、自分のお腹に当てて静かに目を伏せると、言った。
「確信はなかったのですが、さっきはっきりしたんです。リアン様、私たちに、子どもが出来ました」
すぐに返事は返ってこなかった。リーズは、呆然と自分の手が当たっている個所を凝視している彼が何かを言うのを待った。
外で、小鳥のなく声が響く。
しばらく黙り込んだあと、ようやく口を開いたオーレリアンの声は掠れていた。
「本当に……私が、父親に?」
「はい」
頷くと、次の瞬間抱きしめられた。リーズはただされるがまま、彼の背中に手を回す。
「嬉しい、でも、こんなに幸せでいいんでしょうか?」
オーレリアンは少し体を放して、不安そうにリーズの目を見た。リーズは彼の気持ちが良くわかった。今までのことを思えば、ここしばらくの間に起こったことは奇跡のようだ。
「いいんだと思います。この子と一緒に、幸せになりなさいと言うことなんだと、わたしは信じています」
「……ありがとう。リーズ、君が来てくれなければ、何一つ手に入らなかったはずです、だから、ありがとう」
「いいんです、わたしだってそうなんですから。一緒に、今度はこの子も一緒に幸せになりましょう」
「はい」
オーレリアンは心から嬉しそうに頷いた。
その目に浮かぶのは、ただ愛おしさのみで、リーズはただ嬉しかった。きっと、これから色々なことが起きるだろう。国同士の橋渡しとなるこの子にも、義務が課せられる。それでも、与えてあげられるものは全て与えるのだ。
母が、父がそうしてくれたように、自分にも出来るはずだ。
なぜなら、隣には愛し、信頼できるオーレリアンがいる。彼となら、どこまでも歩いて行ける。それは確信だった。
リーズは満たされた気持ちで、そっと目を閉じた。
―fin―
五番目の婚約者はこれにて完結となります。
このお話は、心に傷を持つ者同士が出会って、恋をすることで傷を癒されるというお話と、王女様主人公がどうしても書きたくて始めたものでした。最初はもう少し明るいものにする予定だったのですが、テーマ的に、やはりシリアスが多めのお話になりました。
少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
最後に、ここまでお読み下さった方、お気に入り登録や評価を下さった方、本当にありがとうございました。
とても支えとなりました。
また、他の作品にも目を向けていただければ嬉しく思います。




