最後の物語
「おーい周平」
二人手をつなぎ、旅館から出てきた男女を一番はじめに見つけたのは涼稀であった。
名を呼ばれた本人は気恥ずかしげに、それでもつながれた左手をしっかりと握って歩いていた。
◆◇◆◇◆◇
日付は一週間ほど先に進み、場所は徳帝高校へと移る。
外は雨と雷が怒り狂っており、一般の教室であれば雨の音がせわしなく打ちつける音が響き、ときとして轟く雷鳴の音に女子生徒が恐怖する声を聴くことができたかもしれない。が、窓がなく完全防音が施された生徒会議室ではその猛威も無いものとして扱われていた。
今更ではあるが、生徒会議室を教師の許可なく使えるのは生徒会役員とその他の一握りの人間だけ。そして彼らもであっても、自由な時間にこの部屋を使えるわけではない。生徒に生徒会議室の解放が許されるのは特定の行事の日を除いて昼休みと放課後のみである。
そして、現在の時刻は昼の十二時過ぎ。即ち昼休みの時間。
外の世界と隔てられてた生徒会議室では、無事に生徒会執行部への入会を済ませた周平、涼稀と、もともとの生徒会執行部の役員。プラス風紀委員長が、仲良く昼食を食べている。例えばこんな風に。
「ほらぁ、周平くん。口開けて~」
「......やめてください」
秘都美が、箸でつまんだ「たこさんウインナー」を周平の口へと運ぶのを白い目をした彼が制す。
「周平くん、私たちせっかく付き合ってるんだしこのくらいはしてくれないと......それとも私のこと、嫌いになったの?」
そんな周平に、秘都美は目をうるわせて問いかける。例のごとく硬直した周平だったが、それも少しの間。金縛りを解いてすぐに言葉を返す。
「そういう意味じゃないです。俺は青影先輩が好きですけど、こういうベタベタする関係は嫌だってだけです。というか、このくだり何回させるつもりですか?」
周平は、はぁ。と疲れたため息をして、ここ一週間同じ時間帯に同じやり取りをさせられたことへの不快感を募らせる。先ほどの硬直をなかったことにするかのような振る舞いをできるようになっているところ、周平も少し成長したのかもしれない。
「でもさぁ、せっかく付き合ってるんだし、これまでと同じじゃいやだよ~」
子どものように駄々をこねる秘都美に、何を身勝手な。と思った周平であったが、いつもであれば微笑ましく彼らを見守っている者たちが一斉に秘都美へ加勢したことでそんな思考も中断せざるをえなくなった。
「周平。口開けるくらいしてやんなよ。ひと姉がかわいそうだろう」
「そうだぞ周平くん。私たちだってそれをからかいはしないさ」
涼稀、真利奈、から出された言葉に周平は終始不満丸出しの表情で聞く。
「そうよ周平くん、私と采聖だってやってるんだから恥ずかしがることないわよ?」
だが、鈴の爆弾発言には思わず彼女の隣に座る彼に目を移してしまった。
それまでなに食わぬ顔で鈴の手作り弁当を食べていた采聖の箸が一瞬だけピクッとなって止まったことを、彼の方向いていた周平が見逃すはずは無かった。
(副会長。可哀想に......)
いつも鈴に振り回されぎみの采聖に哀れみの情を浮かべ、同時に自分はそうならないようにしようと心に決めた。直後......。
「そうそう。私たちの職務は夏休みまでだからそこから先は新生徒会執行部になるのよね。その時は周平くん。副会長をよろしくね」
「......え、あぁ、はい」
それまで黙々とお弁当を食べていた氷華の言葉が周平を襲った。それだけならば、この周平が虐げられている雰囲気の中で仕方がないと思わざるをえないのだが、自分に向けられた爽やかな笑顔に対して彼女の目が真冬のごとく冷え切っていたことには戸惑と焦りを隠せなかった。
そもそも、周平は自分が副会長を務めることになるということを回避するつもりはない。彼は、年長者たちのコミュニティに引きずり込まれた時点で(まったくもって理不尽なことに)自分に拒否権を与えられていないことがわかっている。
よって今回も現職会長の氷華から「副会長になれよ」と言われて、うんと頷けないわけがない。だから周平としては、自分は彼女たちのいいように動いているはずだったのだ。
こんな事情もあって、彼にはなぜ自分が冷たい目線(しかも満面の笑みがセットで威力倍増)を向けられなければならないのか理解することができなかった。
だが、表華の隣でちょう弁当を空にした真利奈には、氷華が周平に好意を抱いていると同時に彼女自身も周平はそういうところに無頓着だと考えていることを知っていた。だから、「もう諦めなよ」というあまり嬉しくない意味を周平をからかうというオブラート(?)に包んでこう言うことにした。
「まぁ、氷華。諦めなよ。周平は鈍感なんだからさ。なぁ秘都美?」
「そうですね。周平くんはいろいろ無神経ですからね」
真利奈に促されて仕方がなく......ではなくて、しみじみと語る秘都美を見て氷華の顔が緩む。
「そうよね。周平くんだものね」
何かを諦めたような表情をした氷華のこれまたしみじみとした言葉に周平が何か言おうとしたとき、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「あらら、もう昼休みは終わりみたいだね~」
真利奈の言葉で、面白くなさげな周平をよそに周りは空になった弁当箱を片付る。
「さてと、ほら、周平も早く片付けなよ。それ、ひと姉のでしょ?」
涼稀がわざとらしく周平に尋ねる。だが、それに返答したのは周平本人ではなく秘都美。
「いいのよ涼くん。周平くんは放課後に私の教室までやってきて返しに来てくれるらしいから」
「え、周平が?」
「そうなのよ、周平くんったらもう。いつも私の教室まで迎えに来てくれるのよ」
「も、もうそんなところまで?」
ニヤニヤしながら両手を上げ、大袈裟に驚いて見せる涼稀に周平は......
「そんなわけねぇだろ!」
と言うと同時に頭上へのチョップ、の代わりに右手からの電撃を放つ。閃光は瞬く間に涼稀を襲い、涼稀は「うぎゃっ!」というみっともない声を上げて倒れる。
「まったく。いらねぇことするからこういう目に合うんだ。先輩、ごちそうさまでした」
「あ、うん。ありがと」
「『まったく』は、周平くんの方だろ。校内での魔法の発動は原則禁止だ。それを生徒会役員が自ら破ってどうする」
真利奈がもっともな意見を述べて周平を形式的に叱る。
周平は、さっきの集団で後輩をいじめるのに加担していたのは風紀委員長としてどうなのか? などと一瞬だけ考え、それとはまた別の理由から悪びれる様子もなく笑う。
「何がそんなにおかしんだ?」
「まず悪いのは、涼稀が変なこと口にするからですよ。それに、行内で禁止されているのはMMOを使用した魔法だけですよね」
「そうだが、まさかおまえ......もう、MMOなしで魔法を使えるようになったのか。
まったく、そろそろ校則を変える必要がありそうだな」
周平を見る真利奈の顔は「すごいな」を通り越して半ば呆れ果てていた。それを見る周平の顔にはしてやったりという喜々とした表情が浮かぶ。
だが、そんなことをしている間にも時間は過ぎていた。
「真利奈。周平くん。もう部屋を閉めるわよ~」
「分かった氷華。ほら、周平くんも行くよ」
「はいはい」
手持ちの荷物をもって二人は部屋の入口へと向かった。
いつの間にか部屋の入り口(涼稀は采聖が引きずっている)に立っていた一同の元に真利奈と周平が戻ってくる。
そんな中。一人廊下の窓の外を見ていた秘都美は、大粒の雨を降らす灰色の雲の奥に稲妻が走るのを瞳に捉えた。
そして、真利奈と共にこちらへと向かってくる非常識な力を秘めた少年。周平を見て思う。
――――この雷は、いったいどこまで突き進んでいくのかな。
― END ―
この小説を最後まで読んでくださった皆さん。
ほんとうにありがとうございました。
周平たちの物語は、とりあえずここまでとさせていただきます。
今後の励みとなりますので、本小説の感想等、書いていただけると幸いです。
二度目となりますが、ほんとうにありがとうございました。




