本当はこうしたかった
窃盗団のメンバーだということで、似顔絵が並べられた。その中で知っている人物がいるか問われたのだが……。
いない。
誰一人、知っている顔がない。
私に宝石を、リジェクターの鑑定目的で渡したドンの姿すらなかった。これは何か試されているのかしら……? でもさすがに皇都警備隊が行う取り調べの手法に関する知識はない。何か意図があったとしても、想像がつかないので、「この中に知っている人物はいない」と答えると、よく見て欲しいと言われ、再度確認するが……。
いなかった。
それでもしつこく聞かれ、もう一度じっくり見るが、いないのだ。「いません」と答えることしかできない。
するとドンの似顔絵を用意するから、詳しく話を聞かせて欲しいとなった。つまり私からヒアリングし、ドンの似顔絵を作ると言うわけだ。
ということは、さっき見た窃盗団のメンバーの似顔絵に、ドンはいなかったことになる。私が誰も知らないと答えたことは……間違いではないわよね?
そして新たに職員が部屋に来て、私はドンの特徴を話すことになる。
その後は、ドンから鑑定目的で預けられた宝石について聞かれ、鑑定した結果についても尋ねられた。正直、数も多かった。よってメモ代わりに羊皮紙に記録をとっていたので、それを見て欲しいと頼みつつ、思い出せる限りを話し、終了となった。
室内に時計がないので、時間が分からない。でも馬車で移動中の休憩で、パンとスープとフルーツを食べたが、多分、あれがお昼代わりだったと思う。この後、夕食の時間になるだろうが、食事はとれるのかしら? どう考えても、今から家に帰してもらえる気はしない。だからといって私はまだ、犯人ではないわけで。
どうなるのかと思っていたら、前世で言うところの留置所のような部屋に案内された。「どこかの宿に、泊まれるのではないのですか!?」と尋ねると、「宿に泊まると、お金がかかりますよ。その支払いは、ジョーンズさんに払っていただくことになります。食事などもすべてご自身の負担。でもここ、皇都警備隊の本部建物内であれば、飲食も含め、お金はかかりません」と警備兵に説明されては、宿がいいとは言えなくなった。
大人しく案内された部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。
窓はあるが、天井に近い高い位置にあるので、外の景色は見えない。ただ空が見えるので、日中なのか、夜なのか。その区別はつきそうだった。
壁は灰色で、気持ちを落ち着かせるためなのか、森を描いた絵画が唐突に一点、飾られている。絨毯は敷かれていない、板張りの床。椅子やテーブルはなく、棚があり、そこに洗面道具や着替えや下着が置かれている。
昨日の今頃は父親と「そろそろ夕食の準備をするか」なんて話していたのに。いきなり皇都の中心部にやってきて、知らない人に話を聞かれ、何もない部屋に案内された。
そこで気づく。
この環境の激変に、皇太子のことをすっかり忘れていた。自分の心理や状況を分析することさえなかった。これは良いことなのか、悪いことなのか……。
でも私は無罪で巻き込まれたに過ぎない。きっと家に帰ることはできる。これは一時の変化だから大丈夫。そう、自分に言い聞かせるが。ここに来て一人になることで、自分の内面を分析することになる。
人間は、ロサダの法則によると、ポジティブな感情が3、ネガティブな感情が1で、停滞が起こらず、心が安定するという。だが現在の状況は、これがだだ崩れの状態。正直、ネガティブな感情が4だと思う。
ダメ。このままではマイナス思考になってしまうわ。
少しでも前向きな気持ちを思い出したかった。
気づけば皇太子と過ごしたローズ祭りのことを、思い出していた。
『夕食までに……シャーリーを送り届けないといけないですね。ですが昼に続き、夜もパレードがあるそうです。それに噴水広場ではダンスも。花火の打ち上げもあります。もう少しだけ。シャーリー、わたしと一緒に過ごしませんか?』
ローズドリンクを飲み終え、空の色が変わってきた時。
皇太子が少し頬を染め、そんな提案をしてくれた。
ローズ・リバー・ガラをしたら、家に帰ったと思っていたのだけど……。
『もし家で父君がお待ちでしたら、無理をさせるつもりはありません。家までお送りしますよ』
『いえ、大丈夫です。パレードを見て、花火も見ましょう。ダンスは……その……』
『ダンスは無理しなくていいですよ。あ、でもパレードまで時間がありますから。少し、練習をしてみますか?』
練習!? こんな人が多い場所で?
そう思ったけれど……。
川沿いの、ランタンでライトアップされた場所に来ていた。
いつの間に……?
『基本的にわたしがリードするので、シャーリーは動きを合わせてくれれば、大丈夫ですよ』
『そう、なのですか』『そうですよ』
そう言うと皇太子は私の手を取り、もう片方の手で背中を支えた。
『ワルツの基本は、三拍子に合わせたステップです。こうして、こうやって、こうです』
ふわり、ふわり、ふわりと、皇太子のリードで足がステップをぎこちなく踏んでいる。
『もう一度やりましょう。こうして、こうやって、こう』
しばらくこのステップを繰り返すと「次は、後ろへさがって、そう、次にこう、そしてフィニッシュです」と新しいステップを教えてくれる。それを繰り返し練習すると。
『いい感じですよ、シャーリー。最初のステップと次に教えたステップ、それを繰り返します』
皇太子の教え方が上手なせいか、ちゃんと足が動けた。
『勘がいいですね、シャーリー。まずはこれができれば、なんとかなります。いきなり完璧は無理ですから。今日のところはこれで十分です。……そろそろ夜のパレードの時間ですね。行きましょう』
昼のパレードが、花が満載だったのに対し、夜のパレードは、光がテーマだ。山車にはランタンが飾られ、その後に続く人たちも、ランタンを手に、沿道の人々に手を振っている。山車に乗った男女がキャンディをばらまき、皆がそれをキャッチしようとする様子は……昼間の真紅のローズを手に入れようとする時と同じだ。
でもキャンディは、帽子を使ったり、スカートを広げて受け取ったりと、皆が協力しあう。手に入ると、周りの人にも配るので、とてもにぎやか。もらいそびれる人がほとんどいないのがいい。
『普段口にするキャンディと違い、味が濃いですね。これは……蜂蜜ですか?』
『正解です。砂糖は高級品ですから。私達庶民はキャンディと言えば、この蜂蜜か、甘いシロップを固めた物ですよ。砂糖よりヘルシーだと思います』
そんなことを話しながら、噴水広場へと移動する。
そこでは既にダンスが始まっており、貴族を中心に優雅な踊りが披露されていた。
ただ、庶民も踊れるように、優雅な音楽からノリのいい音楽が、交互で流れている。
私がノリのいい音楽の方で踊ると、皇太子は「これはなんだか体をとっても動かすのですね」と、不慣れな様子が可愛らしい。でも優雅な曲になると、私が皇太子にリードしてもらい、なんとか頑張ってステップを踏む。
そうこうしていると、打ち上げ花火が始まった。
日本の花火と違い、西洋の花火は音が大きく、花火は派手だが、すぐに消える。前世で記憶している、円形に広がる花火とは違う。
それでも夜空を彩る花火には見入ってしまい、ダンスの輪を離れ、空を見上げていると……。
『シャーリー』
『はい』
『昼間のパレードでもらった真紅のローズ。……渡す相手は決まっていますか?』
ドキッとしたまさにその瞬間。
ドン、ドン、ドン。
日本の打ち上げ花火が上がったのかと思ったが、違う。
この音は……。
ドアをノック……というより、叩いている音だ。
驚いて、目を開けることになる。
そこでようやく理解する。
気づけばベッドで横になり、眠っていたようだ。
夜のパレード、ダンス、花火。
全部……夢、だったのね。
ドン、ドン、ドン。
「は、はいっ」
返事をして起き上がると同時に、ドアが開いた。
「夕食だ」
制帽を目深に被った警備兵が、夕食が乗ったトレイを手に、部屋へ入ってくる。
テーブルがない部屋なので、トレイを受け取るしかない。
まだ頭が寝惚けてぼうっとする状態で、トレイを受け取りに行く。
「ありがとうございます」
シチュー、豆のサラダ、パン。
シンプルだが湯気も立ち、美味しそうな香りがしている。……昼食で、パンとスープとフルーツを口にして以来なので、普通に空腹だった。おかげでお腹がぐうっと鳴っている。
すると警備兵が、肩を震わせて笑っていた。
これにはもう、全身が真っ赤になる思いだ。
恥ずかしい。
そう思いながらもトレイを両手で持つが、警備兵がトレイを持つ手を離さない。
これには「?」となってしまう。御礼の言葉は言っている。受け取りに何か必要なのかと、首を傾げてしまう。もしや無料と聞いていたけれど、有料なのかしら?
「あの、これはお金がかかるのですか?」
「かかりませんよ」
ハッとして、ドキッとする。
こ、この声は……!



























































