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夜鳥  作者: 硝子町 玻璃
9/9

ろうそく 

久しぶりに。寝る前に上げときます。

 小学生の頃、友人の母親の葬式に参列したことがある。その友人の家に僕はよく遊びに行き、彼の母親にはいつもよくしてもらっていた。だから白血病を患って闘病の末に亡くなったと聞かされた時は僕も泣いた。

 友人は母親が亡くなる一週間前からずっと学校を休んでいて、再会したのは式の最中だった。

 小学生にしては縦にも横にも広かった友人の頬はこけて、明らかに衰弱していた。泣いていたのか、目の周りは真っ赤になっていた。

 大丈夫か、なんて言えなかった。大丈夫なわけがないからだ。僕だって親が死んだら悲しむ。辛くなる。


 久しぶり。

 うん、久しぶり。

 学校いつ来るん?

 心配かけてごめん。もう少ししたら行くから。

 うん。


 そんな淡白な会話を交わすので精一杯だった。

 僕の付き添いで来ていた母は、葬式の帰りにこう呟いた。「あの子のこと連れて行かないかしら」と。

 誰が、誰を、どこに連れて行くのか。聞かずとも分かってしまった。


 その後、僕が友人に会うことはなかった。友人はずっと家にこもるようになり、夜中に自宅を抜け出して夜道をうろついている時にトラックに轢かれて死んだ。






 いつだったか。夜鳥さんの店に遊びに来ていた時に、腰の折れた老婆の客が来た。


「どうぞ。予約していた品です」


 夜鳥さんはそう言って、テーブルの上に置いてあった物を老婆に渡した。

 一本の蝋燭が乗った青い小皿だった。底を固定しているのか、蝋燭はバランスを崩すことなく正しい姿勢で皿の上に立っていた。


 老婆は皺くちゃの顔で微笑んだ。


「ありがとう……愛用させていただくわ」

「ええ。ただし、使いすぎには注意してくださいね」


 夜鳥さんの言葉は妙に忠告めいていた。

 老婆は一瞬、何を考え込むように黙ったが、すぐに「分かっているわ」と答えた。


 代金を支払った老婆が店から出ていくと、僕はすぐに夜鳥さんはあの蝋燭は何なのかを聞いた。

 すると、夜鳥さんは店の奥から老婆が買っていったのと同じ小皿に乗った蝋燭を持ってきた。こちらの皿の色は赤かったが。


「実際に見せた方が早い。今回は特別に『燃料』は僕にするとしよう」


 夜鳥さんがマッチ棒に火を灯して、その小さな夕焼け色の火を蝋燭に分けた。

 異変はすぐに起こった。


 夜鳥さんの隣に誰かが立っている。その人物が何者かすぐに気付いた僕はぎょっとした。

 一年前、母親を追うようにしてトラックに轢かれて死んだ友人だった。最後に見た時のようなやつれた姿ではなく、元気だった頃の縦にも横にも広い友人だった。

 僕が友人の名前を紡ぐと、彼は僕へと視線を向けて笑った。ような気がした。


 蝋燭の火が消えると、友人の姿も空気の中へ溶けていった。


「この蝋燭は使用者と親しかった人間の姿を一時的に見せてくれるのさ。今のは少し小細工して僕ではなく、君の友人の姿を照らしたが」


 蝋燭を買った老婆も一年前に夫を亡くして寂しさを抱えていた。彼女の娘夫婦や孫に何度も励まされたが、夫と再び会いたいという気持ちは消えなかった。

 だからこそ、老婆はあの蝋燭を買ったと夜鳥さんは言った。


 だが、僕には一つ気になることがあった。使いすぎには注意してくださいね、と夜鳥さんは言っていた。

 それを尋ねようと口を開きながら僕は火の消えた蝋燭を見た。

 蝋が全く溶けていなかった。


「この蝋燭は使用者の寿命を燃料としている。だから、乱用していると、それだけ死が早くなるよ」


 夜鳥さんが使いすぎないようにと告げた時、老婆がすぐに答えなかったことを思い出した。


「だが、あの女性は何度も何度も命の蝋燭に火を灯し、夫との束の間の再会を繰り返すだろうね。本当の意味での再会の時が少しでも早まるように」

「………………」

「先程の君の友人もそうだったはずだ。周りの人間がどんなに引き止めても、どんなに平静を装っても、黄泉の世界での再会を望む人間は存在する。だからこそ、こういう蝋燭を作る人間がいるのさ」


 その後、老婆がこの店に来ることはなかった。今も生きているのか死んでいるのか、僕に確かめる術はない。

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