特別番外編 知らない祭り
年に一度のハロウィンの日。
セレスタも例外ではなく街はお祭りムード。
ハロウィンを知らないリュカは、楽しい祭りを過ごすことができるのか───
その日、セレスタの町はいつもとは少し違う賑わいに包まれていた。
通りの両脇には、カボチャをくり抜いて作られたランタンが並び、建物の窓には黒いコウモリや奇妙な形をした飾りが吊るされている。
商店の軒先には色とりどりのお菓子が並び、普段は見かけない奇妙な衣装を身にまとった人々が、楽しげに町を歩いていた。
子どもたちの笑い声。
屋台から漂う甘い香り。
通りのあちこちから聞こえてくる、聞き慣れない掛け声。
そんな賑やかな町並みを、リュカはきょろきょろと見回していた。
「…………。」
灰色の狼耳をぴこぴこと動かしながら、彼女は道端に飾られたカボチャを見つめていた。
普段は見ない、顔を模して作られたようなカボチャ。
しかも、その口は妙に大きく、ギザギザのニヤケ口が妙に不気味に見えた。
「……こわい顔。」
ぽつりと呟く。
その隣を、頭に小さな角を生やした子どもが駆け抜けていった。
「トリック・オア・トリート!」
「はいはい、これ持っていきな!」
店先にいた女性が、子どもの袋にキャンディーを放り込む。
子どもは満面の笑みを浮かべ、友達のもとへ走っていった。
「…………?」
リュカは、その様子をじっと見つめ、首を傾げた。
「……なんだろう。」
「ふふっ。気になる?」
背後から声をかけられ、リュカの耳がぴくりと動いた。
振り返ると、そこにはリリが立っていた。
彼女はリュカの視線の先を追い、楽しそうに微笑んだ。
「今日はハロウィンなのよ、リュカちゃん。」
「……はろうぃん?」
「そう。仮装をしたり、お菓子をもらったり、みんなでお祭りを楽しむ日なの。」
「…………。」
リュカはもう一度、通りを見回した。
角の生えた子ども。
長い鼻をつけた男性。
全身を包帯で巻いた人物。
そして、頭からカボチャをかぶった誰か。
「……みんな、変な格好。」
「確かに変ね。でも、あれもまた楽しみの一つなのよ。」
リリは笑いながら、リュカの頭を優しく撫でた。
狼耳が、くすぐったそうに小さく揺れる。
「ハロウィンではね、普段とは違う格好をして皆で楽しむの。それで、さっきの子みたいに『トリック・オア・トリート!』って言うと、お菓子をもらえるのよ。」
「…………お菓子?」
ぴくり。とリュカの耳が立った。
「ええ、お菓子。」
「……言うだけで?」
「そう。もちろん、行くお店によって違うけどね」
「……お金は?」
「お祭りだから、無料で配ってくれるところもあるわ。」
「…………!」
リュカの琥珀色の瞳が、ほんの少しだけ輝いた。
リリはその変化を見逃さなかった。
「ふふっ。興味が出てきた?」
「……別に。」
「本当に?」
「……少しだけ。」
「そうよねぇ!」
リリは嬉しそうに頷いた。
「せっかくだもの。リュカちゃんも参加してみましょう!」
「……参加?」
「ええ!仮装をして、お祭りを楽しむの。お菓子も貰えるわよ!」
「…………。」
リュカの耳が、わずかに横へ傾いた。
「……仮装は、しなくてもいい?」
「…………。」
「……リリさん?」
リリはにっこりと微笑んだ。
「もちろん、仮装しなくてもお菓子はもらえるわよ?」
「……そう。」
リュカの耳が元に戻った。
ほっとしたように息を吐く。
その様子を見て、リリは一度だけ視線を逸らした。
そして。
「……でもね、リュカちゃん。」
「……なに?」
「……私、可愛い衣装をね、用意してあるの。」
「…………。」
リュカの耳が、一気にぺたんと垂れた。
どうやら、このお祭りは思っていたほど平和ではないらしい。
「リュカちゃん、こっちとこっち、どっちが可愛いと思う?」
「……え……。」
リュカの目の前に、二着の衣装が差し出された。
どちらも、カボチャの装飾品があしらわれたフリルたっぷりのドレスだった。
一着目は、割とシンプルめだが、明らかにスカートの丈が短い上に胸元に大きなリボンが付いている。
二着目は、丈は少し長めに見えたが、派手な紫色の生地を惜しげなく使い、裾にも袖にも幾重ものフリルが重ねられたもの。
どちらも、普段のリュカが着ている服とは似ても似つかない。
そもそも、こんなに布が多い服を着たことがない。
リュカは二着を見比べた。
それから、自分の服を見下ろす。
動きやすい短パンに、黒いタイツ。白のシャツ。
使い込まれたローブ。
それに比べて、目の前の衣装は。
「……動きにくそう。」
「え?」
「……わたし、いい。」
「ええっ!?」
リリが目を丸くした。
「まだどっちが可愛いか聞いただけよ!?」
「……どっちも、着たくない。」
「そんな……!」
リリは二着のドレスを胸元に抱え、心底残念そうな顔をした。
だが、すぐに首を振って、吹っ切れたように明るい表情でリュカに詰め寄った。
「リュカちゃん!」
「……なに。」
「私はこっちの紫の方がリュカちゃんの灰色に合ってて可愛いと思うんだけど……どうかな?!」
リュカは紫色のドレスを見た。
続いて、自分の髪をつまむ。
もう一度、ドレスを見る。
「……何言われても、着ない。」
「そう言わず、ほら、着てみて?ね?」
「……リリさん。」
「なあに?」
「……顔、怖い。」
「えっ!?」
リリは、思わず口元に垂れていたよだれを慌てて拭いた。
「そ、そんなことないわよ!?」
「…………。」
「ほら、ね?一回だけでいいから、ね?」
「…………。」
「ね?」
「…………。」
リュカは静かに一歩後ずさった。
リリも一歩近づいた。
リュカがもう一歩下がる。
リリがまた一歩近づく。
しばらく、無言の攻防が続いた。
───やがて。
「……ごめんなさい。」
脱兎の如く、リュカが逃げ出した。
正確には狼なので脱狼だろうか。
「あっ……!こら!待てーっ!!」
リリが慌てて追いかける。
片手に黒いドレス、もう片手に紫色のドレスを抱えたまま、リュカを追いかける。
「リュカちゃーん!待ってぇー!」
「……やだ。」
「一回だけ!本当に一回だけだから!」
「……やだ。」
「それ以上は何もしないから!」
「……信じない。」
「なんでぇ!?」
町の通りを、小さな追いかけっこが駆け抜けていった。
通行人たちは何事かと振り返り、事情を察した者たちは微笑ましそうに見送った。
ただし、当のリュカだけは、まったく楽しそうではなかった。
───結局。程なくしてリュカは捕まった。
正確には、追いかけっこの途中で屋台の角を曲がり、そこで偶然出くわしたガルドに助けを求めようとしたのだが。
「っ……ガルドさん。」
「おう?どうした、リュカ」
「……助けて……。」
「ん?」
明らかに怯えた目をしているリュカ。
何事かとガルドが顔を上げた。
その直後。
「リュカちゃ──ガルドさん!!リュカちゃん捕まえて!」
「…………。」
ガルドはリュカの背後から迫るリリを見た。
もう一度怯えきったリュカを見た。
そして、リリの両手に抱えられたフリルのドレスを見た。
「……あー。」
何かを察した顔になった。
「……悪いな、リュカ。」
「…………!?」
次の瞬間、ガルドはリュカのローブの首根っこを一気に持ち上げて捕まえた。
「……なんで……。」
「……悪いな。アレには逆らえん。」
リュカを抱え、遠い目をするガルド。
逃走を諦め、脱力して抱えられるリュカ。
その目線の先には。
目を光らせ、怪しげな笑みを浮かべるリリが全速力で走ってきているのが映っていた。
「はぁ……はぁ……ありがとうガルドさん。」
「お、おお…。」
リュカをゆっくりとリリの前に差し出すガルド。
いつも自信満々の顔をしているけど、今回はその顔もどこへやら。
リリの圧に圧倒されて、頑張れよと一言だけリュカに残し、そそくさとその場を去っていった。
「さて……リュカちゃん?」
「…………。」
「ちょっとだけ、試着してみましょう?」
「……いや。」
「ね?」
「…………いや。」
「ね?」
「…………。」
何を言っても、もう同じ言葉しか返ってこない。
周りに助けを求めようとしたが、あるのは壁と道だけ。
誰もリュカの味方はいなかった。
───それから、しばらくして。
リリの家で、リュカは紫色のドレスを着ていた。
正確には無理やり着せられていた。
黒を基調とした生地に、紫色のフリルが幾重にも重なっている。
袖口にも裾にも細かなレースがあしらわれ、首元には小さな飾りがついていた。
灰色の髪と狼耳に、驚くほどよく似合っている。
ただし。
本人の表情は、まったく晴れやかではなかった。
「…………。」
リュカは鏡の前に立ち、自分の姿を見下ろしていた。
裾をつまむ。
ひらひらと揺れる。
手を離す。
また揺れる。
「…………。」
なんとも言えない苦虫を噛み潰したような顔になった。
その背後で。
「きゃあああああ!!」
リリが叫んだ。
「可愛い!リュカちゃん、すっっごく可愛いわ!!!」
「…………。」
あまりの突然の大声に、リュカは静かに耳を畳んだ。
そんなリュカにお構いなしに、リリはどこからともなく取り出したカメラを向ける。
「リュカちゃーん!こっち向いて!」
パシャッ!
「もう少し顔を上げて!」
パシャシャシャッ!
「最高!ああ、もう、本当に可愛い!!」
パシャッ! パシャッ!
炊かれるフラッシュとリリの奇声に、リュカの機嫌がどんどん悪くなっていく。
それに合わせるように、尻尾の先がゆらゆらと細かく揺れ、耳はほぼ真横まで垂れてしまった。
「……もう脱ぐ……。」
「なんで!?こんなに似合ってるのに……ああ、いい! とてもいいわ!!」
リュカはじっとリリを見た。
リリはカメラを構えたまま、目を輝かせている。
「……リリさん。」
「なあに?」
「……もう、いい?」
「まだ全然撮れてないわよ!?」
「……十分、撮ったと思う。」
「そんなことないわ!ほら、こっち向いて!」
パシャッ!
リュカの狼耳が垂れたまま震える。
これ以上垂れさせられないから、限界まで畳まれてるように見えた。
リリはそれを見て、さらに興奮した。
「その耳も可愛いぃぃぃ!!」
「…………。」
「ちょっと下を向いてみて!」
「……なんで。」
「いいから、いいから!」
パシャッ!
「今度はこっちから!」
「……っ! し、下から撮らないで……!」
「あっ、ごめんなさい!つい!」
そう言いながら、リリはカメラを構え直した。
リュカは一歩後ずさった。
「……まだ撮るの?」
「もちろん!」
「…………。」
「あと一枚だけ!」
「……さっきも聞いた。」
「今度こそ本当に最後!」
「…………。」
リュカは、ゆっくりと目を細めた。
絵に描いたようなジト目をリリに向けて唸った。
そして、ぽつり。
「……リリさん、うそつき。」
「うっ……!」
リリが胸を押さえた。
「そ、そんな目で見ないでぇ……!」
「……なら、撮らないで。」
「…………。」
リリは一瞬だけ黙り込んだ。
そして、カメラを下ろす。
「……わかったわ。」
「…………。」
「じゃあ、あと一枚だけね?」
「……話、聞いてた?」
結局、ここからさらに三枚撮られた。
撮影会が終わったリュカは、疲労感に抗えずげっそりとした顔をしていた。
対照的に、リリは艶々とした恍惚の表情で撮影した写真を見返しては、何度も頷いていた。
「うん……いいわね……。」
「…………。」
「この角度も素敵だし、こっちも……ああ、選べないわ!」
「……消して。」
「えっ?」
「……写真。」
リュカからの願いは虚しく、リリは抱き抱えるようにカメラを持って後ずさった。
「だ、だめよ!こんなに可愛い写真、消せるわけないじゃない!」
「…………。」
リュカは細められた目で遠くを見つめた。
そして、静かに立ち上がった。
「……もう脱ぐ。」
「えっ、待って!」
リリは慌てて顔を上げた。
気にもとめず、リュカは自分の服へと向かっていた。
「リュカちゃん!」
「……わたしは、もう十分。」
「…………。」
リリは、少しだけ考え込んだ。
それから、椅子の横に置いてあったもう一着のドレスを手に取る。
「……ねえ、リュカちゃん。」
「やだ。」
「まだ何も言ってないわよ?」
「……じゃあその服、仕舞って。」
「……だめ?」
「……着ない。」
「んー……なら仕方ないか。」
「…………?」
リュカが、わずかに顔を上げた。
リリは本当に諦めたらしい。
衣装を畳み始めている。
その姿に、リュカはほんの少しだけ安心した。
これでようやく終われる。
そう思った、次の瞬間。
「───ふう、捕まえた♪」
「?!?!!?!」
満足そうに額を拭うリリ。
まさに一瞬だった。
リュカが振り返るよりも早く、リリが動いていた。
目にも留まらぬ速さで間合いを詰め、逃げようとしたリュカをあっという間に捕まえる。
「……な、なに……!?」
気がつけば、リュカは床に座らされ、怪我をしないよう手際よく白い布でぐるぐる巻きにされていた。
あまりにも鮮やかな手際だった。
リュカは数秒、状況を理解できずに固まっていた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「…………なにするの。」
リリは満面の笑みだった。
「ふふっ。特級冒険者の実力、甘く見ちゃ駄目よ?」
「……今、使うところ……?」
「ああ、訓練しててよかった!」
「…………。」
リュカは目を閉じた。
もう何も言いたくなかった。
リリは満足そうに、先ほどの黒色のドレスを抱え直した。
「皆の前は恥ずかしいもんね?家から出なくてもいいから、私にだけいっぱい見せてね?」
「……やだ、まって……たすけ……。」
「大丈夫よ、リュカちゃん!絶対可愛くしてあげるから!」
「……そういう、問題じゃ……。」
「さあ、行きましょうね〜。」
リリは、リュカを抱きかかえるようにして立ち上がった。
その顔は、最後まで優しい笑顔だった。
リュカの耳は、限界を超えぺたんと頭に張りついていた。
その目は、どこまでも遠くを見つめていた。
───この日、セレスタでは、一人の少女が特級冒険者に捕獲された。
魔物討伐でも、緊急任務でもない。
ただの着せ替え作戦である。
それから、しばらくして。夜の歓楽街。
セレスタの中央広場では、ハロウィンの伝統、仮装大賞が始まろうとしていた。
広場には大きなステージが設けられ、周囲にはカボチャのランタンや色とりどりの旗が飾られている。
観客席には町の人々が集まり、出場者たちはそれぞれの衣装を整えていた。
リュカはリリの用意していた魔女を模したのローブと帽子に身を包み、ガルド、そしてどこからともなく現れたヴァルゼンと合流して4人で広場に集まっていた。
今年の司会を務めるのは、ギルド長のダリウス・エルグレン。
普段は帽子を深くかぶり、柔らかな笑顔で冒険者たちを見守っている、セレスタの冒険者ギルド長である。
今日もまた、彼はいつもと変わらぬ笑顔で舞台袖に立っていた。
……ただし。
「…………。」
ガルドが、彼を見て固まっていた。
隣に立つヴァルゼンも、無言だった。
リリはどこか遠い目をしていた。
そしてリュカは。
「…………おお。」
感激のあまり目を見開いていた。
そこに立っていたのは、淡い金髪を美しく整え、黒と紫を基調とした豪華なドレスを身にまとった人物だった。
幾重にも重ねられたフリル。
繊細なレース。
胸元を飾る大きなリボン。
頭には、衣装に合わせた優雅な帽子。
指先まで行き届いた装飾と、姿勢の美しさ。
そして何より。
その人物が、いつもと変わらぬ余裕の笑みを浮かべていたこと。
ダリウスは、完璧な女装姿でそこに立っていた。
「……皆さん、どうかしましたか?」
柔らかな声。
いつもと変わらない口調。
しかし、その姿はどう見ても、華やかな貴婦人そのものだった。
ガルドが震え始めた。
「……おい。」
「はい?」
「お前……何してんだ?」
ダリウスは、にこりと笑った。
「仮装ですよ?」
「見りゃわかるわ!!」
ガルドが腹を抱えて笑い出した。
「がっはははははは!!お前、なんだその格好!!なんで似合ってんだよ!!」
「ありがとうございます。衣装にはこだわりましたから。」
「似合、似合いすぎてやべぇ!ははははははは!」
ガルドはさらに笑った。
一方、ヴァルゼンはというと。
「…………。」
ダリウスを見つめていた。
冷たい視線だった。
まるで、床に落ちた虫の死骸を見ているかのような目だった。
「……お前、正気か?」
「ええ。もちろん」
「…………。」
「何か問題でも?」
「……いや。」
ヴァルゼンは視線を逸らした。
「……威厳もへったくれもないな。」
「ははっ。厳しいな、ヴァルゼン。」
「黙れ。」
リリはというと、真顔だった。
「…………。」
完全に、スンッとした表情をしていた。
あまりにも堂々とした上司の姿を前に、何かを考えること自体を放棄したような顔である。
そして。
「……おおお……。」
リュカだけが、目を輝かせていた。
両手を胸の前でぎゅっと握り、身を乗り出している。
普段は表情の変化が少ない彼女が、ここまで露骨に感動しているのは珍しい。
「……すごい。」
ぽつりと呟いた。
「……すごく、きれい。」
「ありがとう、リュカ君。」
ダリウスは優雅に一礼した。
リュカはさらに目を輝かせた。
「……おおお……!」
「お前、そんなに感動するところか!?」
ガルドが笑いながら突っ込む。
リュカは真剣な顔で頷いた。
ヴァルゼンが、心底嫌そうな顔をしながら呟く。
「……理解できん。」
リリは真顔のまま、小さく呟いた。
「……似合ってるのが、余計に腹立つわね。」
ダリウスは、そんな全員の反応を楽しむように微笑んでいた。
「皆さんに楽しんでいただけているようで、何よりです。」
「お前、絶対分かっててやってるだろ!!」
ガルドの笑い声が、広場に響き渡った。
───仮装大賞が始まった。
参加者たちは次々と舞台に上がり、それぞれ自慢の衣装を披露していく。
魔法使い。吸血鬼。骸骨の騎士。
巨大なカボチャの怪物。
中には、何の生き物を模しているのかまったくわからないものまでいた。
そんな中、リュカはというと。
「…………。」
舞台袖で、じっと自分の衣装を見下ろしていた。
紫色のドレス。
幾重にも重なったフリル。
そして、なぜか頭につけられた小さな飾り。
「……なんで。」
「もう、リュカちゃん!」
隣にいたリリが怒ったような顔をしている。
「そんなこと言わないの!とっても似合ってるわよ?」
「……さっきのが良かった。」
「だーめ!せっかくこんなに可愛いのに!」
「……リリさんの前だけって、言った……。」
リリは一瞬、言葉に詰まった。
そして、思わず吹き出した。
「あははっ!そうだったわね!」
リュカは、じとっとした目でリリを見た。
「……笑いごとじゃない。」
「ごめんなさい。でも、リュカちゃんがこんなに可愛いのがいけないのよ。」
「……意味がわからない。」
そこへ、ガルドがやってきた。
「おう、リュカ!お前も出るのか?」
「……出さされる。」
「あー……まあ、ほら。優勝したらお前の好きなお菓子が山程貰えるぞ。な?」
その言葉に、リュカの目が変わった。
「……お菓子が、もらえるなら。」
「現金な奴だな!」
ガルドは豪快に笑った。
「俺も応援しとくからよ!頑張れよ!」
「……ん。」
リュカは小さく頷いた。
その後ろで、ダリウスが優雅に歩いてきた。
「リュカ君。頑張って。」
「……うん。」
リュカはダリウスを見上げた。
そして、少しだけ考え込む。
「……あの。」
「ん?」
「……重くない?」
「服の事かい?まあ、多少は。」
「……歩きにくくない?」
「慣れれば、そうでもないよ。」
「…………。」
リュカは自分のスカートを見下ろした。
「……すごいね。」
ダリウスは微笑んだ。
「褒められちゃったな。ありがとう。」
そのやり取りを聞いていたヴァルゼンが、ぼそりと呟いた。
「……何を感心している。」
ヴァルゼンは、それ以上何も言わなかった。
ただし、その顔は依然として不機嫌そうだった───。
ステージパフォーマンスも終わり、結果発表の時間がやってきた。
審査員たちは舞台の中央に並び、ダリウスが結果を読み上げる。
「それでは、今年のハロウィン仮装大賞の結果を発表します。」
観客席が静まり返った。
リュカは両手を胸の前で握りしめていた。
視線は、舞台の隅に積まれた豪華なお菓子の詰め合わせに釘付けである。
「まず、優秀賞───」
次々と名前が呼ばれていく。
歓声。
拍手。
受賞者たちの喜びの声。
しかし、リュカの名前は呼ばれなかった。
「…………。」
狼耳が、少しずつ垂れていく。
「……だめ、だった?」
小さく呟いた。
リリが慌てて肩に手を置く。
「まだよ、リュカちゃん!特別賞が残ってるわ!」
「……特別賞?」
「ええ!」
リュカは、もう一度舞台を見た。
ダリウスが、にこりと笑う。
「それでは、最後の賞を発表します!」
観客たちが息を呑んだ。
「今年の特別賞───」
少しの間。
「リュカ・グレイさんです!」
「…………!」
リュカの耳が、ぴんと立った。
会場から拍手が沸き起こる。
リュカは驚いたように目を瞬かせた。
「……え?」
「おめでとう、リュカちゃん!」
リリが嬉しそうに手を叩く。
ガルドも笑顔で拍手していた。
「よかったな、リュカ!」
「……ん。」
リュカは、少しだけ嬉しそうに頷いた。
そして、賞品が運ばれてくる。
大きな箱。
その中には、色とりどりのお菓子がぎっしりと詰め込まれていた。
クッキー。キャンディー。焼き菓子。
カボチャの形をした甘いお菓子。
リュカは、それを見つめた。
「…………。」
目が輝いた。
「……これ、全部?」
「ああ。そうだよ。」
ダリウスが笑顔で答える。
リュカは、そっと箱を抱きしめた。
「…………。」
そして、小さく呟いた。
「……ハロウィン、いいお祭り。」
ガルドが吹き出した。
「お前、さっきまで嫌がってたじゃねえか!」
「……お菓子が、もらえたから。」
「はっはっは!正直だな、おい!」
リュカは箱を抱えたまま、満足げに頷いた。
ようやく、苦労が報われた。
そう思った。
しかし。
「……さて。」
ダリウスが、穏やかな声で口を開いた。
「リュカ君。特別賞には、もうひとつ特典があってね?」
「…………?」
リュカの耳が、ぴくりと動いた。
「……特典?」
「ああ。」
ダリウスは、広場の中央を指差した。
そこには、巨大なカボチャの着ぐるみが置かれていた。
大きな丸い頭。
くり抜かれた目と口。
胴体までカボチャの形をしており、手足は短く、全体的にずんぐりとしている。
どう見ても、かわいいというよりは奇妙な代物だった。
「受賞者には、祭りの最後を飾るパレードに参加していただくことになってるんだよね。」
「…………えっ…………。」
「そして、今年の特別賞の衣装は、こちらです!」
「…………えっ………………?」
リュカは、カボチャを見た。
カボチャもまた、虚ろな目でリュカを見つめていた。
しばらく、沈黙が続いた。
「…………え?」
何度目かも分からない、絞り出すような声が出た。
ダリウスはにこにこと微笑んでいる。
「大丈夫。お菓子は一旦回収して、パレードの後にまた渡しに来るからね。」
「…………あっ。」
ダリウスの手でリュカの手からお菓子の箱が取り上げられる。
リュカは、助けを乞う目でゆっくりとリリを見た。
リリは、にっこりと微笑んだ。
「リュカちゃんならなんでも似合うわ!」
「…………あの……。」
ガルドは、肩を震わせていた。
ヴァルゼンは、すでにその場に居なかった。
そして、リュカは。
「……もう、やだ……。」
悲しそうに尻尾と耳を垂れさせ、ぽつりと呟いた。
数分後。広場の中央に、巨大なカボチャが現れた。
いや、正確には。
巨大なカボチャの着ぐるみを着せられたリュカだった。
頭からすっぽりとカボチャをかぶり、胴体まで丸いカボチャの形に包まれている。
歩くたびに、ずんぐりとした着ぐるみが揺れた。
その姿は、どこからどう見てもカボチャだった。
「…………。」
リュカは、パレードの中をゆっくりと歩いていく。
着ぐるみの中は暑い。視界も狭い。足元も見えにくい。
そして何より、歩きにくい。
「…………。」
リュカは無言だった。
対照的に、沿道の子どもたちは大喜びで手を振っている。
「カボチャのおばけだー!」
「かわいいー!」
「トリック・オア・トリート!」
リュカは、か細い声で答えた。
「……がおー……。」
しかし、声が小さすぎた。
「えー? なんてー?」
「…………。」
リュカは、少しだけ顔を上げた。
そして、もう一度。
「……が、がおー……。」
子どもたちは大喜びだった。
「カボチャのおばけが鳴いたー!!」
「もう一回やってー!」
「…………ううう……。」
リュカは、着ぐるみの中で目を閉じた。
もう、何も考えたくなかった。
少し離れたところでは、リリが楽しそうに手を振っている。
「リュカちゃーん! 頑張ってー!」
ガルドは腹を抱えて笑っていた。
「うははははは!!お前、最高だぞ!!」
その隣で、ダリウスが優雅に手を振っている。
「皆さん、楽しんで貰えてるようで何より。」
「お前が一番楽しんでんじゃねえか!!」
ガルドのツッコミが鋭く飛んだ。
リュカは何も考えず、その横を通り過ぎて行った。
──パレードはようやく終わりを迎え、着ぐるみを脱いだリュカは、その場にぺたりと座り込んだ。
「…………。」
髪は乱れ、狼耳は垂れ、尻尾も力なく床に落ちている。
そんなリュカの元に、ガルドとリリが駆け寄ってきた。
「お疲れさま、リュカちゃん!すっごく可愛かったわよ!」
「…………。」
「ね? 参加してよかったでしょう?」
「…………。」
リュカは、ゆっくりと顔を上げた。
琥珀色の瞳は、どこまでも遠くを見つめていた。
「……もう二度と、やらない……。」
その一言に、ガルドが再び吹き出した。
「はっはっは!そう言うなって!来年もあるぞ!」
「……行かない。」
「リュカちゃん、来年はもっと可愛い衣装を用意するわね!」
「……行かない。」
「今度は黒い方も着てみましょう?」
「……着ない。」
「ね?」
「……やだ。」
リュカは、静かに立ち上がった。
そして、ダリウスから受け取ったお菓子の箱を抱きしめる。
「……お菓子だけ、もらいに来る。」
「あら……ま、いっか。」
リリはまた笑顔で頷いた。
その笑顔を見て、リュカは一歩だけ後ずさった。
どうやら、まだ安心はできないらしい。
───翌年。
セレスタの町には、再びハロウィンの季節が訪れていた。
通りには去年同様カボチャのランタンが並び、店先には色とりどりのお菓子が飾られている。
そして、町の中央広場には、大きな告知ポスターが掲示されていた。
そこには、無表情で手を振る巨大なカボチャの着ぐるみが描かれている。
その下には、こう書かれていた。
『昨年の特別賞受賞者!大人気のカボチャのおばけが今年も登場!』
「…………えっ……?」
ポスターの前で、リュカは立ち尽くしていた。
狼耳が、ゆっくりと垂れていく。
「……なんで、これが貼ってあるの?」
隣にいたリリが、楽しそうに微笑んだ。
「去年の人気投票、一位だったみたいね。」
「…………。」
「今年も出演してくれるわよね?」
「…………。」
リュカは、ゆっくりとリリを見た。
リリは、にっこりと笑った。
リュカは、ポスターを見た。
そして、もう一度リリを見た。
「…………。」
しばらくして。
「……帰るっ。」
「あっ、待って!リュカちゃーん!」
リリが追いかける。
リュカが逃げる。
セレスタの町に、再び賑やかな声が響き渡った。
───狼少女の受難は、来年も続く。
そして、その翌年も。
さらに、その翌年も。
リュカがハロウィンを好きになる日はまだまだ遠そうであった。




