ではなぜ、ここにいるの……?
こ、この声は……!
驚いて顔をあげ、制帽を目深に被ったその顔を見ると。
青みがかった銀髪の下のヘーゼル色の瞳。モブなのに整ったこの顔立ちは……ドン!
「ドン、どうしてあなたがここに……!? 窃盗団のリーダーとして、逮捕されたのでは?」
「逮捕されていたら、こんなこと、していないですよ」
それは……その通りだった。
それに私にヒアリングして、似顔絵だって作っていた。あの似顔絵を元に、指名手配でもするのだろう。
ではなぜ、彼はここにいるの……?
「ドンは……窃盗団のリーダーではないのですか?」
窃盗団のメンバーを描いた似顔絵の中に、ドンはいなかった。
それはつまり……そういうことなのでは?
窃盗団の名前を名乗った。でも本当は別人。名前はドンではない。偽名を名乗ったのでは?
「そういうことですよ、シャーリーさん」
「なぜ……偽名を? それに私はあなたから預かった宝石のせいで、窃盗団の仲間ではないかと疑われ、聴取を受けることになったのですよ。こんなところまで連れてこられて」
ドン……謎の男は「大変でしたね」という顔で私を見ている。
その様子に、少しイラっとしてしまう。
誰のせいでこうなったと思っているの?
あなたのせいなのに、どうしてそんな顔でいられるのかしら?
この謎の男は何者? 何をしに来たの?
マイナスな思考になりかけたが、ある気づきが芽生える。
「もしかして、私を助けに来てくれたのですか!?」
巻き込むつもりはなかった。でも巻き込むことになったので、助け出すためにここへ来た、とか? だって警備兵なら、私をここから出せるのでは?
「……お人好しですね。ですから騙されてしまうのですよ」
「騙す……。あなたは……私を騙したのですか!?」
我ながら間の抜けた質問をしてしまったと思う。騙したからこそ、私はここへ来ることになった。
「まずは夕食をどうぞ。お腹は空いたでしょう? An army marches on its stomach.(腹が減っては戦はできぬ)」
確かにそれはそうだ。でも私はトレイを持っているのに、離さないのはこの謎の男の方で……。そう思い、その顔を見ると。「どうぞ」という表情をしており、トレイの重さが手から伝わってきた。彼がトレイから手を離したのだ。
トレイを受け取った私は、部屋の中を見渡す。
この部屋にテーブルと椅子はない。食事をするなら、ベッドに座ることになる。そこでもう一度謎の男を見ると「ベッドで座って食べるしかないと思いますよ」と言うので、ベッドへ向かった。向かいながら考える。この謎の男は、夕食をとる私と、話をするつもりなのかと。
謎の男に目を向けると、部屋の中ほどまで来て、壁に寄りかかった。さらに腕組みをして私を見る。
「まあ、いろいろ気になりますよね。どうして僕が、窃盗団のリーダーの名前を語ったのか。リジェクターの鑑定を依頼したのか。そしてなぜシャーリーさんがここにいることになったのか」
私と話すつもりだと分かった。だから今の問いに頷き、パンをちぎろうとすると。
「そうやって。人を疑わないところ。それがあなたの長所であり、弱点だ。僕が何者なのか、分からないのに」
「窃盗団のリーダーではないことは分かりました。……警備兵なのですよね? 皇都警備隊の」
すると謎の男は、クックッと楽しそうに笑う。
「違う……のですか?」
「さあ、どうでしょう? 警備兵かもしれないですし、変装しているだけかもしれません」
これには「えっ」と一瞬固まった。
大急ぎで可能性を考える。
この、のらりくらりは、バード兵長を思わせた。そうなると謎の男は、警備兵だと思える。でも変装だったら……。これは要警戒だ。
そうなると……。
さすがの私も気づく。
なんの疑いもなく受け取ったこの夕食。
これにも何かあるのかもしれない。
もはや不審者を見る目で謎の男を睨むように見るが、全く動じる様子はなかった。代わりにこんなことを言い出した。
「まずは結論から行きましょう。主から依頼されたのですよ。皇都の端にいるあなたを、皇宮のあるこの中心部に、連れてくるようにと」
「!?」
誰なの、この謎の男の主は!? 高位な身分であり、皇都の中心部にいる。そしてここまで連れてくるよう、謎の男に指示を出した。
え……。まさか。
皇太子……? 私がプロポーズを断ったけれど、諦めきれていなかったの?
いや、でもローズ祭りの帰り際を考えると、そんな素振りはなかったと思う。
「リジェクターを含めた宝飾品をあなたに預けたのは、あなたが窃盗団の仲間と思われ、皇都警備隊に連行されるようにしたかったからです。あなたは、皇都の端に住んでいます。皇都の中心部では、窃盗団のニュースでにぎわっている――それは知らないでしょう?」
ニュースペーパーは、これでも毎日見ている。一面をにぎわせているのは、窃盗団のニュースであることは、知らないわけではない。でも馬車で五時間かかる場所での出来事。どうしたって対岸の火事の感覚になってしまう。
とはいえ、私が住んでいたところも、遠いとはいえ皇都なのだ。村の近くにはローズ祭りが行われるような大きな街があり、願掛けで有名な大聖堂もあり、貴族だって大勢住んでいる。窃盗団のことだって、もう少し関心を持ってよかったはずだ。
これはもう、正常性バイアスが機能していたと言わざるを得ない。
皇都の中心部で大騒ぎになっている窃盗団の事件を、自分には関係のないもの、自分に何かふりかかってくることはないと――信じて疑わなかった。
大きな事件が起きているのに、いつものことと、正常の範囲内だと考えてしまう……。まさに正常性バイアスだ。
「皇都警備隊が今、血眼で捕えようとしているのは、この窃盗団だったのですよ。ですから情報をちょろっと流したら、喜んであなたのところへ向かってくれました。そして僕が労することなく、シャーリーさん、あなたのことを、ここまで連れてきてくれたわけです」
密告があったと、バード兵長は言っていた。密告をしたのは、この謎の男だったのね。
それにしても労することなく私をここまで連れてきた……それは確かにそうかもしれないが、皇太子は本当にこんなやり方をする?
皇宮を案内したい――そう、皇太子は言っていたのだ。皇都の端からど真ん中に私を連れてきたいなら、皇宮を案内する約束を、しっかり決めればよかっただけのはず。謎の男を使い、皇都警備隊に連行させる必要なんて……ないと思う。
そうなると……。
この謎の男を動かしているのは、皇太子ではない。では誰なの? 誰が私を?
「窃盗団のリーダーの名を、僕が名乗ったのは、言うまでもないですよね? あなたが窃盗団の仲間であると、思わせるためです。それにシャーリーの名前を知るには、僕の名前も教えないと、ダメでしょう? そこで彼の名を借りたわけです」
それはもうその通りだった。そして今、この謎の男の名前が分からない状態ではあるが、知りたいのはそれよりも……。
「誰なのですか、あなたを動かしているのは? 一人の人間を意のままに動かす――それは恋人、血縁関係でなければ、お金が必要になると思います。きっとあなたを動かしている人物は、お金を使っているのですよね。それに主は高位な身分の方であると、散々言っているのです。あなたの主は、よほどの貴族の方なのでしょうが……」
そこで膝に乗せていた夕食は、トレイごとベッド横のサイドテーブルに、無理矢理置いた。既にランプが置かれているので、スペースはあまりないが、なんとか置くことができた。そして視線を再び謎の男に向け、話を続ける。
「私は仕事柄、貴族の方と知り合うことは多いです。……つまり私に『呪詛返し』された貴族が、逆恨みで私をこんな目に遭わせたのではないかと思います。例えそうだったとしても。私が知る貴族は、皇都の端に領地を持つ方ばかり。皇都の中心部で暮らされているような貴族に、知り合いはいないのですが」
じっと謎の男のことを見ると、彼は残念そうな表情で私を見た。
「今の流れだと、僕の名前を尋ねてくれると思ったのですが、随分と先を急ぐのですね」
「それは……そうですね。あなたのことは名前よりも、どうやって警備兵に変装できたのか。皇都警備隊は、そんなに警備体制が甘いのか。それを聞きたくなります」
「シャーリー。僕の名前は、ハモンドですよ」
今さらどうでもいいので、ため息をついて視線を逸らすと、ハモンドは傷ついたような顔をする。でも本当に、どうでもいい。
「警備体制は甘くないよ、皇都警備隊は。それでも僕の主は金があるからね。買収したわけさ。正直、この警備兵の服を着なくても、ここに来ることもできた。でもシャーリーさんを驚かせたかったからね」
驚かせる?
私は村から連れ出され、こんな場所に押し込められて、疲れ切っていると言うのに! 何をふさげたことを。
呆れて肩の力が抜けた。
「それで結局、どうしたいのですか? 私はここに連行されました。聴取を受け、でも窃盗団の仲間ではないことは……分かってもらえたと思います。明日には解放してもらえると思っていますが」
「そうですね。目的。それについては、僕の主から話してもらった方が良さそうです」
そこでギクッとしてしまう。ハモンドを雇った主が、ここにいるということ……?
いる……のだろう。
「ここのドア、薄っぺらいのですよ。会話が筒抜けになるように。主はシャーリーさんがどんな人物か知りたくて、ドア越しに会話を聞いていました。ということで……」
ハモンドがそう言った瞬間。
ドアが開いた。

























































