告白
誰かさんが病院に入院した日から3日が過ぎた。天白家が経営する旅館では、今回の事件に関わっていた学生たちが集まり宿を発つ準備をしていた。といっても大きな荷物は専用の業者に預け朝のうちに発送されているため、実際には徳帝高校側の生徒と、山門高校側の生徒との別れの挨拶という名の雑談であった。
そして、入口付近に集っているグループと距離をとり二人の少年がいる。
一人はソファにぐったりと座り込み、もうひとりはそのソファの背にもたれている少年。
ちょうど背中合わせになっている二人のあいだに、会話はない。ただ静かな沈黙が横たわっているわけだ。だが、二人にはそれがちょうど良かった。話すべきことは一週間に及ぶ病院生活で話し尽くした。考えるべきことはそこで全て考え尽くしていた。二人だけで、もしくは頼りになる先輩たちや仲間とたちと共に。
それだけの時間をかけたにもかかわらず、少年の空気が重いのはやはり解決していない大きな問題があったからだ。
「なぁ涼稀」
「なんだい?」
今日起きてから何度目になるかわからない、質問が来ると分かっていても同じ口調で返す涼稀。そして、やはり同じ質問が繰り返される。
「ほんとに言わないとダメなのか?」
「当然だよ」
真反対の方向を向いていても、周平には話し相手の顔がにやけているのがわかる。実際にはにやけているどころか満面の笑みで答えを返しているわけだが顔の見えない周平にそこまでのことはわからない。
何はともあれ肴にされていることには変わりなく、周平はうつむいていた顔に少しのいらだちを浮かべる。
ちなみに、先ほど述べた氷華をはじめとする先輩たちや涼稀や翔たち同級生が参加した会談に、青髪の美少女は一度も参加していなかった。
「まぁ、しょうがないさ。惚れたのは周平だからね」
「......一人だけ楽しみやがって」
悔しそうな顔をしていても、結局なにも言い返すことのできない周平はため息をつく。
「ため息なんてしたって状況は打開されないよ? それにさ、帰ってくる言葉は分かってるようなもんなんだからそんなに考え込むことはないと思うんだけど」
「............うっせぇな。分かってるよ、そんくらい」
周平のすねた声を最後に、再び重い空気が二人を覆う。別に周平と涼稀のなかが険悪になったわけではなく、周平の周りを漂う空気がどんよりと滅入っているだけだ。
(あぁ、答えが予想できるからこそ怖いんだよなぁ)
そして、がっくりと肩を落とし、また大きなため息をしようとしていた周平に、いつの間にか例の先輩が周平の前に立ち、声をかけた。
「周平くん、大事な話って何?」
「えっ?......」
悪意のない晴れやかな笑みを浮かべた秘都美は、なおも嬉しそうにソファに座った周平を見つめる。
それに対して、周平の方はといえばドキマギとした表情を浮かべながらもなんのことかさっぱりわからなかった。正確に言うと、なんのことかは大体予想できるが、なぜ彼女が自分に大切な話があることを知っているのかがわからなかったのだ。
だが、周平を見つめ込む秘都美の向こうに視線を移すと、その元凶をはっきりと認めることができた。
(先輩たちの差し金だな......)
最初に見えたのはニンマリと笑う真利奈の顔。となりでは駿太郎が哀れみの表情を向けている。その向かい側には目を合わせようとしない氷華がいて、その周りを囲む面々も楽しそうにこちらを向いている。
「青影先輩。その話は誰から聞いたんですか」
「えっと、真利奈先輩からだけど......どうかしたの?」
やっぱりそうか。と周平は心の中で呟く。なかなか言いたいことが言い出せない自分のことを苦々しく思って言ってくれたのだろうか。それともただの楽しみで......。
そこまで考えて、いくらなんでもそれはないか。と思い直し、周平は秘都美に次の質問を投げかけようとした。
「それで......」
が、しかし。
「周平くん、涼稀くん、それと秘都美。そろそろ時間だから出るわよ~」
うまく氷華の声に阻まれてしまった。次々と出て行く同校の生徒たちと、見送りをするのか山門高校の生徒たちも一緒に旅館を出て行く。
「そんじゃ周平。おれも先に行くから。頑張ってね~」
そして、涼稀もそれに続いてロビーを出ていった。
元々貸切り状態でこの旅館に止まっていたため、今ロビーに残っているのは周平と秘都美だけ。
静寂が、見つめあった二人を包む。
「......青影先輩は、行かなくていいんですか」
「だって、周平くんから大事な話があるんでしょ?」
自分の問いにニコニコしながら答えを返す秘都美を見て、周平はどうしたものかと頭を抱える。
やはり、伝えなくては、言葉に出さなくはいけないのだろうか。だが、自分にそんな言葉をかける資格があるのか。前は前、今は今。人の心は移り変わるし、あの時はあんなこと言ったけど聞こえてなかったみたいだし。
周平が、そんな惨めな自問自答を繰り返しているうちに、秘都美の口は再び開かれた。
「周平くんが行かないのにわたしが行けるわけないじゃん。それに......」
秘都美は頬を赤らめ口を濁す。
周平にも、彼女の言いたいことは分かった。いつもなら、なんの羞恥心も抱かずにかけてくれた言葉。だが、今の周平にとってその言葉は別の意味で最も聞きたくない言葉だった。
「私はね、」
だから、
「先輩!」
少し強い口調で秘都美の言葉を遮った。
そして、その言葉と同時にソファから立ち上がる。さっきまで上にあった秘都美の顔が自分の目線よりしたにくる。
「先輩。お、俺は......」
決めた。さっき言葉を遮った時に、既に覚悟はした。
目の前には、よそよそしく次の自分の言葉を待つ少女。もう、待たせることは出来なかった。
「青影秘都美さん。俺はあなたのことが、好きです」
周平の告白に秘都美の顔が緩む。だが、まだ決定打とまではいかなかった。嬉しさから来ているであろう興奮した眼差しを隠すことはできていないが、心の奥底で躊躇いと不安の表情の方が多くを占めていることは彼女の表情からすぐに見て取れた。
「ありがとう。周平くん。だけど、ほんとにわたしでいいの?
わたしなんかで、ほんとうにいいの?」
だが、そんな彼女に周平は優しく微笑む
「あの白い世界の中で気づいたんです。これまで散々嫌がってたけど、やっぱり俺は先輩のことが好きなんです」
しばしの沈黙の中、見つめ合う二人。だが、自分たちにあまり時間がないことは周平も秘都美もしっかりとわきまえていた。高まっていく緊張のなかで先に口を開いたのは秘都美だった。
「周平くん。わたしも好き。周平くんのことが大好き!」
キラキラと輝く笑顔で言い切った秘都美を見て、周平はホッとし、心の底で歓喜の雄叫びを上げた。
「それじゃあ、行きましょう」
だが、それをできるだけ顔に出さないよう気をつけながら、それでも隠しきれない笑顔を瞳に向け、彼女の右手に自分の左手をすべり込ませる。握ると力強く返される左手の暖かさを噛み締めながら、周平は旅館を出た。




